第123話 謝罪
次の日の朝早く、僕は学生寮の入口でジャン皇子を待ち構えた。
皇子は他の生徒たちと同様に寮に住んでいるが、特別待遇の彼は警護の観点やその他諸々の事情から最上階のペントハウスで暮らしている。しかし寮生の出入口はひとつだ。
エントランスから馬車に乗り込むまでが謝罪のチャンス。
待ち構えること一時間、登校する集団から少し遅れて皇子が使用人を連れて現れた。
「殿下、お話があります!」
皇子の前に歩み出て僕は片膝を地面に付けて頭を垂れる。
「なんだ貴様は? 面をあげろ」
僕が顔を上げると皇子の表情が曇る。不機嫌を示すように舌を打った。
「ふん、貴様か……。お前と話すことなどない、失せろ」
「失せません! 殿下が僕の話を聞いてくれるまではッ!」
僕は食い下がる。
「目障りだ、失せろ」
「嫌です!」
「お前の言葉など聞かんと言っているのだ、しつこいぞ」
「なぜですか殿下! 昨日は僕のことをあれだけ求めてくれたクセに! あまりに冷たいじゃないですか!」
「な……、き、貴様なにを言っている!?」
赤らめた顔で殿下が僕の胸倉を掴んだ。
「殿下だって僕が欲しいって言ってくれたじゃないですか! あれは嘘だったんですか!?」
「だ、黙れ! あ、あれはそう意味では――」
殿下はぐいっと僕の顔を引き寄せた。
顔と顔が近い。見つめ合う僕らに女子寮から出てきた女子たちが黄色い声を上げた。
「あんなにも熱烈に誘ってくれたのは嘘だったんですか! ひどいです! 必要なくなれば用済みなんですか!?」
殿下が僕の胸ぐらから手を離す。
「もうやめろ……、申してみよ」
「昨日の無礼をお詫びします。僕を許してくたさい」
「ふん、上っ面の謝罪などいらん! 大方、親に言われたから来たのであろう、貴様の本心が透けてみえるぞ!」
「確かにそうかもしれません! しかし殿下――」
殿下は僕の肩を蹴っ飛ばした。姿勢が崩れた僕は尻餅をつく。
「ううっ……」
「もうよい! 馬車を出せ!」
綺羅びやかな馬車に乗って殿下は行ってしまわれた。よよよ……。
謝罪は失敗に終わり、学校でのイジメは加速していった。
後ろから突然蹴られ、私物はなくなり、捨てられる。すれ違い様に悪口を言われ、僕と関わりたくない先生と生徒たちは僕を空気のように扱った。
正直言ってしまえば元から孤立していたからそんなに苦にはならなかった。ちょっとウザいなぁぐらいの感覚でしかない。
しかしながらである。そんな日々が続き、僕は日に日にやつれていったのだ。
しっかり寝ているし、食事もちゃんと取れている。それにも関わらず体重が落ちて、ダルさが顕著に増していく。
もしかしたら地味なイジメが地味に僕の精神を蝕んでいるのかもしれない。
さらに変化はそれだけではなかった。
幸いにもそれは悪い方向でなく、ポジティブな変化であった。
グロリア会長やシャリー先生以外にも、次第に学院の女子が話しかけてくるようになったのだ。僕の味方になってくれる女子がひとり、またひとりと増えていく。
僕と一緒にいればイジメの標的になるのかもしれないのに、彼女たちは僕のことを気に掛けて助けてくれる。
すごく嬉しかった。
やつれていく僕を心配するクラリスを安心されるために、僕は普段の二倍のご飯を食べるようになり、いつもより早く寝るようにした。
それでも朝、目覚めると激しい倦怠感が全身にのしかかっている。
依然として回復しない体力の原因は、ひょっとしたら呪いの類かもしれない。僕は誰かから呪いを受けているんだ。今度教会に行って神官に相談してみよう。
そんな矢先、ついにイジメがなくなった。ジャン皇子の手先たちは、常に女子に囲まれている僕に手を出せなくなったのだ。
これにて一件落着だね――、なんて話をクラリスにしたら「状況が悪化している」と告げられた。
なぜだろう?
今夜も僕は早めに床に着く。
イジメがなくなっても倦怠感はなくならない。早くこの症状を治したい。
そういえば最近、ヴァルヴォルグのヤツは出てこないな……まあ、大人しくしているならそれでいいか――。
日々の疲れから意識を失うように僕は眠りについた。
結論から言ってしまえば、ヴァルヴォルグが出てこなかったのは、大人しくしていたからではなかった。
ヤツは僕が寝ている間に勝手に僕の体で動き回っていたことが後に発覚する。
ロイに振り回されてヤキモキするクラリスに幸あれ。




