第116話 運命を感じるからこそディスティニーなんです。
図書館を出た頃には、学生たちが寮から校舎へ移動を始めていた。
「おい、ロイ」
登校する集団に紛れていたばずなのに、さっそく例の三人組にからまれてしまう。
これだけの生徒がいる中で、よくも目敏く見つけられるものだ。まさか毎朝待ち構えているのだろうか、だとしたらそれはアイドルを出待ちするガチなファンだ。彼らは僕のことが好きで好きでたまらないのかもしれない、ロイって美少年だし。
うげぇー。これからは背後に立たせないように気を付けよう。
そんな殿下の手下たちは、殿下の子分だけあって身分も高い。右の小太りが伯爵で真ん中のヒョロガリが侯爵で、左の特徴のない男が子爵だったと記憶している。
「どうした、早くいつもの出せよ」
ヒョロガリが「ひひひっ!」と下卑た笑みを浮かべた。早く出せって、そのセリフが卑猥な要求に聞こえて仕方ないのは僕が年頃の少年だからだろう。
銅貨数枚なんて彼らにとってはした金だ。ただ単に嫌がらせしたいだけのか、はたまた本当は僕のことが好きなのか分からなくなってきたぞ……。
「ごめん、今日からそういうのはナシにしよう。んじゃね」
僕は毅然と言った。
「お、おいッ! 待てよ!」
彼らの横を通り過ぎ、立ち去ろうとした僕の肩をヒョロガリが掴もうとするが、するりと躱す。
彼らは「ロイのくせに生意気だぞ!」と口々に唾を飛ばして怒り出した。
うーん、助けてド○えもーん、とはいかないよな。
反撃すると面倒なことになりそうだから、僕は彼らのパンチやキックを避けまくる。三人掛かりでも僕の体にかすりもしない。
『え? いま何かしました?』とか『ふん、遅すぎて欠伸が出るぜ』みたいな顔をして彼らを煽ってみる。
ムキになるトリオだったが、やがて疲れ果てた彼らはふらふらしながら「覚えてろよ」と力なく捨て台詞を吐いて去っていった。
悪目立ちしてしまったせいで、周囲には人だかりができていた。足を止めた彼らは誰も彼も複雑な顔をしている。大人しく言うことを聞いてればいいのにって感じのやるせない表情だ。
そんな彼らの中に生徒会長のグロリア・ラグデューク伯爵令嬢の姿があった。
「あ、グロリア会長!」
僕が手を挙げて彼女の名前を呼んで近づくと彼女は微笑む。
「やればできるじゃないですか、見直しましたよロイくん」
「ありがとうございます。ところで今から少し時間ありますか? 会長に大事な話があるんです。一緒に校舎裏まで来てもらっていいですか?」
「え? な、なんですか?」
「すぐに終わりますから」
どよめく周囲を置き去りにして、僕は伯爵令嬢の白い手を握って走り出した。
僕は校舎裏の壁にグロリア会長を追い込み、壁ドンして逃げ道を塞ぐ。
「な、なんですか急に……」
会長は胸に手を当てて視線を左右に泳がしている。仄かに頬が赤い気もする。
授業が始まるまで三十分もない。なるべく簡潔に効率よく確かめるには、駆け引きなしで質問した方がいい。
「会長、僕のことどう思いますか?」
「どう……とは? どうしてそんなことを聞くのですか?」
「だって会長、いつも僕のこと気に掛けてくれるから、どうしてかなって思いまして」
「それは、あなたというより彼らの蛮行が見過ごせないからです」
「本当にそれだけ?」
「え、ええ……そうです」
「会長はお見合いを何度も断ってるそうですね? それはなぜですか?」
「私はこの学校で勉強を続けたいのです。結婚してしまえば学校を辞めなくてはならなくなります」
「他に理由があるんじゃないですか? 誰かのために学校に居続けているのでは? 本能的にナニかを感じるとか、そういうのってないですか?」
僕に接触してくる女性はラウラの転生体である可能性が高いのではないかと、僕は睨んでいる。
惹きつけられるナ二かが存在するに違いない。そのナニかを確かめる術は今のところない。でも、本当にラウラだったらきっと心で通じ合えるはずだ。
「感じるってなにを……」
僕は会長の澄んだ瞳を見つめて告げる。
「僕と会長を結ぶ運命の赤い糸ですよ」
そう告げた途端、顔を真っ赤にしたグロリア会長は僕の腕を払い除けて走り去ってしまった。
どうやら結果を急ぎすぎて彼女を怒らせてしまったようだ。後で菓子折りを持って謝罪に行かないとな……。
◇◇◇
教室に入った瞬間、クラスメイトたちがざわめいた。
もう今朝の皇子一味とのやりとりが噂になっているらしい。
遠巻きに見つめる視線を感じながら、僕は大人しく目立たないように過ごして、お昼になった。
いつもなら校舎裏の木陰で井戸水を飲んでいる時間だ。僕はわざと時間をずらしてその場所に向かった。
思っていた通り、シェリー先生がベンチに腰を掛けている。先生の隣には二人分の果物とパンが置いてある。今日も僕のためにお昼ごはんを買ってきてくれたのだ。
なんて優しい人だ、それに美人でスタイルも抜群だ。前世の僕なら到底手が届かない高嶺の花である。しかしながら彼女はまだ独身だ。
あの美貌で独身、妙だな……。
つまりラウラの転生体である可能性が高い。
僕は気付かれないように後ろから先生に近づき、先生の両目を目隠しするように塞いで声を掛けた。
「シャリー先生、そのまま動かないで」
「……ロイ、これはどういうおふざけだ? びっくりしたではないか」
そんなことを言っているけどシャリー先生は落ち着き払っている。後ろから目隠しされても嫌がらないのは、きっと僕に心を許しているからだ。ますますラウラの可能性が高くなった。
「ごめんなさい。でも先生に大事な話があるんです」
「大事な話? 進路相談か?」
「ええ、そうです。ひょっとしたら僕と先生の将来に関わることです」
「わたしたちの将来? そ、それはどういう意味だ?」
シャリー先生は喉をごくりと鳴らした。
「先生、僕のことをどう思いますか?」
「どう……とは、ロイはこの学校の生徒だ。それ以上でもそれ以下でもない……」
「本当に?」
「ああ、本当だ。いったい何が言いたいのだ?」
目隠しされたまま彼女は淡々と答えた。
「どうして先生はいつも僕にお昼を買ってきてくれるんですか?」
「そ、それは自分の無力さと、不甲斐なさと、歯がゆさから生まれた贖罪の気持ち故の打算的な行動だ。それ以外の感情はない」
「そうですか。それでも僕はもう一度言います。自分の心の奥底で感じるものを掬いあげてください」
「感じるもの?」
「はい、そうです。先生は、本当はそれを感じているんじゃないのですか?」
「は、はっきり言いたまえ。何が言いたい?」
僕は先生の耳元に口を近づけて囁く。
「先生と僕を結ぶ運命の糸です」
シャリー先生は僕の腕を跳ね退け、顔を真っ赤にして逃げるように去っていってしまった。お弁当は置いたままだ。
どうやら僕は先生を怒らせてしまったようだ。後でちゃんと謝罪しなければなるまい。
その後、僕は少しでも僕に興味を持っていそうな女子に片っ端から声を掛けて同じように問い詰めていった。
しかし、結果は散々なものだった。
誰もが怒りで顔を紅く染めて立ち去ってしまった――、なんて話を帰宅してから掻い摘んでクラリスに話すと頬を思いきりつねられてしまった。
……なぜだ?
しかし僕は諦めない。ラウラを必ず見つけ出す。この国で見つかられなければ旅に出よう。
世界中を何年掛かっても、何十年掛かろうと必ず彼女を見つけるんだ。




