第126話 兄妹
次の日、朝の食卓――。
「ガブリエラ、そこでなにしてるの?」
にっこにこの妹が僕の膝の上に座っている。
どういう体勢か詳しく説明すると、椅子に座る僕の体に対して彼女は横向きに座っている。さらに彼女はフォークで突き刺したソーセージを僕の口に運ぼうとしている。
「お兄さま、あーんですわ」
「あーん、じゃなくてさ……」
兄上と継母はポカンと口を開いて、朝っぱらからいちゃつく僕らの姿に呆気に取られていた。僕だって食堂に入ってきたガブリエラが自分の席を通り越して、いきなり膝の上に座ってきたものだからびっくりしてフリーズしているし、あまりに彼女の振る舞いが自然だったから拒否も抵抗もできなかった。
父上はさっきから黙々と食事を取っているが、額には青筋がいくつも走っている。彼が怒り狂わないのは、自殺未遂までしたガブリエラを刺激しないように配慮してのことだと思う。だけど、いつ爆発してもおかしくない。
「ガブ、はっきり言うけどね。僕には心に決めた人たちがもういるんだよ」
正直に事実を告白しても妹はにっこにこだ。偽りの笑顔ではなく満面の笑顔である。
「もちろん昨晩聞きましたわ。すべて承知の上です。それでもお兄さまはガブを愛してくれるとおっしゃいました」
そう言って妹は抱きついてきた。嬉しそうに僕の胸に頬を押し付けている。
ああ、なんてことだ……。あんな淫獣に任せるんじゃなかった……。
責任は自分にあると言っていたヴァルは、なんとガブリエラを僕の妻にすると約束してしまったのだ。あろうことか僕の声で僕として妹と婚約してしまったのである。
ねぇ、そんな責任の取り方ってありますか?
「そこのあなた」と僕の胸に顔を押し付けていたガブリエラがクラリスに視線を向ける。
「は、はい……。なんでしょうか、ガブリエラ様」
メイド服で待機するクラリスがおずおずと答えた。
「あなたが第三夫人ですわね。これからは第四夫人の私に遠慮することはなくてよ。お兄様は伴侶を平等に扱うとおっしゃっていました。私もそれに従います。今後、私たちの間に主従関係はありませんわ」
彼女のいう第四夫人とはラウラ、アルト、クラリスに続いて四番目ということだ。どうやらヴァルはそこまでの情報を開示したようだ。それでも前世うんぬんの話まではしていないようである。
「なんで後妻なのに態度がでかいんだよ……」
昨晩、慰めるためにガブリエラの部屋を訪れたヴァルに、彼女は想い丈をぶちまけたそうだ。
妹は小さい頃から僕に憧れていたという。
優しくて強くてかっこいい兄、ロイ・ナイトハルトが好きで好きでたまらなかった。兄のようになりたい、兄のそばで力になりたい、兄を支えたい、その想いだけで彼女は持たなくてもいい剣を手に取って振り続けた。
そして、剣術大会で事件が起こった。
部屋に閉じこもって落ち込む僕にどうやって声を掛けていいのか分からず、彼女はずっと悩んでいた。勇気を出して声を掛けようとしたことは何度もあったが、結局ドアの前まで来てはノックする手を止めて引き返した。言葉ではなく、剣士として努力する自分の姿を見て元気なってもらおうと彼女は考えてた。
そんなある日、僕がクラリスを家に連れて帰ってきた。
裏切られた気持ちでいっぱいになったそうだ。
兄の支えになったのはひとつ屋根の下で暮らしてきた自分ではなく、たまたまマーケットで見かけた奴隷だったのだ。
兄を助けてあげられるのは自分だけだと思っていた自信は呆気なく砕かれ、完全に喪失した。
同時に兄に対する失望と憤怒が生まれた。もっと早く声を掛けていればという後悔とクラリスに対する醜い嫉妬に苛まれた。
そのすべてがない交ぜになり、どうしていいか自分でも分からず、突き放すような態度を取るしかなかった。
それをヴァルから聞かされたとき、ガブリエラの僕に対する気持ちが痛いほど伝わってきた。僕のことをどれだけ心配してくれていたということも、そして彼女の気持ちに気付いてあげられなかった自分自身への怒りが込み上げてきた。
しかし血が繋がってないといえガブリエラは僕の妹だ。小さい頃から一緒だったし恋愛対象として見ることはできない。
おそらくガブリエラが抱く兄への好意は一時期の気の迷いだと思う。
きっと時間が解決してくれる。彼女が成長して他に好きな男ができれば、僕への想いなんて忘れてしまうだろう。
だからせめてその日が来るまでは、彼女の想いを受け止めて、たくさん甘やかしてあげようと僕は思う。
次回予告【第十五章】『オジキの帰還』、ユウはロイとなった姿でグランジスタと再会を果たす。
来週の中頃に投稿予定です。
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