第96話 床上手
僕らが家に戻るとアルトはまだ二日酔いで死んでいた。
ラウラと夕飯を食べて床に就く。アルトの手前、ラウラとは寝室を別々にしている。
彼女だけ仲間外れにするのは良くない。あいつはそんなこと気にしないかもしれないけど、なんとなく気が引けるのだ。
もしもラウラが「三人でもいいよ」って言ってくれたのであれば、すぐにでもふたりを日本の自宅に連れて帰ってサ○ピーするけどね。
お縄になるって? 捕まる前にこっちの世界へ逃げてやらぁ!
まあ、そんな日は来ないだろう。妄想くらい好きにさせてくれたまえ。
いや、昼間の彼女の発言からすると、もしかしたらワンチャンある? ……なんてまさかな――。
そんなことを考えながらウトウトしてそのまま眠りについていた。
「う、うーん……」
寝苦しい……なんか違和感がある。
なんかお腹の上でもぞもぞしている。温かくて柔らかい物が下腹部に乗っかっている。
それほど重くなく丁度良い重量感で、それになんだか気持ちが良い……。
寝返りを打とうとした僕の両手からジャラリと金属が擦れる音が聞こえた。
「ふえ?」
寝ぼけまなこを擦ろうとしても腕が動かない。
僕はベッドの上で大の字になっていた。両手首、両足首に鎖が巻き付いて拘束されている。
「な……なんじゃこりゃあッ!」
「起きたか、ライディンの孫」
頭を起こすとそこにデスピアがいた。彼女は僕の下腹部あたりに座って馬乗りになっている。
「デ、デスピアさん! なんですかこれは!?」
「別れ際に言ったではないか、ふたりでゆっくり話そうと」
「と、とにかくラウラに見つかったら大変なことになります! すぐに拘束を解いてください!」
「それなら心配はいらないのだ」
くすり、とデスピアは妖艶な笑みを浮かべた。
「へ?」
「あの小娘はマリナが上手く誘い出してくれたのだ。この家にいるのはインプを除けばふたりだけなのだ」
「な、なにをする気ですか?」
「きまっている。ライディンの種子をこの身に宿すのだ」
つーっ、とデスピアの指が僕の胸から下腹部に向かって這っていく。
生地の薄い寝間着だから彼女の指の感触が敏感に伝わり、体がビクンと反応してしまう。
「はわッ!? ぼ、ぼくはじーちゃんではありません! 何度も説明したじゃないですか!」
「知っているのだ。でもライディンの孫なのだろ? ライディンの血を引いているのなら孫でも構わないのだ」
「そ、そんなッ!? 愛がないのにそういう行為をするのは不純ですよ!」
「不純? このデスピアはライディンを誰よりも愛しているのだ。愛しい者の血脈を遺したいと思うのが不純であるはずがないだろう?」
デスピアは羽織っていた上衣を脱ぎ捨てた。彼女の生まれたままの姿、裸体が露わになる。
窓から注ぐ月光が白い肌を照らす。
彼女の肉体は人族の女性とほとんど同じだった。脇腹と下腹部の辺りは白い体毛で覆われているけど、それ以外はなんら変わらない。
「見惚れているのか? ライディンと同じ瞳で見つめられるとゾクゾクするのだ。それだけで感じてしまうよ」
頬を紅く染めたデスピアは目を細める。
「や、やめてください……。今ならまだ間に合います」
「口では嫌がっていても、お前の体は正直なのだ」
「そ、それは……僕とは別の生き物だから」
ふふふ、と彼女は微笑んだ。
「せっかくふたりきりになれたのだ。交尾の前に少し話をしよう」
「えッ!?」
しまった! いま一瞬だけガッカリしてしまった!?
「ふふ、良い男こそ前技を大切にするものなのだ。相手は焦らされれば焦らされるほど燃え上がるのだぞ」
デスピアは初なボウヤに言い聞かせるような口調で言った。
体勢だけでなく立場でもマウントを取られた気分だ。
僕だってガキじゃない。精神年齢三十オーバーのオッサンともあろうこの僕が、ナメられっぱなしという訳にはいかない。ガツンと大人の余裕ってヤツを見せてやらなきゃならぬのだ!
「……いいでしょう。それでは何を話しましょうか? じいちゃんとの昔話でも語りましょうか?」
デスピアは首を振った。
彼女の指先が僕の上をゆっくりと移動していく。
「なぜ教会がこのデスピアを聖都に呼び戻すか、その理由を知っているか?」
この展開でよもやそんな話題を振ってくるなんて意外だった。
完全に虚を突かれてしまった僕は、
「……それはデスピアさんの能力が守りに長けているって、聖都にいる最高神官を守るためだってマリナさんから聞きましたけど」
と素直に答えざるを得ない。
「それもあるのだ。だけど、本当の目的は違う」
「本当の目的?」
「聖都カインには古代遺跡、超級召喚陣があるのだ」
「超級召喚陣?」
初めて耳にする単語だ。
「そう、この超級召喚陣によって歴代の勇者がこの世界にやってきたのだ」
「歴代の勇者? ということは……」
やっぱりライゼンは召喚されてこの世界に来たのか……。そして、じいちゃんだけでなく、過去には何人もの異世界人がこの世界に勇者として召喚されていた。
「これは枢機教会にとってトップシークレットなのだ。秘密を知る者は極々わずかしかいない。口外すれば死罪になるそうだ、気を付けるのだぞ」
デスピアは僕の頬を優しく撫でた。




