第98話 夢、叶う。
「デスピアぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁっぁッ!」
咆哮と共にラウラは刀を振り上げて突っ込んできた。
呪鎖が迎撃を開始、亜空間から飛び出した鎖がラウラに襲いかかる。ラウラはデスピアに向けて斬撃を放つ。鎖の隙間をすり抜けた斬撃がデスピア目掛けて飛翔、別方向から新たな鎖が出現して斬撃を弾いた。
ここまでの攻防に一秒とかかっていない。
「野暮な女なのだ。邪魔しないでほしいのだ」
時間経過と共にねずみ算式に増えていく呪鎖、蛇のような動きでラウラに喰らいつく。
「ラウラッ!」
「ユウから離れろ!」
ラウラは襲い来る鎖を高速で打ち返す。しかし彼女の足は手数に圧されてジリジリと後退していく。
「くくっ、おまえはそこでこのデスピアとライディンの孫の交尾を見守っているのだ」
デスピアは勝ち誇った笑みを浮かべる。
プツン――、ラウラの中で何かがキレた。
「ガァッ!」
ギアを上げた彼女の斬撃が呪鎖の攻撃を押し返し始める。ジリジリとベッドに近づき、ついに間合いに入った。鎖たちが一列に並んでベッドを包み込む。鎖の檻だ。大上段で刀を振り降ろしても強固な檻はびくともしない。
「さあ、始めよう。おまえのをデスピアの中に出すのだ。たっぷりと、熱く濃いのを、あふれるほどに」
「うううっ……」僕はうめく。
ラウラは斬撃を放ち続ける。デスピアの鎖によって弾き返された斬撃が、そろえたばかりの家具やら壁やらを刻んでいく。
「や、やめて二人とも……、あたいのために争わないで!」
ラウラも呪鎖も止まらない。縦横無尽に動き回り、家を破壊していく。
「マジでやめて! 買ったばかりの僕の家をめちゃくちゃにしないでッ!」
ラウラの耳には届かない。頬にかかるデスピアの吐息が荒くなっていく。
ああ、我が家が切り刻まれてい、いくぅぅ……――。
「さあ、ライディンの孫よ。出す物を出して一緒に天国にゆくのだ!」
うう、このままでは僕の種が奪われてしまうのだ!
「ハァッ!」
ラウラが声をあげた。斬撃が鎖の檻を横一文字に両断。鎖を引き裂いてなお斬撃の威力は衰えない。デスピアは上体を反らせてラウラの斬撃を躱した。
衝撃で壁が吹き飛び、隣の部屋まで吹っ飛んだ。もうめちゃくちゃだ。
ああ、僕の家がァ……。
「……この鎖を斬ったのはおまえで二人目なのだ。褒めてやるのだ」
少し遅れてデスピアの頬に切り傷が刻まれた。滴る血液が僕の胸に落ちていく。
「不思議なのだ。プレッシャーがさっきまでとは別物なのだ」
デスピアの表情から余裕が消えた。顔色が変わる。ベッドから降りた彼女はついにラウラと対峙する。
ラウラの攻撃は止まらない。彼女の剣は鎖を断ち切りデスピアに届いている。しかしデスピアも負けていない。鎖で攻撃をいなしながら紙一重で躱している。
呪いの力ばかりに囚われていたが、彼女の身体能力は驚異的だ。ラウラの攻撃を完全に見切っている。さすが準勇者だ。伊達ではない。
彼女たちは家をぶち壊すだけ壊した挙句、やっと外に出た。同時に僕の両手足を拘束していた鎖が解かれる。ズボンを履いて彼女たちの後を追った。
庭で距離を取って睨み合う両者、先に動いたのはラウラだ。迎え撃つデスピア、業者を呼んで整備した青い芝生を巻き上げながら壮絶な応酬を繰り広げる。
化け物じみたふたりの間に割って入れるはずもなく、もはや僕は立ち尽くすしかない。
二人を止められるのは雷帝かイザヤくらいだろう。しかしイザヤはリタニアスで、雷帝はこの世にいない。
互いに決め手を欠いたまま、再びふたりは距離を取って膠着状態に入る。
「ふん、今宵はこれくらいにしてやるのだ」
芝生が丸坊主になったところでデスピアは言った。ラウラに斬られた腕の傷をペロリと舐める。一斉に鎖のチンアナゴたちが穴倉へと戻っていく。
「ライディンの孫よ、また種子を奪いに来るから覚悟しておくのだ! それまで無駄撃ちせずに溜めておくのだぞ!」
なははははー、と高笑いを残して彼女は走り去っていった。
嵐が過ぎ去り、僕はほっと息を吐く。
「ラウラ……ありがとう、助かったよ」
「助かっただと?」
ギロリと仮面の奥の眼を光らせてラウラが振り返る。
「……え?」
「それはなんだ?」
僕は、彼女が僕の股間を指さしたその理由を、自分の股間を見ずとも知っている。
アウトドア派のマイサンは突然キャンプがしたくなったに違いない。彼は立派なワンポールテントを張っている。
「ユウ……」
「は、はい!」
「今夜から一緒に寝るぞ」
仮面を外してラウラは言った。翡翠色の瞳が月光を反射して凛と輝く。
「!?」
うおぅ、ラウラからそんな積極的な発言が出るなんて……。どうやら彼女はデスピアのテンションにあてられたようだ。
「こうなった以上、デスピアにユウの種は絶対に奪わせない。なんとしても死守する」
「で、でもアルトがいるしさ……」
「私はアルトさえ良ければ三人でもかまないと思っている」
なっ!? なななッ、なんですとッ!? いきなり何を言い出すんだ!?
いやいや、ちょっと待て……。彼女は自分が何を言っているか理解しているのか?
「もちろん私だけの日もちゃんとほしい。いや、待て……そうなるとアルトに失礼だな。アルトだけの日も考えてやらねばなるまい」
間違いない。ラウラは変なスイッチが入っている。彼女の眼はグルグルとうずを巻いて回っているし、焦点も微妙に合っていない。正常な判断ができない一種の錯乱状態なのだ。
僕はラウラのもとに駆け寄って彼女を抱きしめた。
「ラウラ!」
「ア、アルトが納得すればだからな!」
この機を逃してはならない! きっと明日になったら冷静になって「あれは冗談だ」とか言われるに決まっている! そうなる前に鉄は熱いうちに打つのだ! 既成事実を作ってしまうのだ!
「ああ、分かっている。だからいますぐ三人で日本に戻ろう」
僕はラウラをお姫様抱っこで抱き上げる。
「今からか!? アルトにだって心の準備があるだろう!」
「任せろ、何があっても説得してみせる!」
男らしく言い放った僕は彼女の瞳を見つめた。男らしい僕の姿にラウラの頬がぽっと朱くなる。
アルトはたぶん嫌がらない。はっきり言おう、彼女は僕のことが好きだ。前回アルトと日本に戻ったときの態度はあからさまだった。僕があのとき彼女の誘いに応じていたら男女の仲になっていたはずだ。
そして、僕はアルトのことがラウラと同じくらい好きだ。だから恋人のラウラの許可さえ下りれば何の問題はない。アルトも今日から僕の恋人だ。
万が一、初めてなのに三人はちょっと……と躊躇されたら先にアルトとタイマンして、その後に三人ですればいいだけのことよ。
今夜は忙しくなるぞ! デスピア万歳! 彼女のおかげで夢のハーレムルートに突入だ! 今日から彼女に足を向けて寝られない! デスピア様、いや、デスピア神と崇め、奉ろう!
「ふっ……、ふふふ……、ふははははははッ!」
渾身の三段笑いを決めた僕は壊れた家に駆けこんだのだった。
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