第125話 朝帰り
「三百人……だと? 学院の全女子生徒の三分の一じゃないか……。その子たちみんなと……やったのか?」
事も無げにヴァルはこくりとうなずいてみせた。
『さして驚くほどの数ではない。かつて我には一万の妃がいた』
「ど、どうりで……それが倦怠感の正体かよ。体力が回復しない訳だ……。一晩に二人も三人も相手してたら、誰だってやつれていくよな……ははっ」
もう笑うしかない。僕は穢れてしまった。とんだクソ野郎に成り下がってしまった。
乾いた笑いを漏らす僕にヴァルは肩をすくめる。
『いや、一晩で我が抱くのは百人ほどである』
「嘘を言え、ひとり六分でも一時間に十人、百人だと十時間かかるんだぞ。そんな数を一晩で相手にできるはずがない。物理的に無理だ」
『我は我と対象者以外の時を遅延させる術が使える。失った体力も術で回復させれば済む話だ』
「魔法をそんなことに使うなよな……」
『何を言う。これが本来の正しい使い方である』
「は?」
『人族の時間は短く、体力もない。どちらもそのために我が生み出した術である』
「無茶苦茶だ……」
『神であるからな』
「こんなときにも神さま気取りかよ、うざッ!」
これが魔神ヴァルヴォルグの正体なのか……。
そういえばミレアが話してくれたフォルクマンの魔神論によれば、魔力持ちの人族は魔神の子孫だって話だったな。じゃあこいつは遥か昔から人族とやりまくっていたのか!? とんでもないスケコマシ野郎じゃねーか……。
「っていうか、どう責任取るんだよぅ……」
『無論、全員我が妃として迎える』
「馬鹿言え、どうやって養うんだ……三百人も。もうダメだ、頭が回らない。とにかくこれからは自制しろ! 僕の身が持たない! まずはそこからだ!」
『ふむ、仕方ない。善処しよう』
これが謎のモテ期の真実だったのだ。この事実はクラリスには黙っておこう。こんな話をしたら彼女は卒倒する。
もちろんラウラにもアルトにも言えない。想像しただけでぶるりと全身が震えて総毛だつ。ラウラに胴体を両断される未来が視える。
「お前さ、三百人と関係を持って浮気がバレたらどうするの? 八つ裂きにされるぞ」
八つ裂きになるのは僕の体なんだけどね……。
『重婚する旨は全員の了承を得ている。不要な心配である。妃たちが互いに争うことも禁じている』
ふーん、全員と婚約したってことですか。そうなんですか、へぇー。それってなんていうハーレム? ああ、色んな意味で人生を詰んだっぽい。くそくそくそっ! もういいさ、女たらしのクソ野郎として僕は生きるよ。つーかこいつ、魔神じゃなくてホントは淫獣なんじゃないのか!?
とぼとぼと歩いて家に帰ってきた僕を、屋敷の門の前で待ち構えていたのは妹のガブリエラだった。腕を組んで仁王立ちしている。
「お兄さま、また朝帰りですか? オモテになって結構ですわね!」
「ん、ああ……友達と遊んでいただけだよ」と言い訳するしかない。
いったいガブリエラは何を怒っているんだ? 僕が朝帰りしちゃいけないのか?
彼女が僕のことを『お兄さま』なんて呼んだのは久しぶりだな。
それにしてもガブの顔が赤い。火照っている。怒りの紅潮とはまた違う赤色だ。そして微妙に目と目が合わないように視線を外している。
――え……、うそ……まさか……、嘘でしょ?
「な、なあ、我が妹ガブリエラよ。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「な、なんですの!」
「どうしてお兄ちゃんの眼を見て話さないの?」
「別にいいじゃありませんの!」
ぷいっと顔を背けるガブリエラ。
「こっちを見ろ」
「嫌ですわ!」
ガブリエラの視線に被さるように顔を移動すると彼女は再び反対方向を向いた。
「逃げるな!」
僕はガブリエラの頬を手で挟んでホールドした。無理やり目を合わせようとするが彼女は抵抗する。
挟まれた彼女の口が『3』になる。むむぅと唸りながら眼をギュッと瞑り絶対に開かんと抗っている。
「どうして目を閉じる!」
「そ、それは……恥ずかしいからですわ」
そのセリフに僕はハッとなった。手を離して彼女を解放する。
「……まさか……したのか? い、妹のお前と……僕は……」
今度はガブリエラが目を見開いた。その瞳に大粒の涙が溜まっていく。
「ひ、ひどいですわ……お兄さま。どうしてそんなことをおっしゃいますの? まるで自分の意思ではなかったような言い方ではありませんか!」
「いや、だって……それにお前、僕のこと嫌っていたじゃないか」
「私はお兄さまのことを嫌ってなどおりません! ただ、ああいう態度しかできなかっただけですの!」
「ごめん、そのときの僕は、どうかしていたんだ、忘れてくれ……」
「そんな……ひどい……、ひどいですわ!」
止める間もなくガブリエラは屋敷の中へと逃げるように走っていってしまった。
「ヴァル! どういうことだ!?」
『同衾しただけである。事に及んではいない』
「それでもガブがそういう意味に捉えたって不思議じゃない! お前が見境なしだからこんなことになったんだぞ! お前は僕の大切な妹を傷付けたんだ!」
『配慮に欠けていたことは認める。我は泣いていたガブリエラを慰めただけである』
「泣いていた?」
『理由は分からぬ。怖い夢でも見たのやも知れん。我は放っておけずに彼女が寝付くまで同衾したのだ』
「そう、だったのか……。理由も聞かずに言い過ぎた。でも、下手な言い訳したせいで余計にこじれちまったな……」
その日、ガブリエラは自分の部屋で手首を切って自殺を図ろうとしたところをメイドに発見されて大騒ぎになった。未遂で終わり大事には至らなかったが、彼女は部屋から出てこなくなってしまった。
僕に拒絶されて彼女は精神的に相当参ってしまったようだ。ちゃんと話し合って誤解を解きたいけど、僕が行っても余計に状況を悪化させてしまうだろう。
「ヴァル……、妹を任せていいか? 僕じゃまたあいつを傷付けてしまう……」
『ふむ、今回は我に責任がある。このヴァルヴォルグの名にかけて彼女の涙を拭おう。任せておくがよい』
「これだけは約束してくれ、絶対に妹とやるな」
『我にも分別はある。ガブリエラに寄り添い話し合うだけだ』
スケコマシに頼るしかないのは情けない話だけど、現時点で女子の扱いに関してこいつの右に出る者はいない。妹を説得して部屋から連れ出してくれるのを願うしかない。




