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悪意を返してさしあげます

作者: ひよこ1号

ある夏の夜会、学園に通う一部の生徒はくすくすと悪意のある笑みを浮かべて、夜会の主賓を待ち構えていた。

大多数の生徒は噂では知っている。

伯爵家に引き取られたという庶子の娘が、高位貴族の令息達を虜にしている、と。

その少女は大変可愛らしく、庇護欲をそそる大きな青色の瞳と、金色のふわふわの巻き毛を持っていた。

高位令息達に熱愛されているといっても、友人がいない訳ではなく、むしろ多い。

か弱い彼女は、いつだって誰かが傍に居てあげないと、容易く手折られてしまう可憐な花だった。

低位貴族にも優しく慈悲深いマリアージュは、しかし高位貴族の一部から見れば弁えない女である。

王太子を始めとして、公爵家や侯爵家の令息、国の重鎮とも言える宰相や近衛騎士団長の息子達も全て、彼女に夢中だったのだから。

表向きは。


高位貴族の令息達には、それぞれ婚約者がいる。

彼女達は特に、令息達に注意を与える事はしなかった。

勿論、マリアージュに対しても。

マリアージュは出来るだけ一人にならない様にしていたが、低位貴族の子女では盾にならないのだ。

やんわりと遠ざけられて、誘いをかけられる。


「今度のパーティーでは是非同行(エスコート)させて欲しい」

「週末一緒に出掛けよう。新しい観劇が上演されるんだ」

「希少な宝石が手に入ったから、君に似合う髪飾りを仕立てよう」

「美しい布が手に入ったから、君の為の衣装ドレスを贈るよ」


マリアージュは可憐な顔を曇らせて、涙を浮かべて遠慮するが、彼らは一歩も退かずに。

寧ろその誘いはどんどん過剰になっていった。

義理の姉である伯爵令嬢が必死になって守っても、守り切れない。

贈物を受け取った伯爵家も流石に見過ごす事は出来ずに、高位貴族である各家に苦言を呈するほど。

しかし、伯爵家からの申し出など一蹴する事が出来るのが、公爵家や侯爵家との格差である。

彼らは揃って、学生時代の一時の火遊びなど目を瞑ればいい、貰える物なら貰って置けと捨て置いた。

結果、令息達の過剰な行為は加速する事になったのである。

だがそれも、弁えない女に分からせる為だと、令息の婚約者達は知っていた。

天国が心地好ければ好いほど、地獄の辛酸は彼女を苦しめる。

誰よりも美しく可憐な、マリアージュの苦しむ姿を彼女達は待ち望んでいた。


そして夜会。

王太子のエルバートは、婚約者である公爵令嬢のサンタマリアを同行エスコートせずに、マリアージュを伴って夜会に現れたのである。

その顔は緊張していたが、傍らのマリアージュを頻りに労わるような優しい眼差しを注いでいた。

夜会の始まりは、最も高貴な二人の舞踏ダンスで始まる。

どうするのかと見守る群衆の前で、エルバートはマリアージュを側近の公爵令息リルケスに預けると、サンタマリアへと近づいた。

その手を取り会場ホールの中央へと出ると、舞踏ダンスが始まる。

高位令息の婚約者達は、やっぱりね、というように嘲りの視線をマリアージュへと注いで扇の裏でくすくすと満足そうに嗤った。


「やっとこれでご自分の立場をお分かりになれそうね」

「殿下も長い時間をかけられましたこと」


一曲目を踊り終えた王太子は、だが、サンタマリアの手を離すと一目散にマリアージュの元へと足早に戻って行く。

その手をリルケスから取り返すと、今度は側近達がそれぞれの婚約者と踊り始める。

だが、令嬢達は困惑していた。

サンタマリア公爵令嬢は、と目線を向ければ彼女も穏やかな笑みの下に困惑を隠し切れないでいる。

令嬢達は婚約者と踊っているが、彼らの目は素っ気なく。

それだけでなく、気にするように時折マリアージュの方へと目線を投げているのだ。


「ねぇ、リルケス様、あの野花に何故目を向けますの?」

「……野花か。君にはそう見えるのだな」


冷たく返されて、令嬢は、え、と吐息の様な声を漏らして、今一度マリアージュに目を向ける。

豊かに波打つ金の髪は光を編んだように美しく、蒼くけぶる瞳は鮮やかな海の色。

陶磁器の様に白く滑らかな肌に、花の花弁の様な唇。

均衡のとれた、職人が精魂込めて作り上げたような美しい顔だ。

だから、標的にされた。

サンタマリアは美しいと言われていたが、自分よりも美しい令嬢を見たのは初めてだったのだ。

しかも庶子。

それならば、と王太子や側近達を巻き込んで、賭けを始めた。

彼女が本当に美しいと思うのならば、彼女の醜さを暴いてみせるよう。

財力や権力に触れ、贅沢をすればあの美しさも爛れていくだろう、と令息達の婚約者達もその試みに同意した。


「エルミナ、君との婚約は解消させて貰おう」

「……え?……は?……何を、仰ってますの?」


意味が分からないと言うように、エルミナは唇を震わせた。


「私達は賭けをしたね。私や殿下が彼女を篭絡して暴いてみせれば、君達は望みを一つ聞く、と。私の望みは君との婚約解消だ。破棄しないだけでも有難いと思ってくれ」

「で、でも、約束には足りません。暴いておりませんもの」

「ふふ。暴いたよ。彼女は真に美しい女性だった、とね」


エルミナは愕然として、愛し愛されて来た筈のリルケスを見上げた。

彼の瞳には確かな熱情がこめられて、その眼はマリアージュに向けられている。


「何故………」

「さあ、何故だろうね?嫉妬もしないほど心が離れているのなら構わないだろう?元々、我々の結婚に利は無いのだからね」


さあっとエルミナの顔が蒼褪める。

周囲を見れば、他の令嬢達も驚き、顔色を失っていた。


「でも、わたくしは、貴方を信じて」

「そう。それなら私の下した判断も信じてくれるよね?」


エルミナは喉がひりついて、言葉を紡げなかった。

何と答えればいいのだろう?と頭の中でぐるぐると考えるが、リルケスはもう決断しているのだ。

それを覆す言葉など……。


「わたくしは、貴方をお慕いしております」

「ふふ。空々しいけれどありがとう。私だったら愛する女性が誰かの手を取っているだけで、我慢ならないよ。今みたいにね」


リルケスの視線の先にはマリアージュが王太子に手を取られて、静かに二人で何かを話している姿がある。


「何を話しているんだろう。あの美しい唇で、私以外の男に。そう思ったら居ても立っても居られない。それが愛というものではないのかな?」

「……そ、そうですけれど、でも」

「信じている、かい?私は彼女を信じているけれど、それとこれとは別だ。出来るだけ側に居て支えてあげたいし、私だけを見て欲しい。君の愛は違うようだけれど、私には必要のないものなんだ、悪いね」


曲が終わると、リルケスは礼儀正しく紳士の礼を執ってから、手を離す。

あっさりと離された手を力なく下ろして、彼が走り出しそうな勢いで美しいマリアージュの元へ行くのを見守った。

王太子はマリアージュの白い手を離さないし、リルケスはその彼女の細い肩を抱いている。

マリアージュは、勝ち誇るでもなく、ただ静かに微笑んで二人と話しているようだ。

エルミナは、とぼとぼとサンタマリアの方へと歩いて行く。

騎士団長の息子デュケーンは、厳しい顔をして王太子とリルケスの後ろに立って、鋭い視線をサンタマリア達に向けていた。

彼の婚約者であるココリスも顔色が悪い。

伯爵令嬢のココリスと、伯爵令息のデュケーンは幼馴染で親同士も仲が良いのだ。


「ココリス嬢、どうされましたの?」

「婚約を……無かった事にしたいと……」


一番解消から縁遠いと思われていた二人である。

エルミナは不安そうにサンタマリアを見た。


「わたくしも、リルケス様より解消を告げられました……」

「わたくしも、サドリー様から……解消を」


わたくしも、わたくしもと側近の婚約者達から声があがり、サンタマリアの顔は赤く染まった。


「可憐なようでいて、とんだ毒花だったのですわね。わたくしも見た目が可憐だからと騙されましたわ」


吐き捨てるように言って、サンタマリアは王太子の方へと歩いて行く。

慌ててエルミナを始めとする取り巻き達もその後ろに続いた。


「王太子殿下、並びに側近の皆様方、これはどういう事でございますか?」

「話があるのなら、別室を用意させよう」


冷たくエルバートが言えば、サンタマリアはぴきりと眉根を寄せた。


「いいえ、学園に通う者達もまた気になっておりましょう。ここで構いませんわ」


公爵令嬢であるサンタマリアの言葉に、婚約者達も顔を見合わせて頷く。

けれど、エルバートはその端正な顔に、冷笑を浮かべた。


「我々に賭けを持ちかけた其方らが恥を晒す事になるのだが?それで良いのなら構わんぞ」


その言葉に、マリアージュが心配そうに王子の袖を引いて、首を左右に振る。


「エル……駄目です」

「そうだな。優しいマリア。君ならそう言うと思ってきちんと部屋は用意してあるよ」


先程まで冷たかった顔が、マリアージュを見るだけで柔らかく解けるのを見て、令嬢達は息を呑む。

今までずっと、演技だと思っていたそれは。


「まあ……何て事、殿下を愛称でお呼びするなんて!」


勝ち誇ったように責めるサンタマリアを見て、マリアージュは困った様に目を伏せ、エルバートは目を怒らせた。


「そうか。どうあっても貴様らは恥を掻きたいらしいな、良いだろう。マリアージュの恩情を無視したのだから仕方あるまい」


マリアージュを背に庇うようにして、エルバートはサンタマリアと変らぬ声量で言い放った。


「今夜限り。君を我が婚約者の席から外そう。人の気持ちを弄び、賭けに使うとは心底見下げ果てた女だ。そのような者に国母は務まらぬ」

「側近であり友人でもある、君達もエルノー公爵令嬢と同罪だ」


エルバートに続いて、リルケスも冷たい眼と声音で断じる。

言われた令嬢達は蒼くなって俯くが、サンタマリアは言い返した。


「それは殿下も了承されましたでしょう」

「ああ、愚かだった。愚かだという事をマリアージュに教わったのだ」


静かに微笑みを浮かべる彼女に、エルバートはうっとりと目を向けて微笑む。

目の前で行われるそれに、サンタマリアは眦を吊り上げた。


「だからといって婚約者を…公爵家を蔑ろにして不貞を働くのが許される訳はないでしょう」

「ふむ。君の家の後ろ盾がなくとも、私は王太子でいられる。それに、わたしとマリアージュは不貞など働いていない」

「誰が信じるのです、そのように同行エスコートをして、衣装ドレスを贈って……!」


衆目を味方に付けるように言い放つが、エルバートは笑みを深める。


「それだけで不貞と言うのは些か心許ないのではないか?そもそも篭絡するのが賭けであって、逢瀬デートや贈り物は婚約者公認でと言っておきながら」

「それは……」

「君の、君達の望んだ事だっただろう?歯が浮くような美辞麗句を並べて煽てて、贈物で贅沢を覚えさせて、調子に乗ったら手を離せと」


見せしめにする為。

偶に現れる弁えない人間に対する罰。

高位貴族の優雅なお遊び。

色々な理由はあれど、標的にされる方はたまったものではない。

高位貴族の方が権力は強いが、低位貴族の方が数は多い。

今や彼らの視線は冷たく令嬢達に注がれている。


「ですが、それは、殿下がたも……」


先程も使った言い訳を息も絶え絶えに繰り返すが、エルバートは首を緩く振った。


「ああ、愚かにも。だが、最初の段階で反対した者達も居た事を覚えているか?」


群衆に紛れていた数人の令嬢が進み出た。

フィルン公爵令嬢と辺境伯に繋がるギレッラ伯爵家の令嬢。


「わたくしは、その様に人心を弄ぶ事の方が下賤に存じますとお断り申し上げました」

「わたくしは、婚約者がその様に誰か他の方に嘘でも愛を囁く事が嫌でございました」


それぞれに、理由を述べて淑女の礼を執り、婚約者と共に王子の後ろに控える。

更にエルバートは続けた。


「その後、婚約者の行いを見て耐えきれずに、抗議をした者達もいる」


数人の令嬢が歩み出て、同じく婚約者の元に参じた。


「そして君は、サンタマリア嬢。伯爵家の令息と口づけを交わしていたらしいな?」

「………っ」


それは、煽られたからだ、とは言えなかった。

マリアージュに、言われた言葉は。


『浮ついた婚約者を一途に待ち続けるなんて、慎ましい御方ですのね』


それだけでは、蔑みとは言えない。

けれど、同時に聞こえて来た声は、もっと嘲りを含んでいた。


『あら、仕方がないのよ。他に愛を捧げてくれる殿方がいないのですもの。本当にお可哀想に』


それは、誰の声だったか。

サンタマリアには思い出せなかった。

ただただ、美しく憐れみを浮かべるマリアージュから目を離せなかったから。


「確かに私も、同行エスコートを他の者に許すとは言ったが」


エルバートが呆れ混じりの声で言う。

何処か遠い所から聞こえるように、寒々しくその声はサンタマリアの耳を掠めた。

お互いの愛を高める為、と背徳感を味わうように。

婚約者に嫉妬してほしいという気持ちもあって。

だが、一歩足を踏み外したのは、マリアージュの笑みを見たからだ。


「たかが、庶子の、下賤な女ではないですか」

「そうだな。男爵令嬢の生んだ庶子。だが、相手は、誰だと思う?」


「……平民でしょう!貴族令嬢が庶子を生むなんて、伯爵家で引き取ったとしても……」


はた、とそこでサンタマリアは漸く違和感に気が付いた。

今まで伯爵家に引き取られた庶子と言われて、伯爵が他所の平民に産ませた子供だと思っていたのだ。

でも今エルバートが言った言葉は、男爵令嬢の生んだ庶子。

貴族と貴族の間に出来た私生児。

だとして、何故男爵家ではなく伯爵家で育てられたのか。


「私も愚かだが、他にも愚かな者達がいたのだ。彼女は王家の庶子。つまり腹違いの姉……私の異母姉だ。同行エスコートも贈り物も本来受けるべきものを受け取っていたに過ぎない。マリアは懸命に固辞していたけれどね」

「………へ、陛下の……」


いきなりの展開に、会場が騒めき出す。


「愚かな我が親達も似たような事を過去に行っていたのだ。不貞も含めてね。産褥で命を落とす前に、彼女の母は親友の伯爵令嬢に娘を託した。男爵家では教育を授けてあげられないから、と。他にも当時、高位貴族に弄ばれた者達がいたそうだ」

「だから最初マリアージュは、私達を警戒して疎んじていた。けれど、決して折れずに正しく真っすぐにあろうとする真摯さに私は惹かれたんだ」


リルケスは、愛しい女性を見る眼差しで、マリアージュを優しく見つめる。

ふう、と呆れた様にエルバートは肩を揺らして溜息を吐いた。

異母姉でなければ、絶対に手放さなかったのに、と恨みがましい目でリルケスを睨みつつ。


「………では、この事は…もう陛下には……」

「ああ、先王陛下にも伝えてあるし、父上は早目の退位となるだろう。婚約の解消も新たな婚約者も決めてある」


サンタマリアは恨みがましくマリアージュを見ていたが、婚約者については寝耳に水だ。

今の今までマリアージュだと思っていたのに、彼女は異母姉だから婚約者にはなれない。

けれど、エルバートは婚約者を決めた、と。


「ルミエラ嬢、こちらへ」


エルバートが手を差し出すと、一人の令嬢が群衆から歩いてきた。

マリアージュと共に育った義理の姉妹である、アラン伯爵家の令嬢だ。

影に日向にマリアージュを守っていた令嬢で、非常に優秀だと一目置かれていた。

だから、気づかなかったのだ。

一緒に居ても、違和感を抱かなかった。

マリアージュを守る姉妹たてだから。


「殿下」


慎ましやかに淑女の礼を執ると、エルバートの差し出した手に手を添える。

強気な眼差しが、サンタマリアと令嬢達を射抜くように注がれた。


「マリアの優しさが通じませんでしたわね、殿下」

「ああ、君の言った通りだな、ルミエラ」


そこでやっと、サンタマリアは気が付いた。

嘲りの言葉をかけたのが、このルミエラだった事に。


「貴女………っ」

「ふふ。でも殿下わたくしも謝罪せねばなりませんのよ。エルノー公爵令嬢のお相手の、チェルリ伯爵令息と賭けをしてしまったのです。公女の唇を奪えるかどうか。わたくし、負けてしまいましたわ」

「なっ……こ、こんな女を国母にされると……わたくしと同じ事をいたしましたのに!?」


ふっとため息にようにエルバートは呆れ混じりの笑みを浮かべる。


「どれだけ自分が罪深い事をしたのか、漸く分かったようだな。罪の無い者を罠に掛けようとした君とは違う。それにルミエラは必死で異母姉上を守って来たのだ。私も……まあ、分からせられたしな」


困った様に視線を向けられて、ルミエラは嫣然と微笑む。


「だって、最低な賭けでございましょう?……ですが、一方にだけ反省や贖罪の機会を与えるのは公平ではありませんから、恥をかかぬよう配慮したいとマリアージュも気を使いましたのにね。殿下も考えを改められたように、貴女方もご自分のなさった事を反省なさいませ」


最初から公平に判断した者もいれば、途中から考えを改めた者達もいる。

悪意を注意されながらも顧みなかった者達も、何も考えずに追従した者達も、顔を俯けた。


「大した罰ではありませんわね。ご自分の悪意をご自分達で受け取っただけですもの。人が羨むような婚姻は望めなくとも、心掛け次第で幸福になれますでしょう。どうぞ、次は間違う事のないようお気をつけを」


彼女達の様に悪意をもって嗤う者達はいない。

ただ静かに冷たい張り詰めた空気に晒されて、サンタマリアは口を噤んだまま淑女の礼を執ると会場ホールから出て行った。

慌てた様に、“友人達”もその後を追っていく。



「お帰りなさい、可愛い娘達」


抱きしめるのはアラン伯爵夫人で、その胸に並んで抱かれるのはマリアージュとルミエラだ。


「お母様の無念は晴らされたでしょうか」

「彼女の望みは貴女の幸福よ。リルケス様のディラン公爵家は前回も遊びには参加されなかった家柄ですから、貴女が嫁いでも問題ないわ」


マリアージュは静かに微笑み、ルミエラは甘えるように言った。


「わたくしはどうしましょう、お母様」

「殿下も貴女に影響を受けて考えを改めたのなら、傍でお支えするのも良いのではないかしら?ふふ。お好きになさい、二人とも。幸せになれるのなら、母はどんな道でも応援しますよ」


可愛い可愛い娘達を、アラン伯爵夫人は優しくぎゅっと抱きしめる。

二人はその腕の中で手を繋いでくすくすと微笑み合う。


そうよ。

後はお母様のお仕事ですからね。


可愛い娘達を見ながらアラン伯爵夫人の唇は弧を描く。


夜会の次の日から、婚約の解消で王国に嵐が吹き荒れる。

粛々と受け入れた家は良かった。

だが、伯爵家や王家に抗議した家は何故か、不正が暴かれてその立場を弱めていく。

降爵だけで済めば良い方で、中には爵位返上まで追い込まれた家門すら、あった。

十年以上の時間をかけた復讐は、低位貴族の力を寄せ集めたものだ。

ある者は乳母となり、ある者は小間使い(メイド)や執事、侍女となり、その家の為に働きつつ弱点を探っていく。

所謂、王家の暗部とてそこまで長い時間をかけて一つの対象に標的を絞る事は中々出来ない。

特に大きな国でもなければ。

姿を消すような魔法も無ければ、便利な道具もない。

特殊な技術だって何もない人々。

ごく普通の低位貴族の女性や男性、踏み躙られた者達の力を結集したのだ。

彼らは何年も息を潜めて、普通の仕事をしてその家に溶け込んで情報を集めた。

その中心に居たのが、親友を踏み躙られ殺されたアラン伯爵夫人リジェリアその人である。

産褥で死んだというのは表向きの理由で。

好きでもない傲慢な王子に流されるまま子供を孕まされ、捨てられたのだ。

彼女は生まれてくる子供を愛せない、でも殺したくない、でも憎んでしまうと心を病んでしまった。

ごく普通のありふれた可愛らしい令嬢だったのに。

高位貴族の誘いを断り切れない弱い人間だからこそ、その結果も受け止めきれなかったのだ。

だったら娘は引き受ける、とリジェリアは約束して宥めた。

けれど、身二つになって娘を引き取られて暫くしても、彼女は立ち直れないまま儚くなってしまったのだ。

彼女の兄も弟も両親も悲しみに暮れ、怒りを抑えきれなかった。

普通に対抗して勝てる相手ではない。

何年もかけて、漸く復讐が遂げられた。


子供達に罪は無い。

それはリジェリアの揺るがせない意思である。

子供達には教育と矯正を。

罪を犯した者達に反省が無ければその家門に罰を。

人を弄ぶような傲慢な者達から権力を奪ったのである。

王太子エルバートと騎士デュケーンは自らの父を退陣させた。

サンタマリアの生家であるエルノー公爵家は、不正によって得た財を奪われて、領地と爵位の返上となったのである。

同じく、サンタマリアの母親の実家である侯爵家も、同じ運命を辿った。

リルケスは元々罪を犯していないディラン公爵家であり、マリアージュを王女の地位に復権させてから降嫁という形で彼女を公爵家に迎え入れたのである。

ルミエラは王となったエルバートを支える事に決めて、王妃の座に納まった。

仕えていた家が没落して環境が変わった者達は、臥薪嘗胆の上に凋落させたその功績を以て、王妃の差配で王宮の使用人へと昇格したのである。

万人が幸せになれた訳では無いし、復讐というほどの復讐を遂げられない者達もいた。

けれど、次代に引き継いではいけない禍根はとりあえず除去できた、とリジェリアは親友の墓に花を手向ける。


「貴女の娘は立派に成長して、幸せになれたわ。貴女はあの子を愛せないと言っていたけど、愛していたのよ。だから自分は殺せてもあの子は殺せなかった。どうか、安らかに眠ってね、これからも貴女の代わりにわたくしが守るわ」



塩こんぺいとうは100均で出会いました。春日井の塩こんぺいとうです。ちゃんとレモンも梅も味がして、普通のこんぺいとうより美味しいのです。

※一部訂正→復讐には十年以上かかりました(ご指摘感謝)

いつもながら色々な感想ありがとうございます。励みにも参考にもなります。親世代以上からのやらかしの積み重ねですね。流されない人達もきちんといたので、きっと大丈夫。

※ちらほら勘違いされている方がいるのですが、リルケスはお遊びに参加していない家柄の令息と作中で言っている通り、公平に判断する為に見守ってた人。また、逆ハーではないです。

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ありえん・・w
これは男性社会ゆえの男性優位な考え方の結果なのでしょうか?確かに嫉妬からゲームを始めたサンタマリア達は最低ではありますが、王族や高位貴族の横暴さの中でも、とりわけ男性の身勝手さが発端の筈です。でも、ゲ…
改心するかしないかって大きな点であり、改めた側とそれを受け入れた側のお話って言う点で面白かったです。 悪役令嬢が無慈悲にざまぁする展開にだけカタルシスを覚えるような読者はとにかく改心しようが成長しよう…
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