第106話 ゴーホーム
第十二章は、ユウが日本に戻っていたとき(5章ラストから6章開始まで)のエピソードです。
閑話的な内容ですが、そのまま第十三章につながるようになっていますのでご了承ください。
「はい、みなさん注目でーす!」
僕がパンと手を打つと、ラウラとアルトが同時に顔を向けた。
「今日は重大なお知らせがあります」
現在、僕らがいるこの場所は、先日引っ越してきたばかりのアイザム冒険者ギルドが運営する冒険者用アパートである。
その建物一階の会議室を借りた僕は、朝からチーム極刀のメンバーに集まってもらった。
まあ、メンバーといっても僕とラウラとアルトの三人だけどね。
朝が苦手な淑女たちは、ややテンション低めである。
「急にあらたまってどうしたんだ? こんな部屋までわざわざ借りて何の話だ」
ラウラが小首をかしげた。
「どうせ朝食の後に歯を磨いてくれとかでしょ? 右腕が付いたんだから、いい加減に自分でやりなさいよ、このなんちゃってハーフエルフ」
眠たそうに目をこするアルトは僕の話に興味がないようだ。というかナチュラルにディスってきやがった。
アルトの言うとおり、「まだ腕の調子が悪いから」と駄々をこねて昨日まで歯を磨いてもらっていた僕なのだが、話を本筋に戻すために咳払いする。
「んんっ! 集まってもらったのは他でもありません。実は今日、自分の世界に一度戻ってみようと思います」
「突然なにを言うかと思えば、ユウの言う自分の世界というのは以前話していた異世界のことか? でも、どうして今になってそんなことを?」
腕を組んだ僕は、さも意味ありげに深くうなずいてみせる。
「ユーリッドがいなくなってあっちの世界では僕が不在の状態なんだ。定期的に母親から連絡が来るから電話に出ないと心配するし、行方不明扱いになって捜索願なんてことになればたくさんの人に迷惑が掛かる。だから一回家に帰ってその辺を上手く誤魔化してこようかと思うんだ」
「でもちゃんと帰れるの? あの魔法はまだ一度も自分に使ったことないんでしょ?」
今度はアルトが首をかしげた。
「正直分からない。けれど今なら戻れる気がするんだ。それにユーリッドがこっちに戻ってきたのも、僕が転移させた魔物が日本に跳んでいたことが原因だったし、同じようにやればきっといける」
「う、うむ……。今日にも発つと言ったが今から行くのか?」
「特に準備することもないしサクッと行ってくるよ」
「それで、わざわざ会議室を借りたことは何か関係があるのか?」
ラウラの問いに、僕は思わせぶりな間をおいてこう答えた。
「会議してるっぽい雰囲気を出したかったからだ」
ラウラとアルトが同時にポカンと口を開く。
「そ、そうか……。それでも数日は戻って来ないのだろ? できれば一度すぐに戻ってきて無事を確認させてくれ」
「わかった。とりあえず転移が成功したらトンボ返りで戻ってくるよ」
こくりとラウラがうなずき、了承を得ることができた。
「さて……」と僕は深呼吸する。
今まで自信がなかったからやらなかったけど、ついに自分の時空転移魔法の中に入るときが来た。
今のレベルと魔法精度なら、実行するのに申し分ないはず。
イメージしろ。自分の世界を、地球を、日本を、アパートの部屋をイメージするんだ。
もやもやっと見慣れた風景が頭の中に浮かび上がる。たぶんこんな感じで問題ないだろう。
サイズを間違えたら首ちょんぱだから、少し大きめにしておこうと心でつぶやき、転移先の光景をイメージしたまま僕は呪文を唱えた。
《アナザーディメンション》
一瞬、視界が暗闇に包まれた後、すぐに光を感じた。
懐かしい匂いが鼻腔を刺激する。自分の部屋の匂い。ボロ安アパートのくたびれた畳の匂い。
僕は日本に戻ってきたことを確信する。
「うう……、寒い。暖房いれるか」
ピッとリモコンを操作してエアコンを起動させた僕はカーテンを開けた。薄暗い部屋に光が差し込み、周囲を照らす。
「なんだよ……これ、荒れ放題じゃないか」
ビールの空き缶に漫画、風俗雑誌に競馬新聞、アマゾソの段ボールが部屋中に散乱していた。
「あんにゃろめ……掃除ぐらいしろよ」
元来きれい好きの僕は片付けずにはいられなくなり、さっさかさっさか掃除しているとテーブルに放置されていたスマホが鳴った。
おや? スマホの契約はまだ生きているみたいだな。登録されていない番号だけど、とりあえず出てみるか。
「もしもし」
『シモシモじゃねぇぞクソガキ! さっさと借りたもん返しやがれ! 明日までに振り込まなかったらカチコミに行くぞ!』
「な、なんですかいきなり!? 借りたものってなんのことですか?」
『とぼけるんじゃねぇぞゴラァ! お前に貸した二百万だこの野郎! バカ野郎! チ〇カス野郎!!』
「に、にひゃくまん!?」
その後、驚愕の事実が明らかになる。
ユーリッドが借金していたのは、一社だけではなかったのだ。ドアポストから溢れているのはすべて金融機関からの督促状だった。どれもこれも怪しい高利貸しのアッチ系である。
「あの野郎! どんだけ借金しやがった!!」
ぐぬぬ……、落ち着くんだ。
とりあえず一旦戻って転移が成功したことをラウラたちに伝えよう。
溜め息を吐いた僕は再び呪文を唱えた。
「ただいまー……」
会議室ではラウラとアルトが僕を待ってくれていた。
「よかった、無事だったのだな。なかなか戻ってこないから心配したぞ」
ラウラが胸を撫で下ろす。
「いや、それがユーリッドの野郎が問題を起こしていてさ」
僕は頭を掻いた。本当は抱えたいところだ。
「問題?」
「借金だよ。軽く計算したら合計で五百万を超えていた」
まさかあいつ内臓でも担保にしたんじゃないだろうな……、嫌な予感しかしない。
「五百万? それはカイン金貨だとどれくらいになるのだ?」
「ああ、そうか。向こうの世界では円っていう単位なんだけど、そうだな……金貨五十枚くらいかな?」
「大金ではないか!?」
「ユウが借りたお金じゃないんだから無視すればいいじゃない」とアルトは言った。
「そういう訳にはいかないよ。僕が払わないと実家に取り立てが行く」
「ど、どうするのだ?」
「とりあえず親と友人に連絡してお金をかき集めてみるよ。だからしばらくは向こうにいることになりそうだ」
「わかった、気を付けるのだぞ」
「うん、一週間以内には戻ってくるよ」
そう伝えて、僕は日本に戻ってきた。
「まいったな……、また金銭トラブルとは」
あーあ、せっかく久しぶりの故郷を満喫しようと思っていたのに……。元カノに取られたお金さえ戻ってくれば、なんとかなるのだが――。
失った物を数えるなとは言うものの……、トホホのホ。
「へぇ、ここがユウの元いた世界なのね? 面白そうなのがいっぱいあるわ!」
「え? ああ、勝手に触るなよ、アルト…………っへ? アルト?」
僕は思わず二度見した。
視線よりも若干低い位置でアルテミスと目があった。
いつもと様子が違う。いつもは僕の視線の高さにアルトは浮いている。
しかし今のアルトは浮いていない。立っている。直立している。十五センチほどの彼女は百五十センチくらいになっている。
つまり、こっちの世界の普通サイズだ。
「はい?」
「え? あんたってもしかしてユウなの? ずいぶん老けたわね……」
そりゃそうだ。こっちの世界では僕は三十代なんだから、そんなことよりも――、
「ア、アルテミスなのか?」
少女はこくりと頷いた。
見紛うことなくアルトだ。服装はいつも彼女が着用している物とデザインが違うシンプルなワンピースである。
ど、どういうことだこれは……、これがこっちの世界のアルトなのか? 妖精なのに同一人物がいるのか? そもそも妖精って人なのか? じゃあ目の前のこいつは宇宙人か? いや、そんなことは今はどうでもいい。
「お、お前……、下手したら胴体が半分になっていたんだぞ!」
「てへっ!」
アルトは片目を閉じてペロッと舌を出した。
「『てへっ!』じゃねぇよ!?」
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