第104話 行方
「実は――」
そう切り出して僕はデリアル・ジェミニに――、アルデラに真実を伝えることを選択した。
現在の彼(彼女)から敵意を感じない。それに嘘を語って辻褄が合わなくなれば彼(彼女)の心象が悪くなることは間違いない。
僕の嘘は見抜かれる可能性が高い。
だけど全部は話さず、経緯をかい摘んで説明した。すべての情報を晒すのは危険だと感じる。アルデラがまだ信用できるかどうか、現段階では判断できない。
ユーリッドの提案で互いの世界を交換したこと、彼が一方的に約束を反故にして僕を殺そうとしたこと、そして戦い、僕が勝ったこと。その戦いでユーリッドが死んだこと。
僕が話し終えた後、アルデラが口を開くまで生きた心地がしなかった。
特に表情を変えることなく、アルデラは「おぬしたちの問題じゃ。わしは関与せん」とあっけらかんと告げた。
身構えていた僕の肩から力が抜けていく。
「わしがユーリッドを弟子にした理由はな、ヤツの魔力総量が多いからということにしてあるのじゃが、そうではないのじゃ。わしの興味があったのはヤツの歪みの方じゃった」
「歪み?」
「そう、歪みじゃ。この世界において、魔法が使えるのに基本属性魔法が使えぬヤツなど本来は存在せんのじゃ。じゃがヤツは本当に使えんかった。ということはヤツは生まれたときから歪みを抱えていたことになる。わしはその理由が知りたかった。なぜそんな歪みをヤツが持っていたのか……、その答えがおぬしの存在じゃ」
アルデラは嬉しそうに僕を指さした。
「僕?」
「うむ、おぬしと会ってやっと合点がいった。因果はぬしらが出会う前から始まっていたということじゃ」
「よく……分かりません」
「同一人物が同じ世界にいることによって発生する歪みの干渉は時空を超える。時という概念はなく、過去も現在も未来も等しくその影響を受けるということじゃ。つまり、ユーリッドの死も、わしとぬしがこうやって出会うことも既に決まっておったということじゃ」
決まっていた?
最初からこうなる運命だったと? なにもかもがシナリオ通りということか? じゃあこの展開の結末も決まっている?
僕を置き去りにしてアルデラは、ブツブツとつぶやき続ける。
「いや……まて、そうじゃないかもしれん。既に決まっていたのではなく、用意されたルートに入ったと表現する方が正確か?」
「あの……できれば僕にも分かるように説明してもらえますか?」
紅の瞳が僕の姿を捉える。だけどその眼は僕を見ていない。もっと深淵を見つめている。
「あまりにもじゃ。そう、あまりにもと思わんか? このタイミングでこの出会い……。こう、なんというか、ハメられたと言うかのぉ、誰かに監視されているような気分じゃわい。次第に強くなる既視感の正体、原因はこれか? これはまるで創造主……、いいや、違うな。そう、時間遡行者の存在を勘ぐってしまうではないか……。くくっ、まだまだ世界はわしを楽しませてくれる」
アルデラは声を殺すように笑っている。楽しみを逃さないように、噛みしめるように。
「わしがここに来た理由……、その理由があるとすれば『あるがままに行動せよ』ということかの? ふむ、目的は分らぬが踊らされるのも悪くなかろう」
その声量はハイエルフの耳を以ってしても、意識していなければ聞き逃してしまいそうになるほど小さいものだった。
「さてと……」
アルデラは腰に手を当て、身体を反らして背筋を伸ばした。
忘れかけていたが、今は戦闘中だ。だけどアルデラは僕と事を構える気はなさそうだ。
それどころか僕に興味を持っていることは間違いない。好意すら感じる。
こいつはじいちゃんの仇だ。魔王の命令で動いていたからといって許すことはできない。だけど今は個人的な感情は後回しだ。
なにより優先すべきはこの戦争を回避すること。ユーリッドの師匠だったアルデラなら交渉する余地はあるはず。丘の下で待機させている魔獣を率いて撤退してくれるかもしれない。
このチャンスを逃してはいけない。
「アルデラ、お願いがあり――、
「失敗作を処分して、不詳の弟子の仇を討つとするかの」
僕が言い終える前にアルデラはそう言った。
「え……ど、どうして……? だって僕らの問題だって言ったじゃないか……」
「うむ、これはユーリッドの師匠としてのケジメというヤツじゃな。それに魔王のヤツが《白き死神》を早く殺せとうるさくての」
放たれた殺気に再び全身が硬直する。
「離れろ小僧!」
ラウラが叫んだ。違う。これは極刀だ。人格がスイッチしている。僕を押しのけたオミ・ミズチが、咆哮を上げてアルデラに斬りかかった。
「ガラァッ!」
閃光の一撃をアルデラは三叉の杖で受け止める。
「さっきとは圧が段違いじゃな、やっと《極刀》の意識が出てきたか」
アルデラが薄ら笑いを浮かべた直後、壮絶な戦いが始まった。互いの位置が激しく入れ替わり、一瞬たりとも静止することなく動き続け、目にも止まらぬ速度で攻防が繰り広げられていく。援護しようにも照準が定まらない。
「おっそいのぉ、それで全力か?」
戦いながらアルデラは欠伸をかいた。
――遅いだって……、冗談じゃない。デスピアとやり合ってたときより数段速いぞ……。
斬撃を三叉で防いだアルデラはラウラの顔面を仮面ごと鷲掴みにした。そして反対の手でラウラの細い首を掴み、締め上げていく。
「あがっ……」
「やはり媒体が三級聖遺物ではこの程度が限界か……。《極刀》の十分の一の出力も出せておらんようじゃ。本物ならばとっくにサイコロステーキになっておったはずじゃて」
無造作に持ち上げられたラウラの足が地面を離れた。必死に抵抗する彼女の様をアルデラは嘲笑う。極刀の力をもってしても、か細い少女の腕が引き剥がせない。
「ぐぅッ! がっ……」
アルデラはラウラの首をそのまま握りつぶすつもりだ。
「やめろぉぉぉぉぉッ!!」
僕は叫び、ヘカートをアルデラに向けた。
いつもお世話になっております。
次回で第二部は完結です。よろしくお願いしマス!




