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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第十三章】逆行転生

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第113話 守る者

 ロイはクラスでも目立たないようにしている。

 放課後までじっとして大人しく時が過ぎるのを待つ。話しかけてくるクラスメイトも特にいないため、一言も発言せず、一歩も動かずに放課後を迎えることもある。


 それができないのが剣術の授業だ。


 剣術の授業は中等科と合同で行われる。カツアゲする朝の三人組がロイに突っかかってくるのだ。

 ロイは無抵抗で木剣に打たれ、彼らが疲れて飽きるのをひたすら耐えて待つ。

 

 教員が彼らを注意できないのも、見て見ぬふりをするのにも理由がある。

 いじめっ子たちのボスがアルゼリオン帝国第一皇子の嫡男であり、現アルゼリオン皇帝の孫だからだ。

 この学院で彼に逆らえる者はいない。


 だから教員もクラスメイトたちも黙ってロイがいじめられる様子を見ているしかない。下手に関われば自分どころか家がどうなるか分からない。皇子が入学した当初、皇帝の孫とは知らずに指導した教師が爵位剥奪や島流しになっている。



 お昼になるとロイは、いじめっ子たちに捕まる前に校舎裏に移動して、ひとりで過ごしていた。


 昼食代をいつも巻き上げられるため、井戸水を汲んでお腹を満たし、後は授業が始まるまで芝生に寝転び、ぼんやりと空を見上げる。


「キミはそんなにこの場所が好きなのか?」


 その人物が寝転ぶロイの頭上に立つと、陽光を遮り顔に影が差した。


「先生……」


 シャリー・リエル、今年二十歳になる彼女は学院を卒業して結婚することなく、そのまま学院の教師となった人物である。

 

「ほら、食べなさい」


 体を起こしたロイに、彼女が差し出したのは紙袋だった。


「でも……」


「子供はたくさん食べるべきだ」


 彼女はいつも売店で果物やパンを買ってきてロイに分け与えてくれる。

 何も言わずに毎日のようにやってきて、同じことを言って食べ物をくれる彼女も、もちろんロイの事情を知っている。

 ひとりの教師として皇子一味の蛮行を注意できないのは、やはり実家に影響が及ぶことを危惧しているからだ。


「すみません……、ありがとうございます」


 ロイは愛想笑いを浮かべて紙袋を受け取った。



◇◇◇



 午後の授業が終わり、すべてのカリキュラムが終了すると、ロイはいじめっ子たちに会わないように急いで校舎を抜け出した。このときだけはロイは学院の誰よりも早く動く。


「おかえり、ロイ」


 正門の外でロイを待っていたのはクラリスだ。


「ただいま、クラリス」


 彼女の口調が違うのは家の外だからだ。今の彼女はメイドでも奴隷でもなく、ロイが唯一心を許せる友人であり恋人である。


 ロイは彼女と十五歳になったら一緒に家を出て、国を出て、どこか知らない街で暮らそうと約束している。すでに婚約の契を交わしていた。

 

「今日もこんなに傷が……。最近は特にひどくなっている気がするよ」


 心配そうにクラリスがロイの額にできたこぶに触れる。


「これくらい平気だよ、もうすぐ十三歳だ。あと二年と少し……ガマンすれば僕らは自由になれる」


「うん、そうだね」


 クラリスは治癒魔法で額や腕にできた傷を治してくれた。

 彼女には魔法の才能があった。誰に教わる訳でもなく、ロイが図書館から借りてきた魔法基礎の本を読んだだけで治癒魔法を習得してしまったのだ。


「十五になれば、冒険者ギルドに登録ができる」


 冒険者――、口にする度にひどく懐かしい言葉に思えた。


 帰宅の途中でロイとクラリスは突然のスコールに見舞われ、家に着いたときには全身ずぶ濡れになっていた。


 継母に見つからないように内緒でメイドにタオルを持ってきてもらったロイは、クラリスの髪と顔を拭いてあげる。

 クラリスが髪を掻き上げると、前髪で隠れていた彼女の顔があらわになる。


 奴隷として売られていたときクラリスの顔はやつれ、汚れていた。

 だけど今は誰もが思わず見惚れてしまうほどの美しい少女に変貌を遂げた。


 ロイには最初から、一目見たときから彼女の美しさに気付いていた。

 だから隠した。前髪を伸ばすように命令して、素顔を覆わせた。


 その理由は父親と七男のハンスにある。


 彼らは非常に好色だ。父は三人目となる妻をめとったうえにめかけを複数人抱えている。ハンスは気に入ったメイドを雇っては手当たり次第に手を出している。

 そんな彼らがクラリスの素顔を知ったら、なにをされるかは想像に難くない。


 そのとき、タオルで拭き合うふたりの姿を、ハンスが階段の上から見ていることにロイは気付かなかった。



◇◇◇



 次の日の放課後、クラリスが迎えに来なかった。しばらく待っても彼女は姿を現さなかったため、ロイはひとりで帰ることにした。

 家の仕事があって来られないときは事前に教えてくれる。ロイを迎えに来るのはメイドの仕事として父から許しをもらっていることだから、基本的に来ないということは考えられない。


 どこかで事故にでもあったのか、心配になったロイは通学路を急ぎ足で家に戻った。



 家に着くとハンスが通学用に使っている馬が戻ってきていた。

 彼はもう帰宅しているようだ。いつもは夕方の修練の時間になるまで絶対に戻ってこない。学院でクラスの悪ガキ共と女子にちょっかいを出している。

 なのに、今日に限ってこんなに早く帰ってくるなんて……。


 不安に襲われたロイはハンスの部屋に向かった。

 そして不安は的中した。

 屋敷の廊下でロイは立ち尽くす。


 クラリスが兄に手を引っ張られて彼の部屋に連れ込まれるところを目撃してしまう。


 強烈なめまいに襲われたロイの膝が崩れ落ちた。


 なんで……、どうして兄上が、クラリスを……。

 そうか……昨日、見られていたんだ……兄上に、クラリスの素顔を……。



 ――立て。


 ロイは自らに訴えた。


 ――兄上の部屋に行ってクラリスを助けるんだ。


 ……無理だ。


 ロイは自分の声を拒絶する。


 ――戦うんだ。


 ……無理だ、兄上には勝てない。


 ――それでも戦わなきゃいけないんだ、大切な物を取り戻すために。


 ……できない、できない、僕は戦えない。もう、あんな思いはしたくない。


「うっ、おぇぇっ……」


 うずくまったロイの吐物が床を汚す。


 ――戦え、ロイ。


 ……ダメだよ、僕にはできない。


 現実から逃避するようにロイは両手で顔を覆った。

 

 ――おまえはまた、あんな思いをしたいのか?


 ……あんな、思い?


 両手で塞いだまぶたの裏に映ったのは、知らない景色だった。


 ……これは記憶?


 潮の香り、海が近い街、行ったことのない街をロイは走っている。


 必死になって誰かを探している。


 なにもかもが初めて見る光景、だけど知っている。


 息を切らして走り続け、たどり着いたのは『梟の宿り木』という名の宿。誰かと言い争ったロイは階段を駆け上がる。


 そして部屋の扉を壊して中に入る。


 そこにいたのは――、



「……ラ…………ウ……ラ……」



 ロイの脳裏に膨大な記憶の濁流が押し寄せる。

 


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