第102話 交錯
「くそっ!!」
いつかは対峙すると思っていたけどこのタイミングなのか……最悪だ!
どうする? どうする! どうする!?
歴代の勇者の中でも最強と呼ばれた雷帝ですら敵わなかった相手だ。
グランジスタから絶対に近づくな、見つかる前に逃げろと忠告されている。
だけど僕の後ろにはアイザムの街がある。
ここで止めなければヤツらはアイザムを蹂躙して聖都へと向かう。
しかし、雷帝すら敵わなかった相手を一体この世界の誰が止められるというのだ。
「ユウ……」
ラウラが僕の手を握った。
大丈夫だと言って彼女を安心させたい。でもそんな強がりを吐ける相手じゃない。
この距離からでも感じるヤツから放たれるプレッシャーに僕は震えている。
ここにイザヤが、デスピアがいてくれたら……。
イザヤ・ブレイガル、デスピア・ローゼズ、グランジスタ・ナイトハルト、アナスタシア・ベル、ゼイダ・ラファガルド――、僕は本物の強者と出会い、彼らと接し、その強さを目の当たりにして自分の矮小さを知った。そしてその本物の誰もが認める雷帝の片鱗に触れて、僕は臆病になってしまった。
今までの僕は怖いもの知らずだっただけだ。
逃げてしまいたい、日本へ。だけど僕が逃げたらアイザムの人たちも、帝国領の人たちも、聖都の人たちも大勢死ぬ。
勇者を召喚する超級召喚陣を破壊されたら人類の敗北は決定的になり、西方大陸だけでなく世界中の人々が殺される。
もはやオミ・ミズチに頼るしかないのか――。
僕はなにを考えている……、それはダメだ! ラウラを危険な目に晒すことはできない。
深く息を吸ってゆっくりと吐き出す。
「……ユウ」
黙ったまま動けない僕の名を、ラウラが再び呼んだ。
決断しなければならない。ラウラは僕の指示を待っている。
もう一度、僕は息を大きく吸い込んで吐き出した。気休めにしかならないが、僕はラウラを安心させるようにいつもの口調で言った。
「大丈夫だ。金牛宮だって仕留めることができた。同じようにやれば今回も勝てる」
「ああ、そうだな」僕の目を見つめてラウラがうなずく。
覚悟が決まった。デリアル・ジェミニをここで打ち倒す。
僕らは同時に前を向いて迫る軍勢を静かに見据える。
「距離千五百を切った」
ラウラが告げた。
「了解。千を切ったら教えてくれ」
確実に仕留めるなら五百を切ってからだ。だけどあいつをそれ以上近づけさせたくない。僕の本能がそう告げている。五百を切る前に狙撃して仕留めてみせる。
「分かった」
腹ばいになった僕は、ヘカートをしっかりと抱え込んだ。スコープを覗き、呼吸を整える。
大丈夫だ。金牛宮のときより狙撃スキルは格段に向上している。この距離でも外さない。ラウラが〝観測〟してくれるなら僕は絶対に外さない。
対象が近づくに連れて、グリップを握る手が汗ばんでいく。
落ち着け、冷静に、いつもどおりだ――。
「千を切ったぞ」
デリアル・ジェミニの顔をはっきりと捉えた。
まだ子供のようにあどけない彼女は、アーマードオルトロスの背中で退屈そうに欠伸を掻いている。気のせいに過ぎないが、たまに紅の眼と目が合う。僕らの存在に気付いていて、威嚇するようにこちらを見ているような気さえしてくる。
しかし、そんな訳がないのだ。この距離で、茂みに隠れている僕らを視認できるはずがない。
一呼吸入れてから銃身の中に時空転移魔法を展開、弾丸の形に形成して高密度に凝縮する。
出来るだけ硬く、鋭く。
《精霊アニマよ、我が矛を守りて、敵を穿て》
確実に加護を付与させるために、無詠唱ではなく敢えて唱えた。実際に詠唱したときの方が加護の載りが良い。
――穿て、穿て、穿てッ!
デリアルの額を貫いた場面を強くイメージしながらトリガーを引いた。
ヘカートの銃口から魔弾が射出される。リコイルを最小に抑えた今までで最高の射撃だ。
撃った瞬間に僕は悟った――、魔弾はデリアル・ジェミニの眉間を貫く。
「やった……眉間を貫いたぞ」ラウラが声を震わせて告げた。
欠伸を掻いていた彼女の上体がふらりと傾いていく。
意識を失うように眼球が上に動き、紅の瞳が上瞼に隠れて白目を剥いたその瞬間、ぐるんと回転した眼球が元の位置に戻ってきた。
それがスコープ越しにもはっきりと観えた。
僕とデリアルの目が合ったその瞬間、ぶわっと寒気が走り全身が総毛立つ。蛇に睨まれた蛙のように僕は固まった。
今度は間違いなく僕のことを視認している。
「まずい! こちらを見ているぞ!」
ラウラの声で金縛りが解けた。息を継ぐ間もなく僕は立ち上がる。
「今ので位置がバレたのか……、すぐに退却だ!」
僕が叫ぶのとほぼ同時だった。
視界の端でデリアルがオルトロスの背中に立って跳躍したのが見えた。
踵を返して走り出した僕らの前方にデリアルが落ちてきた。落下の衝撃で地面が揺れる。木々で羽を休めていた小鳥たちが一斉に空へ羽ばたいていく。
くるぶしまで足が埋もれるデリアル・ジェミニは、紅い瞳を滾らせて、左右の口角を吊り上げた。
土曜日はおやすみしマス。




