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病は君から  作者: 鵜狩三善
得たものと失くしたもの
86/104

3.

 体裁の悪さを誤魔化したいのもあって、とりあえずでその場に散らかった手荷物を片付けようとしたのだけども、


「それはそのままそこに置け。鎧もだ。今すぐに外すように」


 即座に武装解除の厳命が下って、たちまち俺は手ぶらの平服姿になった。でもってそのままむんずと腕を掴まれ連行されたその先は、あろう事か姫様の私室だった。

「言い訳は部屋で聞く」なんて言うから、てっきり俺の部屋に行くのかと思ってた。

 いやでも流石に深夜に、これってばよろしからぬ状況じゃあなかろうか。


「あの、姫様」


 入室を躊躇して声をかけたのだけれども、「うるさい」と言わんばかりの態度でぐいと引かれて引き込まれ、そのまま遠心力で振り回すみたいな軌道で半ば無理矢理ソファーに着座させられる。

 勿論姫様の細腕だ。その気になれば、振り払う事だってできたろう。

 でもそんな真似をしたら泣き出してしまうんじゃないかってくらい、どうしてか姫様は張り詰めて見えた。

 というわけで、現在の構図は腰掛けた俺とその前で腕組みをする姫様。つまり叱られる子供とお母さんである。俺をやわらかに受け止めてくれた上等なクッションも素敵な座り心地も、この居心地の悪さを緩和してはくれない。

 とても目を合わせられなくて、俺は逃げるように視線を他へ彷徨わせる。


 姫様の部屋には、一度例の夕餐会の折に立ち入った事がある。でも、部屋自体の印象は薄かった。

 彼女のドレス姿の方ばかりに目が行ってたってのは無きにしも非ずだけど、見回してその理由に気がついた。この部屋、なんていうか人の気配が薄いんだ。

 生活に必要なものは揃ってる。必要な場所にちゃんとある。

 整頓されて機能的ではあるんだけど、でも持ち主の個性はあまり見当たらない。窓辺の花瓶に生けられた花と、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた手製の将棋盤とがわずかに色彩を備えるくらいだ。

 例えるなら誰もいない教室とかそんな感じ。

 そしてふと、初めてク族院にお邪魔した時の事が頭を過ぎった。

 ロイドにしこたま殴られてた俺はナナちゃんの部屋で手当てを受けたわけだけど、その時彼女の私室に対して「質実剛健を目指してるっぽいな」なんて印象を受けた記憶がある。

 今分かった。ナナちゃんが目指してたモデルは、姫様のこの部屋だ。仕事に身を捧げるのを至上にしてたナナちゃんには、姫様のこうした私生活の気配のなさが滅私奉公に見えたのだろう。


 でもって将棋の方はさておくとして、花は多分、タマちゃんの仕業だ。

 ナナちゃんと同じくこの部屋に立ち入る機会が多いであろう彼女が、この光景を見て気遣いをしないはずがない。だってあの子が専門的な調理の勉強を始めたのだって姫様の為なんである。

 曰く「姫さまってば、放っておくとちゃんとお食事なさらないんです」。

「女の装いは武器の一つだ。そう思って研磨している」みたいに言う人であるから、そこまで絶食とかしてたわけじゃないみたいだけど、でもタマちゃんがここへ来たばかりの頃の姫様は栄養サプリメントに頼る現代人みたいな有様であったらしい。

「わたしが心を込めて作ったのに食べてくださらないなんて」と毎日タマちゃんが泣きついて、ようやく三食味わって食べてくれるようになったらしいのだ。楽しげに俺やタマちゃんと食卓を囲む最近の姫様からは想像もつかない話である。

 だからこの部屋もいつか、みたいな気持ちで、押しつけにならないようにそっと、そういう事をしてるんだろうと俺は憶測する。


「殺風景な部屋だろう?」


 そんな視線に気がついたのか小さく笑って姫様は言い、


「最近、そう思えるようになった」


 それからそっと胸を張った。

 思わぬ明るさで告げられて、俺は「ああ」とも「うん」ともつかない音で口をもごつかせる。

 いやだって肯定するとこれまでの姫様変だったって言ってるみたいだし、かといって否定したんじゃ姫様がそう思えるようになったってのが駄目って言ってるみたいだし。世の中には返答しにくい言葉がわりにある。

 でもそんな成り立ってない会話を皮切りにして、姫様はゆっくり腕を解いた。


「まずは謝罪しなければならないな。頭に血が昇ったとはいえ、暴力に訴えたのはよろしからぬ事だった。すまない」


 一歩俺に歩み寄り、そうしてぺこりと頭を下げる。


「あ、いや、それは全然。というか、姫様の方こそ平気?」


 おでこ、赤くなってるし。元の肌が白いだけに痛々しい。

 俺がそう目線で示すと、


「これはまあ、自業自得だ」


 困ったように目を伏せてから、額を少し撫でた。やっぱ痛かったのだな、多分。


「だが私が立腹しているのもまた、お前の自業自得だぞ、ハギト。何か、申し開きはあるか」

「……ええと。俺は別に、夜遊びに出ようとしたわけじゃなくて」


 言いかけたところで、ぴしりと鼻を指で弾かれた。


「そんな事は知っている。馬鹿か、お前は」


 姫様は深々と嘆息すると、両手を腰に当てじろりと俺を睨む。

 今夜の「馬鹿」はいつもと違って、まるで優しくない言い口だった。


「もういい。分かった。お前が何も分かっていたいのがよく分かった。ハギト、お前はどうして私が怒っているのか、まるで理解できないのだな。だがお前が何をしに行こうとしたのか、私には見当がついている。どうせお前は単身亜龍を、アペーモシュを討ちに行こうとしたのだろう?」

「……どうしてそう思うんです?」

「誤魔化しても無駄だ。お前が思うよりずっとよく、私はお前の事を見ている」


 さらりと言い切り、姫様は歌うような調子で続ける。


「お前と私は悪いところが似通っている。どうせ『俺が独りでやらなきゃいけない』だの『世界への責任を果たさなければ』だのと、愚にもつかない事を考えていたのに違いない」


 (たなごころ)を指すように言い当てられて、俺はただ絶句する。


「このところ、お前が塞ぎ込んでいるのは承知していた。それでも見逃していたのは、一度膿を出し切った方がいいと考えたからだ。お前は随分と見栄坊で、生半(なまなか)には本音を晒さないからな」


 ゆっくりと瞬きをして、それから姫様は暗い窓の外を見た。

 遠く、霧の森の方角を見た。 


「だがそこへ飛び込んできたのが毒龍の報だ。父の事が、私のそれだったように。この一件が、お前の背を折る最後の藁になったろうとは察しがついた。だから今夜だと思った。そうして待ち受けてみたら案の定、私ならしでかすだろうと思った最悪の仕業を、お前がしてのけようとする最中だったというわけだ」

「……」

「本当は少し、期待していた。お前なら私を頼ってくれるのではないかと。縋ってくれるのではないかと。だが結果は(こと)の外だ。言ったはずだぞ、ハギト。これだと思い込んだ方策に囚われるのは、お前の指し手の悪い癖だ。しかもお前は亜龍について殆ど知らない。武装も万全とは言い難く、標的の明確な居場所の目星すらない。これで討伐とは何の冗談だ。生きて帰るつもりがないどころか、まるで自ら死を望むかのようじゃないか。私を諭したお前が、その私と同じ(てつ)を踏んでどうする」


 俺はぎゅっと、膝の上で拳を握る。強く強く握り締める。

 ああそうさ。その通りだ。

 姫様の言う事は正論で、正しくて、間違いがなくて。でもそれなら。


「……なら」


 口を開いたその途端だった。

 何かがかっと腹の底から駆け上がってきて、気がついたら俺は叫んでいた。


「それなら、じゃあ俺はどうすればよかったんだよ! どうしろって言うんだよ! 分かんねぇよ!」


 唐突な俺の大声に、けれど姫様は怯むでも怯えるでもなかった。

 ただ月光のように静かに佇み、俺を見守るようだった。


「だって、だってさ。ただの高校生だったんだよ、俺。特に難しい事なんて考えなくても、何不自由なく生きてられてさ。兄貴へのコンプレックスみたいなのは確かにあったけど、でも悩みなんてその他には将来の進路やテストの点数くらいでさ。友達と遊びに行ったり、ゲームやったり、漫画読んだり。そんな毎日が普通で、当たり前で」


 くそ、なんでこんな涙声だよ。姫様の前でみっともねぇな。

 思うけれど、言葉も震えも、俺は全然止められない。自分の事なのに、まるで自分で制御できない。


「俺はそんな人間で、全然大した事ないヤツなんかじゃない。なのに、俺の所為で死んでしまった人がいるんだ。たくさん死んでしまった人たちがいる。姫様は前にそれを、俺って可能性がこっちに来る為の消失だった、なんて言ってたけど、俺にそんな価値はあるのかよ。それだけの人を踏みにじって生きる価値なんてあるのかよ!」


 広島と長崎に原爆を投下したアメリカの機長は、生涯その事が戦争終結に果たした役割の大きさを説いていたという。

 心の底から信じての弁舌だったのか。それともそう考えずにはいられない、縋るような信仰だったのか。

 それは本人にしか分からない。

 ただ何かせずにはいられないその衝動だけは、俺にも理解できる気がした。


「姫様だって俺の事、恨んでるだろ? お父さんの事で、俺をきっと恨んでるだろ? ひょっとしたら和解できたかもしれないのに、俺がその可能性を根こそぎなくしちゃったんだからさ」

「……ずっと、気に病んでくれていたのだな」


 きしりとソファーを軋ませて、姫様が俺の隣に腰を下ろす。

 

「だがそれは、それらはお前の責任ではない。全てはデュマの画策した一件で、お前は巻き込まれただけの被害者だ」

「そうだよ。だけどそうじゃないんだ。やっぱり俺の所為なんだよ。俺さえ風邪引いてなけりゃ、もっと他にさ、上手いやり方があったかもしれなくてさ!」

「ハギト」


 呼びかける姫様を無視して、俺は自分の心の奥底だけを見ながら吐き出し続ける。


「しかもズルいんだよ、俺。姫様にそう言ってもらえると安心するんだ。姫様がそう慰めてくれると救われたみたいになるんだ。でも俺のしたのはさ、誰かのそんな大切な人を永遠に奪ってしまう事で。誰かにとってのタマちゃんを、ナナちゃんを──シンシアを殺めてしまったんじゃないかって思ったら、そう思ったら。吐きそうに苦しくて、胸が悪い」


 みぞおちの辺りの服をぎゅっと握る。

 そこに、大きな穴が空いてるみたいに感じていた。いつかこれに食い尽くされるような気がしてならなかった。


「そんなの、そんなの背負えるかよ。受け止められるかよ。俺には無理だよ。だからせめて、それならせめて役に立とうって。ごっそりこっちの世界の可能性と幸せを奪ってしまったんなら、何かの役には立たなきゃって!」


 アンデールの国に多くの死人を出して。のみならず森の中の生態系をぶっ壊して、しかも病気を媒介させ続ける突然変異みたいなのまで誕生させて。

 冗談抜きに俺は病魔だ。

 あの日、あの夜、姫様に打ち殺してもらうべきだった病魔だ。


「──馬鹿め」


 吐き出すだけ吐き出して脱力した俺の耳に、小さくそっと、姫様が囁いた。今度のそれは、ひどく優しい響きをしていた。

 そして同じくらい優しく俺を振り向かせて、姫様はこつんと互いの額を触れ合わせる。間近の真正面から、真っ直ぐに俺の目を覗き込む。


「それで思ってしまったのか。そうすれば楽になれると。もう考えるのも嫌になっていたのだな。だから見出したやるべき事を盲信して、そしてそれに安堵して、ただそれだけになってしまったのだな。私も、あの時はそうだった」


 訥々(とつとつ)と紡ぐ、決して大きくはない声。

 けれどその響きは、ひどく強く俺の耳朶(じだ)を打った。


「一度誤ったからこそ、自信を持って言ってやろう。それは間違いだ。逃げないつもりで楽になろうとしているだけだ。引責して自らを誅するなど、そんなものはただの自己満足で、何の補填にもなりはしない。何の役割も果たさない、ただの逃げでしかない。悪評に立ち向かい、逆風に身を晒し、そうして負を正に戻してこそ贖罪だろうと私は思う」

「……」

「それにな、ハギト。お前の言いは全て毒龍を討伐に赴くべき理由にはなる。だがそれだけだ。それだけであって、お前がただ独り、命を投げうつ理由にはなっていない。お前は私に言ったぞ。『もっと人を頼れ』とな。同じ事を私も言おう。辛くて苦しかったなら、ならどうして私を頼らない。私やタルマやスクナナの他にも、お前を大切に思う人間は多くいる。何故私たちを頼らない。お前が今夜やろうとしたのは、私がやりかけて、そしてひどく後悔した事だ。弟の刃の前に身を投げ出すのと(たが)わない事だ。それを止めてくれたのは、助けてくれたのは、ハギト、お前なんだぞ?」


 またしても、ぐうの音すら出なかった。

 結局のところ、あの夜、心がへし折れたみたいになってた姫様にそんな冷静な台詞が吐けたのは、俺が外野だったからに過ぎないのだ。身の丈に合わない綺麗事を偉そうに言うからこうなるんである。


「そろそろ、私の立腹の理由が知れたろう? あの時の感謝と同じだけ強く、私は憤っている。お前が自身を粗略にするから、お前が自分を軽んじるから、私は腹を立てている。お前はお前がどれだけ強く想われているのかを、少しも分かっていないんだ」


 そこで少し、少しだけ声音が変わった。

 はっと伏せていた目を上げると、姫様の端正な顔がすぐ側にあって、今更ながらに胸が高鳴る。

 姫様は視線を逸らさず、むしろ自分が勇敢なのを確かめるみたいに、


「私は嫌だからな、ハギト。お前がいなくなるなんて、絶対に私は嫌だ」


 そうして密やかに腕を回して、大切な壊れ物にするみたいにそっと、俺の体を抱き締めた。それは静電気で貼りつく羽毛みたいに、穏やかで、なのにぴたりと強い抱擁だった。

 姫様の温度が、ぬくもりが、ゆっくりと染み込んでくる。

 そんなふうにされて初めて、俺は自分の体が冷え切っているのに気がついた。

 手足から、強張りが抜けていくのが分かった。

 まるで憑き物が落ちたみたいだった。


 俺はいつだってそうだ。分かったつもりで何も理解していない。

 おふくろが、兄貴がしてくれてきた事だって、こちらに来るまでまるで実感しなかった。その愛情を当たり前のように思っていた。その当たり前の大きさに気がついて愕然としたのは、失ってからだった。

 今だってそうだ。

 好かれてるなんて浮かれていい気になって、分かったつもりになって、その実姫様が、タマちゃんが、ナナちゃんが、どれだけ俺を案じてくれてるかなんて考えてもいなかった。俺がなにかしたい、守りたい、傷つかないで欲しい。それだけの気持ちで一杯になって、俺がそう願うのと同じように、相手も思ってくれている事を一顧だにしなかった。。

 自分勝手に、全部を投げ捨ててしまうところだった。


 俺が死んだら泣く人がいる。悲しむ人がいる。その実感が痺れるように全身を貫いた。

おふくろや兄貴や杏子の事を思った。家族は悲しんでるかもななんて思っていた。なのに同じ事をまたしようとしてた。

 本当に馬鹿だ、俺は。

 体が打ち震えるくらいの実感として思い知る。

 愛されるという事は力をくれる。

 姫様が、以前言っていた通りだ。

 ちゃんと、俺にもいたんだ。俺の身を案じてくれる人が。

 そんな当たり前の事も見えなくなってた。自分が自分をひどく追い詰められてたんだって、ようやくに自覚する。それから首にかけた、お守りの感触を意識した。


 ──姫様もそーですけど、ハギトさんも御自身を軽く考える方なので。だからこれはおまじないです。

 ──わたしがハギトさんの事を心配してるんだって、忘れないようにのおまじないですよ。


 タマちゃんにだって忠告されてたんだよな、俺。なのに、情けねぇの。

 一体何を一人で躍起(やっき)なってたんだって、苦くだが笑えた。


「やっと、笑ったな」

「え?」

「気づいていなかったのか? ここしばらくのお前はいつも眉を寄せて、遠くばかりを見ていたぞ。お前は苦しければ苦しいほど、平気な顔で明るく振舞う悪癖がある。なのに最近のお前は、そんな虚飾をする余裕すらないようだった。だから、心配したんだぞ?」


 頬を触れ合わせて抱かれる格好だから、言う姫様の表情は見えない。

 だけど声音だけで、むしろ声音だけだからこそ、言葉に込められた真摯なものが伝わってくるようだった。


「ハギト。お前の苦しみを、私は完全には理解できないだろう。もしできると言えば嘘になる。だがそれでも、お前に明言できる事がある。もし忘れたというのなら、何度だって言ってやる」


 そして殊更に声を落として、耳元で熱っぽく囁く。


「ようこそ、ニーロ・ハギト。私はお前を歓迎しよう。私がお前を歓迎しよう」


 それはあの日に告げられた、魔法のような言葉だった。

 それだけで、それだけの響きで、俺の心と体とが驚くほどに軽くなる。

 俺の(いだ)く罪悪感は、決して解消されたわけじゃない。依然そのままそこにある。けれど不安から大きく膨らんで見えたその(わだかま)りは、今、ありのままの大きさに感じられた。


「……姫様は、凄いな」


 心の底から呟いた。

 本当に彼女は、俺にとっての。


「馬鹿め、何度も言わせるな。これらは全部、先にお前がしてくれた事だよ」


 姫様が優しくて。あんまり優しくて。

 それで俺は調子に乗って、こちらからも(すが)るように抱き締める。すると彼女は一瞬びくりと身を竦ませて、けれど拒まず受け入れてくれた。その華奢な感触に、思わず息が漏れるくらい満たされる。

 ずっとこうしていたいような気持ちになって、前に姫様の事をくっつき魔だなんて言ったけど、どうやら俺も相当みたいだ。


「あと、あったかいな」

「な、何を言い出すんだ、お前は」


 びっくりするくらい狼狽した声を出すからつい気になって頭を上げかけたら、ぐいと後頭部を抑えて引き戻された。その拍子に姫様の胸に顔を(うず)めるみたいな体勢になって、いや嬉しいけどでもこれは。


「あ、あの?」

「うるさい。目を上げるな。今は私を見るな。見たら、蹴飛ばすぞ」


 ああ。姫様も照れてるんだ。

 そう思ったら、またちょっと笑えた。


「姫様」

「うん?」

「もう少ししたら、ちゃんと立ち上がれると思う。ちゃんと立ってられるようになると思う。だからそれまでもうちょっと、もうちょっとだけ、姫様に甘えててもいいかな?」

「……ずるい男だ、お前は」


 わりと勇気を出していったのに、何故だか盛大なため息をつかれてしまった。


「そんなふうに求められて、拒めるはずがないだろう」


 言葉と一緒に、やわらかな手のひらの感触がした。

 姫様が俺の背を、あやすように撫でてくれている。


「ただしそうやって弱音を吐けた事は褒めてやる。だから今後は、もっと早くに素直になる事だ。分かったな?」

「はい」

「私のみならず、タルマも、スクナナも。お前に頼られて求められるのは本望なのだからな」

「はい」


 ひどく、安らかな心地だった。

 人に触れるのって、人に触れられるのって、こんなにほっとする事なんだな。

 少しだけ早い姫様の鼓動を感じながら、俺は力を抜いて体を預けた。

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