第121話 彼女の願い
それが分かれば十分だ。
転生したラウラが同じ時代の同じ世界にいるなら、後は探すだけ。
漠然としていた目標が明確になった。
活力が湧き上がり、全身にみなぎっていく。嬉しさのあまり思わず飛び跳ねてしまいそうになった僕は拳を強く握りしめる。
もう迷いはない。じっとなんてしていられない。
ラウラを探すには力が必要だ。魔物と戦い魔境でも魔王城でも生き抜く強さ、この世界のどこにいても躊躇なく飛び込めるくらい強くならなければいけない。
居ても立っても居られず、走って部屋に戻った僕はホコリを被った剣を手に取り、屋敷の庭へと向かった。
一分でも時間が惜しい。今すぐ剣術の授業の続きをしよう。
スッテプ1、両手で剣を構えるまでは今日中に克服する。吐かずに立っていられるようになったらスッテプ2、剣を振る練習だ。
剣を構えては嗚咽を繰り返す僕の姿を、遠くから見つめる視線に気づいたのは日が暮れ始めたときだった。
ガブリエラだ。道場から戻ってきてそのまま眺めていたのだろう。金色の髪の上にタオルが乗っている。
彼女は頑張り屋だ。ナイトハルトの血を引いていない彼女にとってナイトハルト流剣術を習得するのは容易なことではない。門下生は血縁者が半数であり、残りの半数は外から入門してきた剣士だが、彼らは元々才覚があって選抜されてきた強者ばかりだ。スタートラインが全然違う。
それでも彼女は負けじと喰らい付いている。道場の誰もが彼女の努力を認めている。
「無駄なことをなさっているのですね」
僕に気付かれていると察したガブリエラは、そんな皮肉と一緒に近づいてきた。
「無駄じゃないよ」と僕は苦笑する。
「今日はちょっと前進した。見ろ、剣を持って構えられるようになったんだ……うぶっ」
吐き気を抑えながらもビシッと剣を構えると、ガブリエラは嫌悪感を隠しもせず眉間に深いシワを刻んだ。
「馬鹿馬鹿しい。その調子では、かつての様に戻るのに何十年掛かることやら」
呆れるガブリエラに向かって僕は握りしめた拳を突き出す。
「戻ってみせるさ。いや、僕はそれ以上にならないといけないんだ」
ガブリエラはそんな僕の姿を見開いた瞳で見つけていた。少しだけ、ほんの僅かに彼女の口角が上がったような気がした。
「ふ、ふん……剣が振れるようになったらお相手してあげますわ。叩き潰してあげます」
「ありがとう、ガブリエラ。そのときは僕も本気でやらせてもらうよ」
火が付いた様に顔を紅くしたガブリエラは、「な、何を言っていますの!? 信じられないほど図々しいですわ!」と吐き捨てて逃げるように小走りで去っていった。
◇◇◇
一難去ってまた一難。
ラウラのことで浮かれてしまっていたが、まだ懸案事項が残っている。僕はもうひとつ問題を抱えていた。
クラリスは明後日、死ぬかもしれない……。
ベッドに寝転んでいた僕はヴァルヴォルグの言葉が気になって眠れずにいた。
呪いの発動が生まれた日なのか、生まれた時間なのか分からない。生まれた日に呪いが発動するならば、今夜と明日しかない。明後日はクラリスの誕生日だ。
信じている訳じゃないが万が一にも、あいつの言っていることがもし本当だったら……。
昼間は馬鹿馬鹿しいと聞き流したが、夜になって急に不安が押し寄せ、恐怖が込み上げてきた。
ヴァルヴォルグの言ったことを鵜吞みにするのか?
しかし、僕を騙してあいつになんのメリットがある?
クラリスがどうなろうがヴァルヴォルグには関係ない。
ない、ないんだ……。じゃあ呪いは本当なのか?
――コンコン。
ノックされたドアを開くとクラリスが立っていた。薄手の寝間着にカーディガンを羽織っている。去年の彼女の誕生日に僕がプレゼントしたガーディガンだ。
「クラリス……」
言いづらいことなのか彼女はもじもじしている。
「あのね、誕生日プレゼント……。ちょっと早いけど今日もらってもいいかな?」
何事かと思えば今年の誕生日プレゼントの催促だった。彼女らしくもない。思い返せば彼女から何かをおねだりされたのは今回が初めてだ。
「えっと……実は明日、内緒でマーケットに買いに行くつもりだったから、まだ買ってなんだよ。ごめん、もっと早く用意するべきだったね」
「違うの……。その……そのね、わたしが欲しいのはね……」
「う、うん? とりあえず寒いから部屋に入りなよ」
僕はクラリスを部屋に入るように促した。
ベッドに腰を掛けるように勧めても彼女は首を振った。立ったまま話し出す。
「わたしね、あれから考えたの……。やっぱりね、すごく不安なの……これから何があるか分からないし、ロイが突然どこかに行ってしまいそうな気がして……。だからね、その……わたしはロイと確かな絆が欲しい……」
「それってつまり……」ごくりと喉が鳴る。
クラリスはこくりとうなずいた。そのままうつむいた彼女の頬と耳は真っ赤に染まっている。
「ロイ、わたしの初めての人になってください。それが誕生日プレゼント……」
顔を上げた彼女は僕の眼を見つめた。強い意思が込められた山吹色の瞳から彼女の覚悟が伝わってくる。
「クラリス……でも、それは……」
何を迷っているんだ、ロイ。
明後日までにクラリスとひとつにならなければ、彼女は呪いで死ぬ。クラリスとひとつになれば彼女は助かる。それなら選択肢は決まっているじゃないか……。
――違う。違うだろ! 肝心なのは『お前がどうしたいか』だ! 呪いなんて関係ない! ヴァルヴォルグの言葉なんてどうでもいい! そうじゃないのか?
「ああ、そうだよ……。答えなんて最初から決まっているんだ……、バカだな僕は……」と僕は独り言ちた。
呪いが本当だったらクラリスは助かる。嘘だったとしてもまんまと騙されてやればいい。
それ以上に僕はクラリスとひとつになりたいんだ。彼女もそれを望んでいる。
この世界は明日すればいいなんて甘っちょろい考えが通用する世界じゃない。いつ死ぬか分からない。今しか出来ないことがたくさんある。
「こっちにおいで、クラリス」
僕が手を広げるとクラリスは目に涙を溜めて口許を戦慄かせた。
胸に飛び込んできた彼女を抱きしめ、その小さな唇に自分の唇を重ねる。
その夜、僕らは結ばれた。
土曜日はお休みし、キャラクター紹介を挟む予定です。次回本編は日曜日に投稿します。




