命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件22
どすっとお尻と脚に衝撃を受けて、上半身がガクッと揺れる。
「ぅぐっ」
おしりめっちゃ痛い。
私はしばらく倒れた状態で悶絶した。
おしりは痛いけど、全身が冷たかったり、空気がなかったりしないところを見ると、私はお堀の向こう側に着地できたようだ。ちょっと湿った草がほっぺた当たっているので、石畳でもない。
うまいこと木々の間に落ちたようだ。枝の上とかに乗らなくてよかった。
目を開けると、細い木のうしろに城壁とお城が見える。
森といってもほんとに端っこで、石畳のすぐ近くらしい。わーわー騒いでいる声が聞こえるし、橋を下ろそうとしているのか、大きなものが軋む音も聞こえてくる。
このままじゃすぐ発見されてしまう。もう少し森の奥に隠れつつサラフさんたちを待った方が良さそうだ。
断続的になってきたおしりの痛みを堪えつつ、草の上に腕をついて起き上がろうとする。けれど力を込めようとした腕に力が入らず、ベタッとうつ伏せになってしまった。
「う……?」
なんか変、と思うと同時に、ものすごい寒気に襲われた。額からどっと汗が吹き出しているのに、身体の芯から凍ってるのかと思うくらいに寒い。寒すぎて手首から先の感覚がないくらいだ。
それだけじゃなかった。空気をうまく吸えていないように息苦しい。こんなに植物があるのに、空気が薄いなんてあるだろうか。何が起こってるのか状況を把握したいのに、起こした頭もゆっくり地面に付けてしまう。
北極の海の中で全力疾走したらこんな感じかも。
ハッハッと息が浅く速くなり、手足がぶるぶる震え、背中にどっと汗が吹き出している。息が速いせいで頭がぼんやり痺れてきて、目はチカチカした。助けを呼ぼうにも寒くてお腹に力が入らず、弱々しい呻き声がやっとだった。
寒い。凍え死にそう。
腕を胸の方に引き寄せては震え、膝を曲げては息切れが激しくなり、体感2時間くらい経ったような苦しさの中でようやくうつ伏せからやや横向きの状態になる。倒れたままの視界で、ギーギーいいながら橋がゆっくり下されているのが見えた。それと同時に、草と枯葉を踏む足音が聞こえてくる。自分の息を吐く音の合間に確かにそれを聞き付けて、私は力を振り絞って仰向けになる。
ようやく、助けが来た。
「この、異世界人ごときが……!!」
違った。
ラフィツニフだった。ブルブル震えながら私を見下ろしている。けれど私みたいな寒さでブルブルしてるんじゃなく、怒りでブルブルしていることは表情でわかった。憎しみ込めまくりの視線の横、こめかみには一筋血が流れている。
「折角利用してやろうとしたというのに、役立たずのクズが!! 皆殺しにしてやる!!」
音も聞こえにくくなっている気がするので、大きな声で話しかけてくれること自体はありがたい。息切れするので精一杯で、返事ができないのが残念だ。ざまあっ言いたいのに言えない。汗が流れて額が気持ち悪い。寒い。
怒りに震えている手に、大きな石が握られているのが見える。
ああ、殴られるのかなあ、とぼんやり思った。息するのが大変でなんかぼんやりしてきたので、今ならあんまり痛くないかもしれない。でも怖いなあ。寒いのも怖いし、眠くなってきたのも怖い。目を瞑っておきたいのに、もう瞼を動かすのも大仕事のように思えた。
これが最期なら、サラフさんに会いたかったな。
そう思いながら振り上げられた石を見上げていると、いきなりラフィツニフがその石ごと視界から消えた。叫び声と、大きな水の音が聞こえてきた気がするけど、動けないのでどうなったのかは見えなかった。
どどどと大きな音がたくさん近付いてきて、ちょっとだけ意識がしっかりした。
「ユキ!!」
ぐわっと持ち上げられて、一瞬息が詰まった。咳をしたいのに、息が浅過ぎてできない。わりと限界、と思ったら、なんだかあったかいものが私の頬を触って、そっと顔を上に向けた。それから、唇にも温かいものが触れて、ほんの少しだけ寒さが和らいだ気がする。
何だろうと頑張って目を開けて、そして私は見た。
「サ、ラフさ……」
般若も裸足で逃げ出しそうな、凶悪な顔をしたその人を。
「…………」
薄れゆく意識で思う。
やっぱりサラフさん、顔、怖い。




