衣食住環境の落差がすごいことになってる件5
もうダメだ。色々な意味で。
逆光で暗い青に見える目に見つめられ、目が合った状態で固まったまま死の覚悟を決めていると、総長が口を開いた。
「何をしている」
「……あの、と、トイレに……行きたくて……」
私が蚊の鳴くような声で返事をすると、総長は無言で私を見下ろした。
見たところ、昼間よりも随分とラフな格好をしていらっしゃる。
上はシャツ1枚で、ボタンが3つくらい外されていた。ドアを肘で押さえている腕も袖が捲られている。ジャラジャラしていたアクセサリーもない。
もしかして、寝てたのかな。起こしてしまったのかな。磔刑かな。
宣告を待ちながらトイレを我慢していると、総長がスッと体を引いた。こちらに背を向けている。
マフィアの総長という器の大きさによって見逃してくれるのかな、と見つめていたら、青い目がまたこっちを向いた。
「さっさと入れ」
「エッ」
総長、待ってた。
何故。
よくわからないけど、入れと言われたのでついていく。
もしかして部屋の中で磔刑なのでは、と思い当たったけれど、わざわざ部屋を汚す方が掃除が大変な気がする。
一歩踏み入れたときから、もう、カーペットがフカフカだった。
部屋の中は廊下よりも明るい。なんでかと思ったらシャンデリアがあるからだった。キラキラのクリスタルだかなんだかの間に、本物のロウソクが置かれている。すごい。
その他にもロウソクがあちこちに置かれていて、電気をつけたみたいに明るい。
部屋の作りは、私がいた部屋と間取りが左右対称になったような感じのようだ。
左側の壁に頭側を付けたベッドがあり、右の壁にドアがある。ただし広さも豪華さもこちらの方が段違いだった。まずテーブルがゴージャス。窓は私の部屋の方が大きかったけれど、ここは小さい代わりにその下にソファが置かれていた。壁に沿って色々な棚も置かれている。棚には沢山の本が並んでいたり、お酒っぽい瓶も並んでいる。よくわからない石とか棒とかが置いてあるところは、武器の棚だろうか。頭蓋骨っぽい骨が見えているんだけど、多分気のせい。
ドアを閉めた総長は、そのままスタスタともうひとつのドアの方へと歩いていく。立ち止まって眺めていると、総長が振り返ってこっちを見た。
「何をしてる」
「スイマセンッ」
別に何もしてないというか、総長が何をするのか見てただけなんだけども、眉を寄せて睨まれたらもう謝罪するしかない。多分ついてこいと言ってるんだろうと踏んで恐る恐る部屋を斜めに横切る。近くで見た頭蓋骨っぽいものがマジで骨っぽかったけど、きっと気のせい。
開けられたドアからは、これまた豪華な洗面台が見えていた。壁紙は濃い灰色なので、かなり落ち着いたインテリアに見える。
総長は浴室とは反対側の壁にいて、何するんだろうと思っていながら近付くと、その壁に手を当てる。
するとその壁が僅かに浮いて、横にスライドした。縦長の長方形に開いた壁の向こうには、トイレが見えている。
「えっすごい」
「……好きに使え」
私を見下した総長は、そのまま私の横を通って洗面所も出る。ご丁寧にドアも閉めていってくれた。
トイレ、まさかの隠し扉だった。さすがマフィア。なんで浴室は隠してないんだろう。
壁をしげしげと眺め、それから後ろも振り返る。洗面台も浴室も、ロウソクが置かれていて明るかった。
よく見ると洗面台の横に乱雑に置かれたタオルがある。ほんのり感じる湿気と、残る石鹸の香り。
……やっぱりもしかしなくてもここ、総長さんの部屋なのでは。
そんなヤバそうなところのトイレ、私が使っちゃってもいいのか。
ていうかトイレ、私の部屋にもあったのでは。だったら戻った方がいいのでは。
でもトイレの探し方わからないな。押したら開くのかな。ていうかそろそろ限界だわ無理だわ。
しばらく洗面所をうろうろした結果、私は人としての尊厳をまず守ることにした。
総長のお手洗い、とても豪華だった。
幸いにも紐を引っ張るタイプの水洗式だったし、形はまんま洋式トイレだったし、手を洗うところもついていた。明かりも、多面体にカットしたガラスの筒に入ったランプでなんか豪華。異世界マフィアすごい。
ペーパータオルで手を拭いてから、トイレのドアをしげしげと眺める。
内側から見た限りは、普通のドアだ。スライド式なので、棒のような取っ手が付いている。そこを握って開けると、軽い力でドアが動いた。洗面所に出てみると、やっぱり壁紙と同化した模様になっている。手を伸ばして取っ手を軽く引っ張ると、ドアが閉まり、ピッタリと壁に馴染んだ。触ってみてもドアがわからないくらいだ。
この世界には、マフィアたるものトイレは隠れてすべし、みたいな心得があるのだろうか。
ていうかこれどうやって開けるんだろう。ガヨさんに会ったら訊いてみよう。
しばらく壁を眺めてから、ドアを開けて部屋に出る。
ソファに座っていた総長と当然のように目が合った。




