命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件19
「えっ」
猫が毛を逆立ててるときの感覚ってこんな感じだろうな、というザワザワを感じながら、浮かび上がったラフィツニフの姿を上から眺める。やや太めの体は傾きながら浮かび上がり、周囲の人の頭よりも高い位置でゆっくりと回転している。ちょうどサラフさんが私を通じて持ち上げたテーブルのように。
「ラフィツニフ様!!」
「呪力だ! 払え! 落とせ!」
「この高さならじきに落ちる! 受け止めるんだ!!」
……やっぱ浮いてるよね。おっさん浮いてるよね。下で。
棒が倒れたので足元に気を付けつつ浮いているおっさんを眺めていると、屋根の端にまたヒゲの人が顔を出した。
「こいつだ!! 呪力を使ってるぞ!!」
「攻撃しろ! ラフィツニフ様を捕縛する気だ!」
「えっ」
あのおっさん浮いてるの、私のせいなんですか。
全然実感ないんですけど。いや、なんかザワザワはしてるけど、点火のときのムズムズとちょっと違う気がするんですけど。
ていうか捕まえるって……
「そっか!!」
私があのおっさんを捕まえちゃえばいいのか!!
予想外すぎる閃きだったので、私の頭上に電球が現れてもおかしくなかった。イカが寄ってくるレベルの電球が点いたような気がした。
薄暗いなかで浮かんでいるおっさんをじっと見つめて意識を集中させる。もっと上に、と念じると、喚いているおっさんの影が少しだけ動いた。
「上がれー……!!」
両手を使って仰ぐように動かすと、じわじわと高度が上がっていく。成人男性を縦に3人並べたくらいの高さまで上げて、私はふと考え込んだ。
いやこのおっさん、どうやって捕まえればいいの。
ここに持ってくるのはちょっと嫌だ。といって他の塔の屋根に載せても取りに行けるかわからないし、ていうか私がそもそも降りられるかわからない。
……ん? おっさんを浮かせられたなら、もしかして私だって浮けるのでは?
「うわああああ!!」
「まずい! 落ちるぞ!!」
「あっヤバい」
意識を逸らせたせいかラフィツニフの体がガクッと落ちかけたので、私は慌てて宙に浮くおっさんに意識を集中させた。急降下した体が、部下たちの伸ばす手の少し上でグッと止まって浮き上がる。ごめんねおっさん。
「ユキちゃーん!! 外! とりあえず外に投げろ!!」
「ロベルタさん……」
赤い髪のひょろ長い姿が、こちらにランプを振りながら叫んでいる。背後から襲われそうになっていてヒヤッとしたけれど、ロベルタさんは冷静に返り討ちにしていた。
よかった、ロベルタさん、やっぱり味方だったんだ。
そしてその手があったか。
「フンー……!!!」
私は渾身の力を込め、ラフィツニフの方に両手を向ける。
城壁を超えた向こうには水路がある。サラフさんを警戒している今は、跳ね橋はどこも上げているようだ。なら、その外側に放り出してしまえば追い掛けるのにも時間がかかるだろう。
手足を動かしながらもゆっくりと高度を増したのを、今度は外側へ押し出すように動かす。
「……そいっ!!」
ソイソイと両手を使いながら念じると、おっさんの体はフラフラと不安定ながらも城壁を超え、手を伸ばしている警備兵っぽい人たちの手もすり抜けてさらに向こう側へと移動していく。ソーラン節的な動きが、1番動かしやすい気がした。何事も経験しておくものだ。
お堀って、どれくらいの幅だったっけ。ていうか、ラフィツニフの体は今どれくらい移動してるんだろう。もう下ろしていいかな。落ちたら危ないかな。
「おーい! そっちじゃねェ! 東に持ってけ!!」
「あ、そうか」
また聞こえてきた声に、私は浮かんでいる体をゆっくりと移動させることにした。
サラフさんたちがやってくるのは、朝日が昇りかけている方角。つまり東の近くだ。なるべくその近くに着地させたほうが、捕まえやすいに違いない。
「ィヨイショォ!!」
両手をぐわーっと動かすと、離れた場所のラフィツニフもぐわーっと動く。
なんか手品みたいだな。いや、手品か。というか超能力だろうか。ザワザワする感覚を腕や背中に感じつつ、私はちょっと他人事のように思った。
できた。私にも。
しかも捕まえられた。
不思議な感じだった。さっきまでビビりまくってたのに、今は不思議と落ち着いている。
私、ただビクビクしてるだけじゃなくていいんだ。
反撃だってできるんだ。
そう思うと、世界が急に明るくなった気がした。
いや、朝日が顔を出し始めたので物理的に明るくはなってるけど。気持ち的にも。
ここにきてから、サラフさんやお屋敷の人たちに、助けられてばっかりで守られてばっかりだった。私にも、何か手伝えることがあるかもしれない。他の異世界からきた人たち、これからくる人たちに何かできることがあるかもしれない。暗くて汚い地下牢に入れられたり、水路のある部屋に連れて行かれる誰かを、私が助けてあげられるかもしれないんだ。
だったら、やろう。できるだけやってみよう。
「ソイーッ!!」
どーんと押し出すように力を込めると、ラフィツニフの体が一段と王城から離れる。そして私の腕に走るザワザワがおさまると同時に、その体は下降して見えなくなった。




