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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第九章】アリエスサイン

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第92話 出会いと別れ

「ぶべばッ!?」


 僕の体は地面を二回、三回とバウンドしながら転がって止まった。大の字で寝転ぶ僕の横にラウラが立っている。肩で息をする彼女の右腕は血で濡れていた。


「はっ!? ここは? 僕はなにを??」


 どうやら意識を失っていたようだ。

 ジンジンと脈を打つ頬を抑えながら体を起こした僕の全身は汗だくだった。悪夢から目覚めたときのように最悪な気分だ。


「ラ、ラウラ……僕は、いったいなにを……。それになんだか今すごく切なくて、ハートブレイクな気分なんだ。ひどい悪口を言われたような……――って腕がないィィィイッ! ええっ!? なんでなんで!? なんでないの!? て言うか地面に落ちてるしィィ!! ぼくのひだりうでぇぇええっ! 痛い痛い痛い痛い痛いよッ! 血ぎゃぁぁぁっぁぁッ!」


「落ち着け、いま加護で止血してやる」


 ラウラは僕の左肩に触れて精霊に祈りを捧げた。次第に出血が止まっていき、痛みが和らいでいく。


「ううっ……。あれ? 女神様は??」


 そうだ。確か僕は意識を失う前に女神様と会話をしていた。彼女に敵を倒すようにお願いされて……、それからトリガーを引いた……。


「女神様だと? しまった! 術者は!?」


「……捕まえたよ」

 

 少し離れた場所からノエル・ロメロスが歩いてきた。

 彼の杖の先に半透明なひし形の立体が浮いていて、その結界の中に黒い霧のような物が閉じ込められている。

 

「術者? もしかしてこのモヤっとしたのが、女神様の正体なのか!?」


 思い出してきたぞ……、女神様は自分のことをゾディアックだと言っていた。なんで僕はなんの疑問も抱かずに彼女の言うことを聞いたんだ??


「ってことはこれが《白羊宮》カルデナ・アリエス……」


 愕然がくぜんとした。僕はあんなモヤモヤに悶々(もんもん)としていたのか!?


「やっぱりゾディアックなんだね……」ノエルがぼそりと呟く。「……キミは幻惑魔法に掛けられていたんだよ」


「ノエル殿、閉じ込めることには成功しましたが、この後はどうするおつもりですか?」


「……そこまでは考えてない。燃やしても凍らせても効果は薄そうだね、ある意味でとても厄介で脅威な存在……。どうする? あと数分で結界の効果は解ける」


 焼いても凍らせてもダメなら答えはひとつしかない。


「僕がやります。時空転移魔法でこいつを跳ばします」


 僕は残った右手でヘカートを拾い上げて、魔石が埋め込まれた銃床を《白羊宮》が閉じ込められた立体に向けた。


「しかしどこに跳ばすつもりだ。跳ばした先の世界に迷惑が掛かってしまうではないか」


「ああ、だから跳ばすのは宇宙空間だ。操れる生物のいない世界を永遠に彷徨さまよってもらう」


 ちょっと残酷だけど仕方ない。こいつの処分方法は他にないのだ。しかし勿体ない。もしカルデナが魔王を裏切って僕の仲間になりたいと言うのであれば、やぶさかではないが……。

 

 見つめていると結界の中のモヤモヤが僕に何かを訴えかけている気がした。


 助けて、助けて、お願いします、何でも言うことを聞きますから――、そんな声が聞こえてくる。


 ああ……、あの女神の姿を思い出すと助けたくなってしまう。あんな術ならずっと掛かっていたい。


「ユウ、良からぬことを考えているのではないだろうな? それともまだ術に掛かっているのか? もう一度殴る必要があるか? 早くしろ」


「アイアイマム!!」


 ラウラが怖い……。


「うう、せめてどこかの星にしてやるか……。うーん、ガスっぽいから木星でいいかな、向こうのガスたちと仲良くやれよ。じゃあな、あばよッ!」


 木星もくせい木星もくせい木星――、ブツブツと心の中で唱えながら小さい頃に、じいちゃんと天体望遠鏡で眺めた木星の姿をイメージする。


《アナザーディメンション》


 僕はノエルの結界ごと《白羊宮》カルデナ・エリアスを転移させた。

 黒球に呑まれて消えたカルデナは無事に木星に到着しただろうか、よこしまな感情が魔法に影響していないか不安だ……。


「……戻ろう、イザヤが待ってる」ノエルが言った。



 砦に歩き出した僕らに向かってイザヤが手を振っている。

 どうやら魔物を倒し、戦いは終わったようだ。騎士たちが茫然と立ち尽くしている。



◇◇◇



 僕の斬り落とされた左腕は、ノエルに結合してもらった。

 それから砦に着くまでに、ラウラから僕がおかしくなってから意識を取り戻すまでの顛末てんまつを聞いた。


《白羊宮》の幻惑魔法で精神を操られていた僕は……、僕が……殺してしまった騎士もいるのだろう。

 ラウラに聞いても答えてくれなかった。つまりそれが答えなのだ。

 ひょっとしたら僕はラウラもこの手に掛けていたかもしれない。実際、僕はなんの躊躇ちゅうちょもなく彼女に銃口を向けたそうだ。

 僕の魔弾で彼女が貫かれる姿を想像するだけで自分に対して激しい憎悪が湧いてくる。


 魔族に殺された騎士も、騎士同士で殺し合って死亡した騎士も大勢いる。今回の戦いで両騎士団から多くの犠牲者が出た。

 ノエルの蘇生魔法で生き返らせることができたのは、ほんの一握りだ。

 それでも、僕は自分が少しだけ救われた気がしたんだ。


 その後、自我を取り戻した騎士団長にイザヤが代表して事情を説明した。準勇者の彼の言葉を疑う者はいない。仲間で殺し合っていたという事実は、彼らの心に深いショックを与えたに違いない。




 魔王軍の脅威は去ったが、今回の一件について憂慮しなければならない問題がある。


〝なぜ魔王軍が突如としてコウレス平原に出現したか〟だ。


 帝国と聖都、それぞれの騎士団長を交えて僕らが話し合った結果、空間転移魔法によるものという結論に至った。

 以前から危惧されていた軍隊を転移させる大規模転移魔法に魔王軍は成功したのだ。


 どれくらいの規模を、どれくらいの精度で、どれくらいの頻度で転移させられるのか、それが問題である。

 こんなのがしょっちゅう行われるのであれば、防衛もへったくれもない。西方大陸、ひいてはこの世界が魔王の手に落ちるのも時間の問題だ。


 この事実を一刻も早く各国に伝える必要があり、機動力に優れた部隊と国同士が相互に協力して軍隊を展開するネットワークを構築する必要がある。



 そして、僕らは騎士団から馬を借用して帰路に付くことになった。

 イザヤからグリフォンに乗って帰ればいいと誘われた僕が丁重にお断りすると、「じゃあ一緒に陸路で帰るべ!」とイザヤたちは僕らに付き合って、約一か月掛けてアイザムに戻ることになった。



 道中ではイザヤから槍術と体術の手ほどきを、ノエルからは魔法と召喚術について、それから魔境での魔人との戦い方を学ぶことができた。


 すっかり打ち解けた僕らがアイザムに到着したその日、一時ひとときのパーティを解散する際にイザヤから仲間にならないかと誘われた。


 少し考えてみたけど、僕にはやっぱり荷が重すぎる。僕は僕の手の届く範囲を守るだけで精一杯なのだ。

 その代わり僕はイザヤに《白夜》を紹介した。

 彼らにはイザヤの仲間になる意思だって資質だってある。近いうちに北方大陸を取り戻してくれるだろう。

 僕はそう信じている。



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