第93話 血染めの薔薇
父さん、母さん、僕は家を買いました。
郊外にある中古の一戸建ですが、庭も付いています。
あの僕が、死のうとまでしていた僕が一国一城の主になったのです。
まあ、異世界の話ですが――。
そんな訳で僕はクエストで稼いだゴールドが溜まっていたので家を購入した。
冒険者用の安アパート暮らしが嫌になった訳ではなく、他にお金の使い道がないというのが本音だ。
東方に旅立つときは売り払ってしまえばいいと考えている。それに最近、不動産の値段が上がっているらしく買ったときの値段よりも高く売れるかもしれない。
定住するというよりは不動産投資に近い。
しかし、小さいながらも我が家があるというのは良いものだ。これで夜の営みの際に音漏れを気にする必要もなくなる。声を必死に抑えようとする彼女も素敵なのだが、乱れる彼女の姿も是非見たい。
僕は作戦コマンドを『ガンガンいこうぜ』に変更した。
ああ、そうだ。それから今度ラウラに例のアレをやってもらおう。
「ただいま~」からの「おかえり、ご飯する? お風呂にする? それとも――」というアレだ。
そしてそのままベッドにIN。
古典的な願望だけど、これを実現した男が世の中にどれほどいるだろうか。
いい大人が嫁はんにそんなお願いをするのは現実的に憚れる訳で、倫理観が最大の障害になる。
つまり、逆に異世界だからこそ実現できる願望といえよう。
それに押しに弱いラウラなら頭を地面に擦りつけて頼めばやってくれるはず。
恥じらい、まごつき、肝心なところでセリフを噛んでしまう彼女の姿を想像するだけでマイサンが元気になってくる。
引っ越した日に僕らは、ミレアやネフにノックス、《白夜》のみんな、それからギルドの受付嬢を呼んでささやかながらパーティーを開いた。
魔人との戦争中だからこそ、こういうイベントは大切にしたいと思う。
だっていつ死ぬか分からないだもん、割とマジで。楽しい思い出は多い方が良いに決まっている。
それから今回のパーティーは《白夜》の送別会も兼ねている。
彼らは今後リタニアス王国に拠点を移して北方攻略の準備を進める。
というのもコウレス平原から戻ってきた僕がイザヤに《白夜》を紹介して、とんとん拍子に話が進み、《白夜》はイザヤのパーティに入ることになったのだ。
《白夜》は先にリタニアス王国に戻っているイザヤたちと合流した後、準勇者パーティのメンバーになる。
これは世間的には大出世だ。なにしろイザヤは次の勇者になることがほぼ確定している。教会が認定した瞬間からアルペジオたちは誉れ高き勇者パーティの一員だ。
だからアルペジオはもちろん、バリウスやタルドから「イザヤと引き合わせてくれてありがとう」と何度も感謝された。
正直、僕は自分だけ安全なところに留まって友達を死地へ送るような後ろめたさはあった。だけど、彼らにはそれだけの目的と意思がある。
イザヤの仲間にならずとも遅かれ早かれ北方大陸に渡っていただろう。それならイザヤと一緒にいた方が良いに決まっている。
それからパーティーの間ずっとノックスから「家は買ったのにローラと結婚しないのか」と冷やかされた。
僕ははぐらかした。フラグになってしまうのが怖い。
ラウラの気持ちを考えると、ちゃんと結婚して式をあげてやりたい気持ちはあるが、どうしても踏み切れない。
まだ僕らは若いんだ。ゆっくり考えればいいじゃないか――、というかもうアレだな、なにを言ってもフラグにしか聞こえない。
その翌日、僕とラウラは二人で街に出掛けた。アルトはまだ家で寝ている。彼女は里のことでストレスが溜まっていたらしく鬱憤を晴らすようにパーティーでへべれけになっていた。
一通り生活用品の買い出しを終えた僕らがギルドに向かうと、ギルドの入口の前で人混みができていることに気付く。
いつもは我が物顔で昼間から酒を煽っている冒険者共が入口から中を覗き込むだけで、中へ入ろうとしない。
「なにかあったの?」
「おう、ユウ」
ノックスが振り返る。
「ノックス、これってなんの騒ぎ?」
「それがよ、準勇者のデスピア一行が来てんだよ」
「え、マジで? いつの間に魔境から戻ってきていたんだ」
最後の準勇者《百華》デスピア・ローゼズ。
血染めの薔薇、不動の戦慄、アンタッチャブル・オブジェクトなど数々の異名があり、デスピアが通った後には真っ赤な華が咲き乱れると謡われる、恐ろしくも謎に包まれた人物である。
その物騒な異名のせいか、冒険者の連中がビビッてギルドに入れずに外から様子をうかがっているという訳だ。
埒があかないので僕は人垣を掻き分けてギルドに足を踏み入れた。
さすがにいきなり取って喰われるなんてことはないだろう。
だって準勇者だぜ? 正義の味方なんだぜ?
いつも通りカウンターに向かってずいずい進んでいくと、
「はじめまして、あなたがリタニアス王国を救った《白き死神》ですね」
ひとりの女騎士が椅子から立ち上がり、僕を見るなり握手を求めてきた。
背丈はラウラよりも少し高く、歳は二十代半ばといったところ。凛とした瞳が印象的で紳士的な彼女が纏うのはシンプルな銀色甲冑だ。いくつもの死線をくぐり抜けてきた証拠といえる大小様々な傷が刻まれた装備が渋くて超カッチョいい。
まさに出来る女勇者っといった出で立ちである。
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