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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第十三章】逆行転生

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第115話 記録

 家族で食卓を囲む夕飯時、いつもはぺらぺら饒舌じょうぜつなハンスが黙々とフォークとナイフを動かしていた。

 眼の周りには青あざがくっきりと刻まれている。

 継母に青あざのことを尋ねられても「ベッドから落ちた」と言っていた。

 

 彼は僕と不自然なほど目を合わせようとしない。完全にブルっている。

 それだけでも十分だけど念のために、寝る前に兄上の部屋に行って、「クラリスに手を出したらぶっ殺しちゃうゾ☆」とふざけた口調で優しく脅してみた。

 ハンスの顔から血の気が引いていき、青あざが分からないくらい真っ青になっていた。

 

 うむ、これでもう安全だ。


 ガブリエラと廊下で出くわしたのは、兄の部屋から自分の部屋に戻る途中だった。

 ネグリジェ姿の彼女は、僕の姿を認めると鋭い視線を向けてきた。ぺったんこの胸を両腕で隠すように腕を組む。


 ――いや、見られたくないならそんな格好でうろつくなよ、ガブちゃん……ん?


「おい、ガブ」

「な、なによ」


 キッと僕を睨むガブリエラ。


 そんなに警戒しなくても妹なんて襲う訳ないだろ、いくら義妹だからってさ。……義妹? 義理の妹だと? そこはかとなくいやらしい響きではある。


「ほっぺたにビスコッティの欠片が付いてるぞ」


 僕はガブリエラの頬に付着したビスコッティの欠片を摘まんで取って自分の口にぱくりと放り投げた。

 

 うん、完全にビスコッティである。


「なっ!」


 ガブリエラの顔が紅潮していく。


「おやすみ、ガブリエラ。お菓子食べたならちゃんと歯を磨いて寝ろよ」


 僕はそう言って自分の部屋に入って眠りに付いた。


 よし、明日からラウラの捜索を始めるぞ――……あ、ビスコッティ食べたのに歯を磨いてない。



◇◇◇



 気が付くと朝になっていた。久しぶりにぐっすり眠れた気がする。

 二年近く続いたあの思い出せない夢は、ピタリと止まった。今思えばあれは過去の記憶をなぞる夢だったのだ。

 無意識下のユウがロイに呼びかけていたのかもしれない。


 朝の食卓では、いつも静かなガブリエラがいつも以上に静かだった。ナイフとフォークが食器に当たる音だけが響いている。

 あまりにお通夜みたいな雰囲気だったから、小粋なジョークで場を和ませようと思ったが、やっぱり止めた。僕は空気が読めることに定評のある男だ。

 


 クラリスに見送られて僕はいつもより早く家を出て学校に向かった。

 

 人気のない並木道を抜けて立ち寄ったのは、グランベール学院の敷地内にある王立図書館だ。

 図書館の開館時間は午前十時からだけど、僕は裏戸の鍵が壊れていることを知っている。今までも何度かこっそり入っては、物音ひとつしない静かな環境で本を読み漁っていた。

 

 ペルギルス王国でも最大規模の蔵書数を誇るグランベール王立図書館で僕が探していたのは、ここ数十年の間に起こった魔族との戦いをまとめた戦記である。


 静まり返った図書館で足音を響かせ、歴史・戦記の書架で立ち止まった僕は、年代別に並ぶ書物を順に目で追っていく。徐々に数字が増えていき、最新号のタイトルに行き当たった。


『西方戦史・一一〇〇年~一一四九年』


「あった、これだ」


 本を手にとって開き、目次を確かめる。僕の知らない北方での魔族との攻防から次第に記憶にある魔王軍第一陣の襲来『リタニアス戦役』、『大規模転移事件』に続き、『第二次リタニアス戦役』、そして『アイザム戦役』を見つけた。


 記載されたページを開くと、概要と結果が簡潔にまとめられている。


 アイザム戦役の最後の行には『カディアの丘にて準勇者《極刀》ローラと、その仲間である《白き死神》テッドの亡骸を確認、魔王軍別動隊は二人を殺害した後、散開』と記されている。


 やっぱり僕らは、あの日に死んでいた。


 さらに、僕にとって空白の十三年間に何があったのかも記されていた。

 

 まず大規模転移魔法について、アイザム戦役以降は小隊規模の転移は何度かあったそうだけど、百を超える数の転移は一度もない。


 西方大陸は現在、リタニアス王国より北側を魔族に支配されている状態であり、この十数年間に、幾度となく侵攻と防衛が繰り返されている。


 よく十年もリタニアスを突破されずに踏みとどまっているなと思わず唸ってしまった。


 魔王軍がリタニアス王国を攻めきれない理由として、恒竜族が間接的に魔王軍に圧力を掛けていること、またインプの妖精たちが魔王軍を惑わせているというのではないかという趣旨の記述があった。


 恒竜族はグランジスタの説得が上手くいったのだろうけど、人間社会に干渉したがらない妖精たちが人族のために魔王軍を惑わせているのだとしたら、それはアルトが動いてくれたからに違いない、そう確信めいたものが僕にはあった。


 そしてリタニアス王国で防衛の中心を担っているのは、勇者《無銘》イザヤ・ブレイガル、準勇者《百華》デスピア・ローゼズ、準勇者《水明》マリナ・テスタロッサと彼らのパーティメンバーだ。

 彼らは今でもリタニアス王国に留まり、戦線を支えている。

 知ってる名前がたくさんあって僕はなんだか安心した。この様子ならアルペジオたちも無事だろう。


「マリナさん、準勇者になったんだ。元々かなりの実力者だったし当然か。デスピアはカインにいなくてもいいのか?」


 それにしても他のゾディアックの名前は登場するのに、デリアル・ジェミニの名前がまったく登場しないのが不気味で仕方ない。


 巻末には十一世紀から十二世紀に掛けて教会が認定した勇者と準勇者の氏名が、小さな文字で列挙されていた。

 雷帝ライディンの名前もグランジスタの名前も当然ある。


 活躍した期間は短かったけど、ラウラと僕の偽名も載っている。アルトの名前はなかった。僕は彼女に何度も助けられたのに、彼女の名前だけないのは悔しいし、とても寂しい。


 アルト……。


 妖精は永遠に等しい年月を生きるという。きっとまた会えるはずだ。いや、僕は必ず彼女に会いに行く。なぜって、だって僕はラウラと同じくらい彼女のことが大切なんだ。それ以上の理由は必要ない。


 名簿の末端に目を移すとそこには、現在の勇者と三人の準勇者の氏名が記載されていた。


 イザヤを先頭にデスピア、マリナと続き、最後に《烈火》レイラ・ゼタ・ローレンブルクと書かれていた。






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