第97話 箒星
それからデスピアは歴史の裏側について語ってくれた。
超級召喚陣は枢機教会が誕生する遥か昔からその場所に存在していた。現在は聖都カインの中心、枢機教聖堂の《摩天祭壇》において厳重に管理されている。
いつ誰がその場所に設置したかは未だ不明であるが、その目的は魔人の脅威から人類を守るためだと考えられている。
魔族と人類の戦いの歴史は長く、枢機教会が定めた聖令歴より以前、紀元前から世界の救済のために召喚陣を使って勇者を呼び出していたことを示す石板が、カインの遺跡から出土している。
歴代の勇者のほとんどが召喚されてきた異世界人であり、彼らは例外なく強大な力を持って魔族を打ち破ってきた。
しかし、異世界の存在を否定する教会にとってこの事実は都合が悪いどころの話ではない。これまで世界を救ってきた勇者が異世界人だったなど公表できるはずがないのだ。
だから教会は超級召喚陣の上に聖堂を建設することによって、最大の禁忌と召喚陣の存在をひた隠しにしてきた。
そして魔王軍がカインを目指す理由もそこにある。
魔人族は超級召喚陣の存在について、人族と等しく遥か昔から把握している。
彼らの目的は最高神官を殺すことではなく、召喚陣を破壊することである。召喚陣を破壊すれば巨大な力を持つ勇者を呼び出せなくなる。
すなわち聖都の陥落は人類の敗北を意味する。
魔王は召喚陣を破壊するために幾度となく聖都カインを目指して西方大陸に軍隊を送り込むも、その度に歴代の勇者によって阻まれている。
「それならば、なぜ教会は勇者を召喚しないのですか? じいちゃんが死んでからだいぶ経っていますよね?」
僕の質問にデスピアが答える。
「勇者の召喚は四十年周期で巡ってくるベレッタ彗星が最も接近する日しか召喚の儀ができないのだ」
「それってあと何年ですか?」
「あと十三年」
「十三年か……、まだまだ先ですね」
デスピアはこくりとうなずいた。
「心配することはないのだ。長い歴史の中で異世界の勇者が不在の時期もあった。これまでなんとかやってきた。これからもきっとなんとかなる。そのために準勇者という制度があるのだから」
「どういう意味ですか?」
「分からないのか? 準勇者というのは勇者が死んだときの代わりではなく、次の勇者が召喚されるまでの〝繋ぎ〟なのだ」
デスピアはあっさりと言った。
無性に、どうしようもなく、僕はそのセリフに腹が立った。彼女にではない。教会の連中に対してだ。
ランドフォースだってイザヤだってデスピアだって、みんな人類のために戦ってきたんだ。それなのにヤツらは彼らのことを繋ぎとしか見ていないなんて、悔しくてたまらない。
「おまえは優しいのだな」
奥歯を噛んだ僕の胸に手を当てたデスピアの、そのはにかんだ顔は少し悲しげだった。
「あの……疑問なんですけど、なんでデスピアさんはそんなことを知っているの?」
「長く生きていれば色々と聞こえてくることも多いのだ」
「それからどうして急にこんな話を僕にしたんですか?」
「魔境から戻ってきた日にアナスタシア・ベルに会ったのだ」
「アナスタシアに?」
ってことは、とっくに彼女は海を渡って北方大陸に入っていたのか。まさか単身で魔境に乗り込むつもりじゃないだろうな?
「あいつが言っていたのだ。『キミの探し物は見つかるだろう。そのとき〝探し物〟に世界の真実を与えてほしい』と」
「どういう意味ですか?」
「さあ? あの戦闘狂の考えることなんて、このデスピアにも分からんのだ。でも探し物は見つかったのだ。だから与えたのだ。今度は対価としていただくのだ、おまえの種を」
シャツがビリッと破られて僕の生まれたままの姿に月光が降り注ぐ。
「ひゃッ!」
思わず変な声が出てしまった。
「くっくっく、気持ち良くしてやるのだ」
デスピアの五指が僕の胸を撫でまわす。
「うぐっ……」
デスピアは腰を前後に動かし始めた。
「う、あ……そ、そこは……っ!!」
自分自身が制御できなくなりそうになった、まさにそのときだった。
ドアが切り刻まれて破壊される。押し入ってきたのはラウラだ。
仮面の奥の眼を猛禽類のように光らせる彼女の全身から、覇気のようなオーラが放たれている。
大地が怒りに震えていた。
次回で第十章はおしまいです。
第二部最終章となる第十一章【異端者】は来週の中頃に更新を予定しています。
詳細が決まり次第、活動報告にてお知らせします。




