第118話 巡回
僕は十三歳になった。あと数ヶ月もすれば初等科から中等科に進級する。
ラウラの行方は依然として知れず、時間だけが経過し焦りを募らせていた。思っていた以上に転生体の捜索難易度が高い。高過ぎる。
ラウラと僕、ふたりが記憶を取り戻していればなんとかなると思っていた。たとえどちらかの記憶しか戻っていなかったとしても、出会うことさえできれば通じあえるだろうと楽観的に考えていた。
それはシュトーレンに入っているドライフルーツ並に甘い考えであり、ご都合主義にもほどがある。
生前と姿の違う僕たちが互いに転生体だと認識できなければ、いつまで経ってもすれ違いを続けてしまう。
現状で有効な手段は、ロイがユウであることを示す目印のような物を付けて行動する他ない。
ラウラが見つけてくれるの待つ、呑気で受け身な作戦だけどそれも手段のひとつだ。
同じようにラウラも僕だけに分かる目印のような物を身に付けているかもしれない。これからは学校だけじゃなくて街ですれ違う人々を注意深く観察しないとな。
ラウラ探しが遅々として進まないその反面で、僕の学生生活は充実していた。
授業はそつなくこなして、会長や先生や学院の女子たちとも、うまくやれている。男子からはちょっと嫌われているみたいだ。なんだか冷ややかな視線を感じる。
なにか嫌われるようなことしたかな? まあ、元から男友達なんて片手で数えるくらいしかいなかったし、皇子一味から苛められる僕と彼らには明確な距離があった。つまり現状維持ってことだ。
相変わらずいつもの三人組からちょっかいを受けているけど極力シカトの塩対応に努めている。
やはり、彼らは僕のことが好きなんじゃないかと思えて仕方ない。いっそのこと僕を取り合って三人でバトルロイヤルしてくれないかな、相手する数が減って楽になるから。
…………はぅあぅッ!?
とんでもない可能性に気付いてしまった! ラウラが女ではなく男として転生していたら、どうなる……。まさかあのトリオの誰かがラウラってことはないよな!?
いやいや、それはない。落ち着くんだ……大丈夫、きっと……。いいや、絶対にだ! あり得ない! あいつらからは露ほどの感情も沸かなし運命も感じない。たとえ今日あいつらが死んだとしても屁とも思わない!
ふむむ、性別は置いておいて現在の問題点を洗い出してみよう。
問題は大きく分けて三つ、When、Where、Whom、だ。
まず、いつ(When)生まれたか。
1、すでに生まれている。
2、これから生まれる。
2の場合は探しようがない。2だとしてもいつ生まれるか分からないのなら探すしかない。結論、1のすでに生まれているものとして探す。
次のどこで(Where)うまれたか。
1、この国のどこか。
2、西方大陸のどこか。
3、西方大陸以外(魔境含む)
4、異世界転生
1だと非常にありがたい。2でもなんとかなる。3だとかなり見つけるのは困難だ。4だった場合は完全にお手上げだ。
結論、1と2を前提に探すしかない。
そして、だれに(Whom)についてだが、すでに様々な可能性を考察してきたので省略する。
理想的なのは、同じ国で同じ世代に生まれている場合。最悪は、まだ生まれてなくて異世界転生する場合。
両極端すぎる。
ひとつハッキリしたことは、うだうだ考えていないで探すしかないってことだ。
ふりだしに戻ってしまった。
さて、次は実科の授業か……。
僕は自席から腰を上げて、グラウンドへと向かった。
実科の授業は選択制で、剣術と槍術、精霊術の三つの中から選択することができる。
しかしながら基本的に男子は剣術と槍術の二択であり、ほとんどの女子は精霊術を選択する。貴族はなによりメンツを大事にするからだ。
男子たるもの武芸に秀でよ、女子たるもの淑女たれ――、である。
実科の授業中、僕はいつもグラウンドの隅で体育座りして見学して過ごしていた。
剣や槍に触れると発作が起こって吐いてしまうのだ。中等科に進級するときに精霊術を選択することもできるけど、僕は敢えて剣術を選択すると決めている。これで高等科に行くまでは転科することはできない。
だけど今日からトラウマを克服していこうと思う。
まずは剣を持って握り構えるまで、それが第一目標だ。
木剣を持ち上げて、両手で握りしめた途端、親友の腕を斬った生々しい感覚がフィードバックしてくる。
冷や汗が止まらなくなり、口の中が苦くて酸っぱくなる。
「うぷ……」
口を抑えた僕は木剣を手放していた。
僅か数秒だったけど両手で握れた。今まで触れただけで吐いていたんだから、これだけでも大きな進歩だ。
同じクラスの男子生徒たちが、そんな僕を見て嘲笑っていたときに、事件は起こった。
空から巨大な生物が両翼をはためかせて舞い降りてきた。着地と同時に激しく地面が揺れて土煙が上がる。
巨体とそれを支えるマッチョな四肢、長い首に尻尾。
そいつはどこからどう見てもドラゴンだった。しかも眩い白亜の体躯は五大竜族の一角、蹇竜族である。
「ド、ドラゴン!? なんでこんなところに蹇竜がいるんだよ!!」
「みんな逃げろ!」
教師の声に生徒たちが一斉に校舎に向かって走り出した。逃げ惑う彼らに白銀の翼を広げたドラゴンが咆哮をあげる。
明確な威嚇、ドラゴンは僕らを敵と見なしているようだ。
熊の場合、背中を向けた逃走は悪手だ。だけど賢いドラゴンは違う。三々五々逃げて敵ではないことを示せば襲ってこない、そう授業で教わっている。
ただ威嚇に応じない者には容赦ない。逃げ遅れた皇子一味の少年がへたり込んで動けずにいる。
ズンズンとトリオたちに体の向きを変えたドラゴンが凶悪な顎を開いた。このままでは彼らはドラゴンに喰われてしまう。
逃げる途中で踵を返した僕は、足元の石ころを拾い上げてドラゴンに向かって放り投げた。ポコンとドラゴンの大木のようにぶっとい右脚に石がヒットする。
トリオたちから視線を切ったドラゴンは、グルルと喉を鳴らして僕を睨んだ。
「おい、そこの三人組。今のうちに逃げろ」
腰が完全に抜けてしまった彼らは、四つん這いになって校舎へ逃げていった。
カッコつけたものの、はたしてどうしたものか。




