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病は君から  作者: 鵜狩三善
得たものと失くしたもの
92/104

9.

「午後にはここへ連れてくる予定」というラウィーニアさんの言葉の通り、隣国イーブスの詰問使氏は、昼食のしばし後に到着をした。

 乗ってきたのは例の早馬っていうか翼竜で、俺は屋内からその様子を見守っていたのだけれども、ラウィーニアさんの時との大きな違いが二点ばかりあった。

 ひとつは、今回は前後二人乗り(タンデム)だったって事。

 前方の人物画き羽織っているのは、色こそ違えラウィーニアさんのと同じ意匠のローブで、多分こっちが運転手。でもってその後ろに居るのがおそらくイーブスの外交担当になるのだろうけども。

 ここで違いのもうひとつ。

 いやなんかあの人、凄いへろへろなんだけど。

 ご立派な礼服を着込んではいるものの、移動中に風に揉まれまくったのか、もうすっかり全身よれよれ。脱水が終わった直後の洗濯物みたいな感じになっている。


「あの早馬は、こうした喫緊事(きっきんじ)のみに用いられる法王府専用のものだ。私も騎乗経験はないが、乗りこなすには相当な熟練を要すると聞いている。乗り慣れない身には長距離移動は厳しいのだろうな」


 大丈夫かなと呟いたら、シンシアから注釈が入った。

 翼竜を運転するには竜自体との相性の他に、重量軽減とか気流制御の魔法とかを同時に複数コントロールする必要性があるのだとか。実はあのローブ、その為のマジックアイテムなのだそうな。

 だけどそれでも大人二人の運搬が精一杯なスピード特化であるらしい。

 というか考えてみれば空を飛ぶ以上、積載量にもスペースにも縛りができるのは当たり前だ。加えて生き物なんだから、貴賓席どころが風防すら設けられないのは自明なわけで、そりゃあんな具合にだってなろうってもんである。

 しかし、そっかー。

 いつかは俺も、なんてちょっと夢を見たけれど、夢は夢のままで終わりそうだ。

 そんな乗り物を自在にするラウィーニアさんは凄い人であるのだな。流石はシンシアの友達だ。やはり類は友を呼ぶものらしい。


「乗せたげないわよ」


 などと尊敬の眼差しを送った途端、びしっと鼻先に指を突きつけられてしまった。

 あははと曖昧に笑って誤魔化したけれど、いや俺、そんなに物欲しげな顔してましたか。でもシンシアも口元を隠して可笑しそうにしているので、多分してたんだろうなあ。

 ちなみにイーブスの人は、出迎えのメイドさんたちが即刻会議室に案内する手はずになっている。緊急事態だからとの口実で、一服の間もなく即座に二国間会議が執り行われるのだ。

 うちのお姫様曰く「頭が回っていないところを叩くのは基本だ」との事。勿論ラウィーニアさんは「やっぱ悪女じゃない」と眉を寄せていた。


 でもってお客様がいらしたので、待機してた俺たちも会議室に移動である。

 俺はすっかり礼服化した学生服なんだけども、着替えた途端これまたラウィーニアさんに「何よその変な格好。凄い変ね。凄い変よ」と重ねて罵られた。

 ひょっとして俺、彼女にとても嫌われてるんだろうかと凹みかけたけども、よくよく観察すると実は違う。

 必ず「私は非常に似合うと思うが」なんてムキになって口を挟んでくる子がいるわけで、ああこれ、俺経由でシンシアにちょっかいかけてるだけだ。

 というわけで、じゃれあってる女の子ふたりはひとまず置いておいて、俺は手元の帳面を再確認。

 事実と違う設定とか、絶対に喋っちゃいけないような注意点を記した俺メモで、万一覗き見られても落としても大丈夫な日本語仕様である。

 まあ病魔を使った侵略行為の否定とか、亜龍の疫病はあくまでアンデールの火と似て非なるものとするだとか、細かな点はあるけども、中でも一番大切なのは法王府と俺という組み合わせでの毒龍アペーモシュ退治を認めさせる事。

 問題の処理をしてくれるなら誰だっていいじゃないか、と思いがちだが、なんか領土問題の云々とかが関わってくるらしい。

 この方針のままだと亜龍がいなくなった後の霧の森の開拓権は、法王府の調査対象区域にはなるけれど基本アンデールのものになるとかで、アンデール一国の功績が大きくなりすぎるのをイーブスが好まないのだとか。


 でもこれに関しては、およそ問題なかろうとのお墨付きが出ていたりする。

 だって法王府って、自衛隊とか国連軍とかそんな感じの組織なんである。

 それが状況的不利と判断して撤退するような相手に、俺みたいな頼りさげな一般人がしゃしゃり出て、「俺に任せろ! 俺が一人でやっつけてやる!」と息巻くわけだ。

 しかもその一般人の後押しをするのは、崩御した父から後事を引き継いだばかりのうら若き美少女である。観賞するには申し分ないけれど信用実績は何もない。

 病魔としての虚名こそあれど、俺が物理的にただの人だとは、アンリによるシンシア暗殺未遂事件の折に内外に知れ渡っている。まあ刺されて寝込んだり、快癒パレードとかやっちゃったりしてるしな。

 そしてここからが小ずるい話なんだけど、病魔様の唯一の取り柄である走病能力は、同様の力を備えるアペーモシュとは相互に無効との説明をラウィーニアさんに入れてもらう予定になっている。

 あと法王府が武器防具を含めたサポートをしてくれるってのも完全に秘密。

 現在アンデールと法王府の間には、「ミニオン爺ちゃんの件については口を噤むから、ハギトの能力についての嘘には口裏を合わせてね。あと爺ちゃんの絡んだ一件の後始末も引き受けるからそれを手伝ってね」ってな具合の密約があるわけだけど、本来法王府は一国に肩入れしない立ち位置なので、黙ってればまず分からないという寸法らしい。

 そういうこちらに有利な点を伏せて卓に乗せると、ぶっちゃけ「今から高校生と(ひぐま)がこれから殴り合うんだけどどっちが勝つと思う?」みたいな構図として見えるってなわけだ。

 これは無理だできっこないと判断するのが普通で──だからこそ、イーブス側はこれを飲む。

 渋々折れて任せる体裁でこれを受け入れて、後々アンデールの非を鳴らして弾劾、領有権を上手く得る形で動く。その為の布石にしようと考える。そういう事であるらしい。

 いやそれ逆にイーブスさんに有利すぎて罠を疑われるんじゃないか、なんて思ったけれど、


「然程構える必要はないぞ、ハギト。この時点で最早盤面は王手飛車取りだ。お前は、私の隣で胸を張っていればいい」

「シンシア・アンデールに同意するのは(しゃく)だけど、あとオウテヒシャトリが何かは知らないけど、ま、大丈夫でしょうね」


 そんな俺の懸念を見透かしたようにシンシアが声をかけてきて、ラウィーニアさんがそれに追随した。


「あたしからも援護射撃はしてあげるし、大体ね、この女の相手をできるのはご当代様があたしかくらいって言ったでしょ。魔法資質に胡座かいてる身分だけの連中は、かしずかれての上意下達(じょういかたつ)に慣れきってるのよ。だから足元を見ようともしないし、傍の藪に何が潜んでるかの危惧もしないわ。自分の得に飛びつくだけよ」

「この辺りはラウィーニアや私のような、叩き上げの強みという事だな」


 なんか二人があまりに自信満々過ぎて、相手の予想外に盤面ひっくり返されるフラグに見えてきました。



 ……のだけれども。

 結果から言うと予見の通りだった。というかそれ以上だった。イーブスサイドはこちらの主張を丸呑みする形で終了して、王手飛車取りっていうか、もうチェスの二手詰み(フールズメイト)みたいな感じである。

 だってよくよく考えてみれば、この会議の参加メンバーからして狡猾(こうかつ)だ。

 アンデール代表1名。イーブス代表1名。そして進行役兼調停役兼書記として法王府より1名。あと疫病に関わりのある重要参考人1名。

 こう記すとバランスよく取り揃えたようだけれども、実際は4名中3名が身内かつ打ち合わせ済みという出来レースなのだ。事前工作って大切だな。とても大切だな。

 ただ当然ながら、これだけじゃ全面勝利には漕ぎ着けられなかった。

 決め手になったのはシンシアのブチ切れである。

 こちらの撒き餌に物の見事にかかったイーブス詰問使さんが、


「ところでそちらの病魔殿が成果を上げれなかった場合には、無論それなりの責任というものを取っていただけるのでしょうな?」


 なんて俺を()めつけながら(うそぶ)いたその瞬間、彼女の中で何かが閾値(いきち)を超えたらしい。

 にっこりと花のように笑んでから、


「私の首を賭けよう」


 予定通りの言葉を引き出したはずなのに、それまでの猫を被った女の子言葉を投げ捨てて、シンシアはひょいとそう言い放った。

 冷たい()の光が、イーブス代表の舌を射竦めて凍らせていた。部屋の温度がすっと下がったみたいで、あの視線の先にいるのが自分じゃなくてよかったと安堵してしまうくらいだった。


「天秤にアンデール王権代行の首が乗ったぞ。貴君は逆側に、何を置いて釣り合わせる?」


 ちょっとした物言いと考えていたであろう言葉を一刀両断にされ、更には一方的に賭け金を釣り上げられて、ただ口をぱくつかせる詰問使へ向け、シンシアはもう一度優しく微笑んだ。


「ああ、ご返答は後日、その時に行動で示していただければ結構」


 それきりこの件については打ち切って話を次に転じたのだけれど、

多分そこで気力を根こそぎにされたのだろう。あちらさんの尊大めいた挙措が以降はうつむきがち、(ども)りがちになっていた。あと会議が終わったその後も、しばらく椅子から立てないままでいた。

 ちなみにラウィーニアさんは可哀想なものを見る目で一連のやり取りを眺めていて、多分こんな具合にぴしゃりとやるのは予想の範疇だったのだろう。


 ただ俺としては捨て置けない話で、イーブスの人が退室するなり、「よかったんですか」と訊かずにはいられなかった。


「何がだ?」

「何がって、首の話だよ、首の。あんな啖呵切っちゃって、まずいんじゃないか?」


 さっきまでとは打って変わって、きょとんと可愛らしく瞬きをするシンシアに、思わず語調が強くなる。


「しかしだな、あれは仕方のない事だった」

「どこがよ! あそこでキレる必要性、全然なかったでしょ。相手半泣きになってたじゃない」


 ラウィーニアさんのツッコミにシンシアは子供のように頬を膨らませ、


「他人にハギトを悪し様に言われるのが、あれほど腹立たしいとは思わなかったんだ」


 詰問使氏が事あるごとに当てつけて、俺を愚弄するような、値踏みするような態度を取っていたのが気に入らなかったそうである。

 あれだけ人様を追い詰めた理由はそれですか。

 シンシア的には「私情を挟んできたので私情で殴り返した」ってとこなのだろうけど、だけどそんな「何一つ恥ずべきところはない」みたく胸を張られると、俺としては苦笑するしかない感じである。

 もうこのお姫様ってば俺の事大好きだな。俺も大好きだけどさ。

 って、いやそうじゃなくて。


「俺を評価してくれるのは嬉しいけど、それはひとまずとしてさ。あんな約束しちゃったら、万一の時に失うものが多すぎると思う」

「あたしもそう思うけど、でも撤回はできないわよ。アンデール、こいつがしくじったら貴方には死んでもらうわ。立ち会って公式発言として記録してる以上、これに私情は挟めないもの」

「構わない。それでいい。ハギトが失敗するという事は、ハギトが死ぬという事だ。なら、私も後を追ってやる」

 

 いや構うよ! 全然良くないよ! 愛が重いよ!

 というかあの「私が直接行って亜龍を蹴り殺す」発言は冗談じゃなかったのだな。

 辟易(へきえき)顔のラウィーニアさんから目を外して、彼女はすっと俺を見る。


「私はお前に命懸けをさせている。お前の為と言いながら、やはり私は私の世界の為に、お前を体良く利用している。それは否めない事実だ。ならば私も、命程度は張るべきだろう」


 俺はちょっと頭を掻いて、それから首を振った。

 

「シンシアが居てくれなかったら、俺なんか利用すらされずにどっかで野垂れ死んでたに違いないんだ。それに、これは俺のやりたい事だからさ。もし皆の利益と一致するんなら願ったり叶ったりだ。一挙両得で一石二鳥だ。君が負い目に感じるところなんてどこにもない」


 そこで一旦言葉を切って、「そもそも」と茶目っ気めかして片目を(つむ)る。


「俺がすぱっとアペーモシュを打ち倒せばそれで済む話だ。何の不安も問題もない。いやあ俺ってば、滅茶苦茶責任重大だな」

「そうだな。その通りだ。お前の責任は重大だ。お前が死ねば、私だけでなくタルマもスクナナも、ひどく悲しい思いをする。だから、お前は無事で帰ってくるべきだ。その事を、決して忘れるな」


 ふっと唇をほころばせ、シンシアは俺の頬に触れる。

 ちょっといい雰囲気になりかけたところで、こほんこほんごほんと続けざまに咳払いをされて、俺たちは慌てて離れた。

 

「あー、えーと、とにかく俺、イーブスの人のとこに行ってくる」

「ふむ?」

「何しに行くのよ? 今更する事ないでしょ。分からないの? 馬鹿なの?」


 シンシアは意外そうに、ラウィーニアさんは不機嫌そうに俺を見る。

 この二人は、確かに優秀なんだろうと思う。

 だけどそれは、他の不出来をすっぱり全部を斬り捨てる類の代物だ。

 できない奴ができる奴がどうしてそんなにできるのかを理解できないように、できる奴はできない奴がどうしてそんなにできないのかを理解できない。

 だけど俺は中途半端な平凡だけに、どっちもの感覚が分かるような気がしてる。


「なんて言うかな。あの人の面子が少しは立つようにしてこようと思うんだ」


 不思議顔のシンシアに「持ち駒の使い方って腕の見せ所だろ」と囁いたら、途端に納得の表情になった。

「昨日の敵は今日の友」なんて言葉もあるし、それに世界は敵と味方だけで出来上がってるわけじゃあない。恩を売るなんて言うと聞こえは悪いけど、ちょっとしたケアがあったっていいだろう。


「具体的に、どうするつもりだ?」

「ミニオン爺ちゃんの遺産使って、人道的支援とかしてみようかと。で、その約束を取り付けたのをあの人の手柄って空気にしておけば、仕事はしてきた感じになるんじゃないかな」


 流石に遺産の全部をぶっ込んだりはしないけど、イーブスには俺由来の熱病で苦しんでる人がいるのは確かなわけで。ちょっぴりでもできる事をしておくって方向性は悪くないはずだ。

 だけど俺、日本に居た時は募金に熱心な質じゃなかったんだけどな。所変われば人間も変わるもんである。


「偽善者」

「まあ偽善でもいいんじゃないかな。それで助かる人がいるんなら、さ」


 ラウィーニアさんが皮肉げに呟いたのでそう応じたら、片眉を跳ね上げたきり黙ってしまった。

 確かに皆にいい顔して回ってるような側面はあるし、加えて今の言い方はとても屁理屈っぽかった。あー、これはまた嫌われたかな。

 内心しょんぼりしていたら、


「やはり私には、お前が欠かせないようだ」


 ひどく優しい目の色で、シンシアが俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「すまないが、よろしく頼む」


 この件も、これからも。

 言外にそう言われているのが分かって、俺は「こちらこそ」と頷いた。

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