第101話 襲来
翌日、ギルドの前に迎撃部隊に参加する冒険者たちが集結する。
冒険者だけではなく、漁業組合の若い衆に加えて商業組合の者や街の人たちも手に武器を取って集まり、当初の予定よりも人数がかなり増えていた。
もちろんノックスにネフの姿もある。《蛇咬》の姿はなく、ネフの話では彼らは南部に逃げたそうだ。僕は彼らを非難したりしない。僕にだって逃げ出したい気持ちはあったから、賢明な判断だと思う。
集まった彼らにギルマスから作戦概要が伝えられる。
魔王軍別動隊の総数は五百、五百といっても相手は魔族である。戦力で勝っていたとしても正面からぶつかれば負ける。しかしアイザムは運河に挟まれた街だ。やることは単純、運河に掛かる二百メートルの橋を死守すること。いざとなったときは橋を破壊する。橋を落としてしまえば時間を稼ぐことができる。周辺各国や他ギルドの冒険者たちが、到着するまで耐え抜けば撃退できる可能性は高い。それまでみんなで頑張ろう――、ギルマスが説明を終えると冒険者たちは自らを奮い立たせるように一斉に声をあげた。
各々の配置が決まり、決戦に備えみんなが帰った後、夜更けを待って僕とラウラは誰にも見られないように街を出た。
この街の誰も殺させない。
僕が守ってみせる。
僕は僕の手の届く範囲を絶対に守るんだ。
◇◇◇
夜が明けた。
地平線から灰色の曇に隠れた太陽が姿を現し始める。
魔王軍別動隊が進軍を開始してから三日目、カディア丘の林の中に身を潜める僕はスコープのレンズを覗き、アステラ平原を監視していた。
いつでも迎撃できるように昨晩からラウラと交代で見張りを続けている。
予測通りなら後一時間で、平原の向こうから進軍してくる魔王軍が姿を見せるはずだ。
ヤツらをアイザムに行かせるわけにいかない。橋を落としたとしても河を渡られて、市街地戦に持ち込まれたら多くの犠牲者が出る。
第一目標は、ここで魔王軍別動隊を撃退、または殲滅すること。
これが叶わなかった場合の第二目標は、最低でも敵戦力を半分以上削る、または足止めすること。
敵の数は五百、それぐらいの数なら時空転移魔法で時間を稼ぐことは可能だ。昨日の時点ですでに帝国領の騎士団がアイザムに向かっているという。早ければ明後日には到着する。それまでは持ちこたえてみせる。
敵側にも航空戦力がないことは不幸中の幸いだ。イザヤの話では魔境にはワイバーンやグリフォンなどの大型飛行魔獣が多数生息しているという。そいつらを配下として連れて来られないのには訳がある。
もし飛行部隊を編成して空を飛翔しようものなら、五大竜の逆鱗に触れる。人族を攻め滅ぼす前に、あっという間に八つ裂きにされてしまうという訳だ。
問題はやはりゾディアックだ。ゾディアックに関してはあまりにも情報が少ない。出たとこ勝負になってしまうが、いざとなればこちらには《極刀》オミ・ミズチがいる。しかし彼が出てきたとしても実際に戦っているのはラウラの体だ。できれば彼女を危険にさらしたくない。だからこの手は最初から除外している。
あくまで僕だけの力で勝つんだ。
「今日はいつもより冷え込みそうだな」
僕は座ったままの姿勢でスコープを覗く。
「ああ、雪が降ってきそうだ」
並んで座るラウラが曇り空を見上げた。
「初雪か……。この地域はあまり降らないはずなのにな」
「雪は嫌いか?」
「子供のときは好きだったよ」
変化のない草原から目を離した僕は、ラウラの横顔に視線を移した。
「私は今でも好きだ。すべてを等しく白くしてくれる。おごりも嫉妬や負の感情さえも……。一面の雪景色を眺めているだけで、自分が清らかになれた気がするんだ。溶けてしまえば泥に混じった現実が姿をあらわしてしまうがな……」
そう告げた彼女の横顔と存在がひどく儚ないものに思えた。
このままどこか遠くにいってしまう、そんな気がした。
だから、僕はラウラを後ろから抱きしめていた。逃さないように、どこにも行かないように、細い身体を強く抱きしめる。
「ユウ?」
「こうしていた方が暖かいだろ」
僕は自分と彼女の体をローブで包み込んだ。
「ああ、そうだな」
僕らは唇を重ねていた。
辺りは静まり返り、風に揺れた枝葉が擦れ合う音が木霊す。しばしの休息、僕はラウラに頬を寄せて眼を閉じた。
ハイエルフの耳が捉えている。獣の集団が地面を駆けて進む音。もうすぐだ、もうすぐ肉眼で確認できる距離に入る。
「………ん?」
フィールドスコープで監視するラウラが反応を示した。
――来たか。
「見えたぞ」
「ついに来たか……、予定通りだな。まあ、よかったよ。寄り道されていたら雪に埋もれながら待つところだった」
僕はヘカートに取り付けたスコープを覗き見る。
受付嬢の情報通り、敵の数は四百から五百といったところ、魔獣のみで構成された部隊だ。
今回のゾディアックは獣使いなのだろうか? アリエスみたいな魔導系統より、こっちの方がはるかに分かりやすくてやりやすい。
さあ、一方的な殴り合いを始めようか。
「なっ……」
ラウラが息を呑んだ。
「……ヤツだ、間違いない……」
ラウラからフィールドスコープを受け取った僕は、目を凝らしてレンズを覗く。
平原を疾走するアーマードオルトロスの軍勢、大群の先頭を走る魔獣の背に乗るその人物の姿が、土煙の中から次第に見えてきた。
燃え上がるような紅く長い髪、額から生えた2本の角、そして頭髪と同じ紅の瞳を持つ少女、その手には三叉のピッチフォークが握られている。
そいつは間違いない。
雷帝ライディンを殺した魔人、ゾディアック《双児宮》デリアル・ジェミニ――。
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