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病は君から  作者: 鵜狩三善
得たものと失くしたもの
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8.

 昨日の段階で俺が聞き及んでいたのは、「法王府の人が来るよ」って程度だ。やってくる当人の為人(ひととなり)については全然知らされていない。

 でも以前、「法王府に友人がいなくもない」みたいにシンシアが言っていた記憶があって、しかも出会い頭のこのやり取り、どうやら二人は親しいような様子である。

 するとつまり、この人がその人って事でいいのだろうか。


「あの、ちょっといいですか」

「どうした?」

「何? 早くしなさいよ!」


 小さくシンシアに囁くと、ラウィーニアさんの視線がじろっと飛んできた。下っ端が割って入るなって事なんだろうけど、その鋭さに思わずちょっと怯んだ俺である。


「大した事じゃないんですけど、シ……姫様とラウィーニアさんって、どういう関係です?」


 本人に聞きとがめられたならもういいかと、声を大にして二人に問うたら、途端にシンシアが不満げにした。おそらくは呼び方を改めた件についてだろう。

 いやだけどもさ、やっぱ他所の人の目があるところではちゃんとしないといけないと思うんですよ、俺は。


「同窓だ。法王府魔法塾の」

「デュマもいたっていう、あの?」

「ああ。彼女と私は、常に首席を争う間柄だった」


 なるほどトップクラスの才媛二人か、と思ったら、「嘘おっしゃい!」と当の本人から物言いが入った。


「貴方が一番でエイク・デュマが二番。これで不動だったでしょ。貴方とあいつの所為で、あたしはいっつも三番手だったでしょうがっ!」

「……そうだったか?」

「そうだったの! 目の上のタンコブだったのよ!」


 あ、シンシアはこれ、本気で「順位」って結果には興味がなかったんだな。それよりも多分、人と競い合うって過程の方が大事だったっぽい。

 でもってこのやり取りで、二人が友達ってのにもなんか納得した。おそらく空気的には強敵と書いて友と読むアレである。

 身分でも才能でも魔法資質でもなく、真っ直ぐにシンシア本人だけを見て正面から挑みかかってきてくれる相手。そういうのって、シンシアにとっては貴重だった事だろう。

 ずっと姫様呼ばわりをして、敬して遠ざけるみたいだった俺としては汗顔の至りだ。


「おまけにそのタンコブ二人が法王府入りを蹴ったものだから、三番手のあたしは残り物の残念な子扱いよ!」


「現代の英雄といえば法王府所属の魔術部隊です」ってのはタマちゃんの発言だ。

 彼女がどこに所属してるかは知らないけど、そういうエリートコースに入れた理由が本来は優先されるべき二名の辞退だったら、そりゃまあ悔しいだろうな。挫折の多い俺としては、ちょっとラウィーニアさんに共感したりである。

 

「だがそのお前は頭角を現して、見事こうして故郷に錦を飾ってくれているというわけだ」

「残念でした。法王府に正式所属した時点で地縁も血縁も切れてるの。もっかい言っとこうかしら。残念でしたっ!」

「だが人の縁は残しておいてくれたのだろう? 私の招請に応じてくれて、感謝している」


 シンシアが優美に一礼すると、ラウィーニアさんはぐっと押し黙った。

 それから真っ赤になって、


「ばばばバッカじゃないの? あたしが貴方の為に! 親切なんかで! 来るわけないでしょっ! 本来ならアンデールなんて小国の為にあたしが動くなんてバカバカしい限りだけど、貴方みたいに平然とうちを事後共犯に仕立ててくるような悪辣な女の相手ができるのは、あたしかご当代様くらいなのよ!」


 事後共犯って何の話だ、と首を傾げてから気がついた。

 そういえばミニオン爺ちゃん直筆の書状がシンシアの手元にはあるんである。


 ──ミニオン卿は書状の中で自らの行いを告白し、お前の助命を要請していた。


 シンシアが俺を助けに来てくれる発端となったあれには、俺がこっちに喚ばれた経緯が全部書かれている。でもってあの爺ちゃんもまた、法王府代行だと言われてた。

 当時はよく分からなかったし、今も何を代行してんだかさっぱり分からないままだけども、そういう称号からして法王府と深い関係の人だって憶測はつく。

 そんな人物が禁じられた魔法と疫病の蔓延に一枚噛んでたってのは、そりゃ世界の警察スタンスの法王府さんとしては糊塗(こと)しときたい醜聞だろう。


「しかもアンデール、貴方、ご当代様がお優しいのをいい事に大嘘ぶっこいたわね?」

「嘘などひとつも記してはいない。親友を式に招きたいと書き添えただけだ」

「誰と誰が親友よ!」

「悲しいな、私の片思いか」

「……っ!?」


 シンシアにさらりと返されて、手旗信号のように手をばたつかせるラウィーニアさん。

「この人ってばもしかして、わりと愉快な人?」と目で尋ねたら、笑みを含んでシンシアが頷いた。なるほど、了解。


「ていうかね、貴方は一体どこのどなた様よ? 名乗りなさい」


 このままシンシアに挑み続けるのは不利と判断したのか、そこで鋭い目線が俺の方へと転じられた。

 あ、いけね。言われてみればだけど、俺、何の挨拶もまだしていない。


「申し遅れました。ニーロ・ハギトです」

「は?」


 名乗ったら彼女は俺を指さしたまま固まって、いやなんだ、その「完全に予想外です」みたいなリアクションは。


「……貴方が悪いんだからね。あんまり影が薄いから、新しい使用人だと思ったじゃない!」


 うん、なんか把握した。そういう事か。

 多分一人歩きしまくりな俺の名前から、色んな人物像を想定してたのであろうなあ。地味で影が薄くてすみません。


「ラウィーニア・リーよ。法王府代行として来ているわ。お見知りおきを、ニーロ卿」


 忍び笑いをするシンシアをぎろっと睨んでから、ラウィーニアさんは会釈を返す。

 だけど今更取り繕っても、少々遅いんじゃなかろうか。



 さて。

 若干の紆余曲折はあったけれども、俺たちはそれから貴賓室に場所を移した。今回はラウィーニアさんが正面でシンシアが左隣という配置である。

 ラウィーニアさんはどすんと飛び込むように椅子に腰掛けて、わりと礼儀作法とかどうでもいい感じ。虚礼を廃すとか実利一辺倒とかってわけじゃなくて、それが許されるくらいの立場なのだろう。

 お手伝いさんが三人分の飲み物を置いて退出するのを見届けると、


「うちのがイーブスの人間を迎えに行ってるわ。午後にはここへ連れてくる予定。だから時間はそうないわ。手早く話を進めましょ」

「そうだな。そうするとしよう」


 そうして始まった会談であったけども、ぶっちゃけ俺、超ヒマ。

 (あらかじ)め書簡で連絡済みであったらしく、隣国との会議においての落としどころとか、俺の使い魔契約解除の破約儀式詐欺に協力してもらうとか、どういう術式武装を貸与するかとか、その他諸々の大事そうな話が物凄い速度でぽんぽん打ち合わせられ取り決められていく。


「ただし、うちの部隊と協力したって体裁は大前提よ。法王府が遅れを取った相手に勝てる存在がいる、ってのはマズいのよ。万一ニーロ卿が駄目だったら、特攻かける必要もあるしね」


 その横でお茶を啜る俺ってば、正直場違いこの上ない感じ。そしてそのお茶の味までがいつもと違って、孤立無援な気分に拍車をかける。

 いつもこういうのを担当してくれてるタマちゃんは現在集中作業中で、今日の朝から別のお手伝いさんが厨房を取り仕切っているのだ。

 その人の技量に不満があるってわけじゃないけれど、俺にとってこの世界の味って、もうすっかりタマちゃんの味だったりする。意外と舌って覚えてるもので、どうしても違和感が拭えない。友達んちで食事をご馳走になってるような気分になる。

 

「ああ、それで構わないとも。だがもしもがあった場合も、法王府の特攻は不要だ」

「なんでよ? アペーモシュを野放しにするつもり?」


 いや、と短く言ってシンシアは不敵めいて笑う。

 そうして所在無げに耳を傾けていた俺の頭を唐突に撫でた。


「その時は私が出る。私自ら森に乗り込んで、亜龍の首を蹴り砕いてやる」

「そ、そう」


 冗談口のつもりなんだろうけど、お友達ドン引きしてるじゃないですか。

 あと、わりと本気でできそうだから困る。お姫様の癖にヒーロー気質だからなあ。


「……まあ最悪の事態についてはさておいて、大体こんなところで以上かしら?」

「ああ。こちらの要望をほぼ丸呑みしてもらったな。改めて礼を言う」

「貴方の方が切り札ふたつも握っているのだし、譲歩はやむなしよ」


 既定路線だったのか、特に負け惜しみでもない感じでラウィーニアさんは微笑して、それからきつい目でまた俺を見た。


「貴方、居る意味なかったわね?」

「うぐ」


 続けて放られたのは、ぐさっと突き刺さる一言だった。いや正論だけどさ。正論だけどもさ。


「だが聞いておいてもらう必要はあった。それに、ハギトは学習能力が高い。今の見かけで油断をすれば、そのうちに足元をすくわれるぞ」

「ふーん」


 ラウィーニア嬢、死ぬほど興味なさそう。フォローが逆に心苦しい空気である。


「それより覚えておきなさい。あたしがこっちに来た以上、貴方のその手札が通るのは今回限りよ」

「無論だ。元より横車を押し続けるつもりはない」

「なら、いいわ」


 ラウィーニアさんはそこで前髪をかき上げて、猫科の猛獣めいた笑みを浮かべて見せた。

 いや今更格好つけられても、俺の印象は最早「ぶんぶん尻尾振ってるでっかい犬に、全力で吠えかかってるちっこい犬」で固まりつつあったりする。勿論おっかないから口には出さない。


「それから最後に、あたしの私的な要望を伝えておくわ。法王府に来なさい、シンシア・アンデール」


 姿勢を正して、ラウィーニアさんは眼差しを据える。


「貴方が法王府に来なかったのって、父親の意向よね? じゃあもういいでしょ。こんな国投げ捨ててうちに来なさい。ここに貴方は勿体無いわ。それにね、貴方のいない場所で一番になっても意味ないのよ」


 やわらかく笑んだきりのシンシアに焦れて、だん、と卓に手のひらを叩きつけるラウィーニアさん。

 物言いからするに、シンシアが親父さんに妬まれてたのを知っていて、そしてずっと気にかけていたのだろう。いい友達だよな、と思う。

 まあ彼女に直接そんな事言ったら、絶対否定するに違いないけど。顔真っ赤にして大騒ぎするんだろうけど。


「ありがとう、ラウィーニア。嬉しい誘いだが、しかしそれはできない」

「なんでよ。この国が貴方に何をしてくれたっていうのよ」

「国が問題なのではない。加えてお前との友誼を軽んじるでもない。だが私にも大切な友人と、それにハギトがいる」


 はっ、とラウィーニアさんは鼻であしらってから、「なるほどねぇ」とじろじろ無遠慮に俺を観察。それから、


「このニーロ卿が噂の星の騎士ってわけね?」


 危うくお茶を噴き出すところだった。


「よ、読んだのか!?」

「読んだんだ……」


 うん、もうあれ国家権力で禁書に指定しよう。でもって焚書(ふんしょ)しよう。そうしよう。


「ご大層な売り文句のわりに、平凡よね。どこがいいのよ、こんな冴えない男」


 ……。

 上と下の平凡を吸い取った、平凡の()りすぐりでごめんなさい。ホントごめんなさい。


「見る目がないな、ラウィーニア・リー。だからお前は、私に及ばなかったのだな」

「なっ!? 何よそれ、そこまで大口叩くなら言ってみなさいよ。こいつのどこがどう優れてるっての!?」

「断る」

「なんでよ!?」


 そこでシンシアは俺を庇うように少し身を乗り出して、


「それを説明して、お前までハギトに惹かれたら困る」


 いやなんでこの人、その発言で得意げに胸を張るんですか。

 なんかヤキモチ妬いてもらってるっぽくて凄い嬉しいけど、でも大変対応に困る。

 ヒートアップ気味だったラウィーニアさんも水をかけられたようで、居心地に悪げに座り直すと、今度はぎろっと俺を睨んだ。


「じゃあ貴方! 貴方はこの女のどこがいいのよ! そりゃ見てくれはいいけど性格最悪でしょ。その見た目を利用して猫被っていい子で立ち回る最悪の性根よ。喋り方だって何度言っても女らしくしないし、あたしより背高いし、その上法王府を脅しつけるような真似までするのよ。いい? 覚えておきなさい、ニーロ卿。貴方の妻になる女は悪女よ、悪女」

「……」

「……」

「ちょっと! 妻って単語だけ拾ってデレデレした空気を撒き散らさないでくれる!? ていうか悪女の方に反応しなさいよっ!」


 ばんばんと卓を叩かれて我に返った。

 いかんいかん、シンシアに流されちゃ駄目だ。


「まあ悪女かどうかはともかくとしてですね、どこがいいかって訊かれたら、そりゃ答えは決まってます。全部です」

「はあっ!?」

「凛とした美人で頭が切れてスタイルが良くておまけに命の恩人で、でも寂しがりで甘えん坊でくっつき魔で。そんな子が俺を信用して信頼して、しかも好いてくれてる。これのどこに不満が出るってんですか」


 そう返したら、ラウィーニアさんが動きを止めた。多分手が痛くなったのだな。


「なによもう! 貴方たち大好き光線出しあっててムカつくのよっ!」


 あ、その表現、ナナちゃん固有じゃなくて一般的なヤツだったのか。ちょっと意外。


「こんな色ボケどもと同じ空気を吸えるもんですか。あたしは部屋に行かせてもらうわ!」

「ああ、部屋は以前と同じだ。使用人を控えさせてある。不足があれば命じるといい」

「はいはい、ありがとうございます!」


 椅子を蹴立てるようにしてどすどす去っていく背中を見送りかけ、そこで思いついて廊下まで後を追って走った。


「ちょっと待ってください、ラウィーニアさん」

「あによっ!?」


 振り向いた彼女は、噛み付きかねない形相である。


「いやですね、シ……姫様と、今後も仲良く付き合ってやってください。あと時々甘やかしてあげてください。あの子がああいうふうに、自然体っぽく接せる相手って少ないみたいなんで、どうぞよろしくお願いします」


 言い終えて頭を下げてから、ふと気づいた。

 そういえば俺、以前タマちゃんに同じような事を言われたっけ。当時の俺とシンシアって、タマちゃんからはこんな具合に見えていたのだろうか。


「貴方、ねぇ」


 腰に手を当て深々とため息をつき、ラウィーニアさんは呆れ果てたような表情をする。


「言っとくけどあたしは初めて見たわよ。シンシア・アンデールがあんな緩んでいるところ。あいつをああしたのは、それは全部貴方の手柄でしょ」


 それから何とも嫌そうに口元を歪めて、「用件がそれだけならもういいわね!」と、足音荒く去っていった。

 俺への風当たりが若干強いような気がするのを別にすれば、大変にいい人っぽいよなあ。

 そんな感慨をしながら応接室に戻ろうと振り向いたら、ドアからシンシアが顔を半分ほど覗かせてたのでぎょっとした。どうやら飛び出した俺を、自分も追っかけたものか逡巡していたらしい。


「何を話していた?」

「いやちょっと」


 正直に言えば、「お前は私の母親か」とでも怒られそうな話である。曖昧に口を濁したら、シンシアは急にそわそわと不安げな顔で寄ってきた。


「まさかハギト、お前、ラウィーニアに手を出そうとしたのではないだろうな?」


 いや、考えすぎもいいとこです。

 返事の代わりに軽く小突くと彼女は額を抑えて憮然とし、


「ハギト」

「はい」

「どうも自分で思っていた以上に、私は独占欲が強いらしい」

  

 きょろきょろと周囲を見回して、人影がないのを確かめてからそっと俺の腕に腕を絡めた。

 なんというか、「俺の恋人はこんなに可愛いんだぞ!」って、世界中に自慢したい気分になる。


「ところでひとつ意見を聞きたいのだが」

「ん、どうかした?」

「お前は、私の話し方をどう思う? スクナナに物言いを強制してしまった手前もある。私ももう少し、女らしい喋り方に改めるべきだろか?」


 ああ、さっきのラウィーニア発言を気にしてるのか。

 俺はよしよしとその髪を撫でて、


「最初に言っただろ。それ、シンシアに似合ってるって。今更無理に変えなくてもいいと思う」

「でも、だって」


 そこで含羞(はにか)んで、シンシアはそっぽを向いた。月色の髪からちらりと覗く、その耳たぶまでもが赤くなってる。


「だって私は、もっとお前に好かれたいんだ」


 指で髪の先をくるくると弄りながら、上目遣いにこちらを盗み見る。

 その仕草が愛らしすぎて、俺のブレーキは損壊した模様である。


「恥ずかしい事を言うけど 今ので十二分目的は果たしてるよ」


 囁きながら細い腰に腕を回して、体の正面に引き寄せる。包み込むように、ぎゅっと抱き締めた。


「……今だけだ。誰も見ていない、今だけだぞ」

「うん」

「いいかハギト。本来お前は、私たち全員に平等に接しなければならないのだからな。だから……あ、こら! こら、ハギ……ん」


 ところで深刻な疑問なんだけど、舌って、何度目くらいからオーケーなんだろう。

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