第110話 アゲイン
一週間ぶりに帰ってきたらラウラが拗ねていた。
つーんと頬を膨らませて目を合わせてくれない。
アルトがついて来たのは偶然だけど仲間外れにされたと思っているのか、確かに彼女を送り返せば済む話だったけどさ。
たぶん先にアルトを連れていったことが不満なのだろう。意外と優先順位を気にするところがあるからな、この娘は。
「ラウラも行ってみる?」
「別に……、行かないし……行きたくもないし」
あらら、拗ねちゃってまったく……。
それにしても異世界転移でアルトが妖精から人間に変換されたのは意外だったな。
その世界に存在しない存在が転移してくると見えざる力によって、辻褄を合わせようとするのかもしれない。となるとやはり彼女は宇宙人的な扱いだろうか、インプ星人だ。
ではラウラはどうなるのだろうか、やっぱり外国人だろうか? それとも日本人的なビジュアルになるのかな?
見てみたい気もする。それにこのまま彼女に不貞腐れられても困る。
あんなこと(ユーリッドに犯されそうになった)があったばかりだ。借金問題も解決したし、環境を変えて気分転換させてあげたい。
「実は向こうの世界に忘れ物してきちゃったんだ。ラウラの好きなめんつゆも大量に買い込みたいし、ひとりよりふたりの方が助かるんだけどな」
ラウラがちらりと横目で僕を見た。
「……そういうことならしょうがないな、一緒にいってやる」
ふ、チョロいな。
「ははっ! ありがたき幸せ! ちなみに向こうの僕はちょっと年上だからね」
「どれくらいだ?」
「えっと……、十個くらい?」
この期におよんで微妙なサバを読んでしまう情けない僕。
「ユウはユウなのだ。問題はない」とラウラは言い切った。
そういう訳でもう一度、日本に戻ることになった。
もっと滞在したがっていたアルトは文句を言わなかった。ラウラに対して彼女なりに気を使っていたり、後ろめたさがあったりするのだろう。
――で。
さっそく魔法で転移してきた僕の眼の前にラウラがいる。
容姿は変わらないけど、髪の色がピンクからプラチナブロンドになっている。服装は向こうの世界で着用していた物とさほど変わらない。
ファンタジー映画に出てくるキャラのコスプレイヤーみたいだ。
そして僕の姿を見て彼女が言った。
「■■■■■■■■■……」
「え? なんて?」
「……■■■?」
ラウラが発した言語が分からない。
これは西洋の言葉だよな? どこかで聞いたことがなくもない、映画やアニメだと思う。たぶんラテン語だ。
僕が唯一知っているラテン語を口にしてみると、
「アーレア・ヤクタ・エスト……」
ラウラは眼を見開いた。
お? 通じている。
そして、どうやら彼女も互いの言語が異なることに気が付いたようだ。
◇◇◇
ひとまず僕はラウラを街に連れ出して観光することにした。
服はアルトがネットショップで勝手に注文しやがったセーラー服とピーコートに着替えさせた。サイズもラウラがこっちに来ることを見越していたのではないかと思うくらいピッタリだ。
まさかアルトが気を利かせたのか? だとしたら褒めてやらねばなるまい。
うひょー! セーラー服万歳!!
余談だがラウラは先日、誕生日を迎えて十八歳になった。
十八歳のJKなんて普通だけど、大人びた彼女のセーラー姿は、なんというか背徳感がハンパない。
これはこれで外国人がコスプレしているみたいだ。まあ、さっきのコスプレイヤーみたいな格好よりはマシである。
そんな訳で、僕はセーラー美少女を連れて街を闊歩している。
普段のラウラは極刀のリーダーだから僕の前をずいずいと歩き、僕がその後ろを付いていく感じだったが、今は恐る恐るといった感じで彼女は僕の後ろを付いてきている。
うーん、新鮮でいい。
なにかを見つける度にラウラが喋りかけてくるけど、ラテン語を学んだことのない僕にはさっぱり分からない。「ワォ~」しか分からない
そもそもこの時代にラテン語を普段から使う人っているのかな? 後でググってみるか。
しかしながら言葉が通じなくても、僕にはだいたい彼女の表情から言わんとすることが読み取れる。付き合いもそこそこ長いしね。
それから彼女は僕と目が合うと、さっと目を逸らすのだ。顔を紅くして僕を直視できずにいる。
ピコンと僕の頭の上で電球が輝いた。
こいつ、さてはオジ専だな……。
いたずら心に動かされた僕は歩きながらラウラの手を握ってみると、さらに顔を真っ赤にさせた彼女は、うつむいたまま僕の手をキュっと握り返してきた。
オッサンとプラチナブロンドのJKが手を繋いで街を歩いているその光景は、傍から見れば完全にパパ活だ。
警察に職質されたらなんて答えようかな……。
街をブラブラしてラウラが特に興味を示したのはスーパーマーケットだった。様々な食材が山のように陳列されている光景を目にした彼女は、度肝を抜かれたように口を開けたまま立ち尽くしていた。
確かに向こう世界のマーケットはアーケード商店街みたいな感じだから、驚くのも無理はない。
惣菜コーナーで山積みされたコロッケを見つめるラウラのお腹が鳴ったので、昼ご飯を摂ることにした。
彼女にもラーメンを食べさせてあげたいが、僕らは回転寿司店に入った。前回と違ってお金がない訳ではない。アルトの選んだ株は現在進行系で爆上がりし続けている。回らない寿司屋もいいけど、まずは庶民の味からだ。いきなり贅沢させるのは教育に良くない。
レーンに乗って回ってくる寿司をキラキラした瞳で追うラウラが振り返って『これ全部たべていいのか!?』と言った。
「どうぞどうぞ」と僕は答える。
「あれ、禅宮じゃん?」
突然、名前を呼ばれた僕が隣の席に目を移すと、そこには知った顔がいた。
「市川、久しぶりだな」
この男の名前は市川大輝、高校の同級生で僕が元彼女の実家から帰ってきたときに、お酒をおごって慰めてくれた心優しい男である。
「っていうか、お前……」
市川は僕を挟んでカウンターに座るラウラを見て息を呑んだ。
「お巡りさんこいつです!」
「違う! 彼女は、えっと……親戚だ!」
「嘘つけ! 微塵も似てねぇじゃねぇか! ていうか種族レベルで違うぞ!」
「色々事情があるんだ!」
「事情ねぇ……。事案の間違いだろ?」
市川はジロジロとラウラに視線を送るが、ラウラはお寿司に夢中で市川の存在に気付いていない。そして恐ろしい速さでお皿が積みあがっていく。
市川は「はぁ」と息を付いた。
「ま、アパートに引き籠ってるって噂を聞いていたから元気そうでなによりだよ」
「ああ、うん……、あれから色々あったんだ……。市川、生きてまたお前と会えて良かったよ」
「やめろマジで、そういう話はなしだ。飯がまずくなる」
そう言って市川は、流れてきた中トロの皿を手に取った。
「そういや、お前知ってるか? お前が探している元カノのことだけどよ」
うぐっ! 元カノと耳にしただけで動悸が起こり、息苦しくなる。
「もう探してないし、どうでもいいよあんなヤツ……」
どうでもいいと言いつつも胃腸がムカムカしてきた。
「あそう、一応伝えておこうと思ってな。俺もお前から一度名前を聞いただけだから間違いかもしれないけど、お前の元カノ、行方不明になってるみたいだぞ」
「へ?」
土日はお休みをいただきマスー。
良い週末を!




