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病は君から  作者: 鵜狩三善
ひだまりの日々
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6.

 さて。

 その晩(あつら)えられた会議とやらの場は、俺がアンリとやりあった例の応接室だった。

 どんと据えられていた大テーブルはタマちゃんのパペットによって壁際に寄せられており、どういう意図か、俺は部屋の中央に一脚だけ残された椅子に座らせられている。

 灯りの明度を絞っているのだろうか。部屋は妙に薄暗い。

 所在なく視線を下に落とすと、真新しい絨毯が目に入った。

 あの時に俺の血がべっとりと零れた所為で、この毛足の長い高そうな絨毯が総替えになったのだと聞いた。一体どれくらいの費用がかかったのかは、ちょっと知りたくない。

 そんな(らち)もない事を思う俺を、腕を組んで傲然と見下ろしているのは仁王立ちをした姫様だ。傍らにはタマちゃんが、一歩下がる格好で控えている。

 ……いやなんだ、この被告人みたいな配置は。お白州に引き出された罪人の居心地だぞ。

 思えども、誰も一言も発さないこの場で口火は切りにくい。困り果てた俺は、扉の方をちらりと見やった。

 そこではナナちゃんが、びくびくおどおどと不審な挙動を繰り返している。

 これから何が起きるのかを知悉(ちしつ)した風情の姫様とタマちゃんとは裏腹の挙措で、おそらく自分の自爆的自白が咎められるのだとでも勘違いしているのだ。

 まあいつもならもう院に帰っているはずなのに、突然呼び止められてこの場に引っ張ってこられたのだから仕方のないところであろう。

 でもだけど、そんな救いを求めるような目でこっちを見られても困る。俺だってこの斬新な会議スタイルの洗礼に困惑してる真っ最中だ。


「そう怯えるな、スクナナ」


 やがて姫様が、長く続いた沈黙を破った。

 腕を()いて、「おいでおいで」とナナちゃんに手招きをする。おずおずと緊張したまま近寄る彼女に、タマちゃんが優しく微笑みかけた。


「大丈夫ですよ、だいじょーぶ。誰もナナさんを叱ったりはしませんから。敵はハギトさんただ一人ですから」


 おいこらタマちゃん、今なんつった?


「敵とまで言えば大袈裟だが、本日の議題がハギトの今後についてであるのに間違いはない」

「あの」

「ハギトさん、お静かに」

「発言は許可を得てからにしてもらおうか」


 発言しようとしたその途端、口を揃えて(たしな)められてしまった。いや俺の将来の話なのに、当の俺の意見が許可制ってどういう事ですか。

 不満顔の俺を他所に、ナナちゃんはほっと安堵の表情である。ええい、この裏切り者め。


「まずは現状の認識から始めようか。実はこのニーロ・ハギトだが、この頃困った事をしでかしている」

「まあ! この方、どのような悪事を働かれたんですか?」


 姫様が愁眉(しゅうび)して見せると、すかさずタマちゃんが大仰に応じた。なんか深夜の通販番組みたいなやり取りで、これ絶対脚本があるだろ。


「それを今から公開しよう。ハギト、答えてもらえるか」

「……いいけど、何を?」


 警戒しいしいで尋ねると、今度は「何、お前にとっては至極簡単な質問だ」と姫様は片目を(つむ)り、


「先日会ったマラーク大公だが、かの御仁の悩みを知っているか?」

「側室の三男が引きこもり気味っだって話かな。資質も才気もあって目をかけてたのに、伸び悩んで自分を追い詰めちゃってるとか言ってた」

「ではイグシュタット辺境伯と、最近どんな会話をした?」

「娘さんに贈るプレゼントに悩んでるって言うから、『幾つの子?』って聞いたらまだ生まれたばっかでさ。それならぬいぐるみとか長く残るものにして、物心ついたらお父さんのプレゼントが一杯あるって状況にしたらどうかなって返事しといた。顔は厳しいけど意外と子煩悩なのな、あの人」

「カイリー公爵夫人とは?」

「旦那さんの愚痴がずっとメイン。見る目がなくて古物で失敗したのに、今度は絵を買い込んでるらしい」


 他にもよく顔を合わせる人たちについてのご下問があったので、当たり障りのなさそうな範囲で回答していく。

 まあぶっちゃけ全部姫様の面会待ちの応対の間に雑談で仕入れた知識だし、あんま隠すほどの事じゃないんだろうけど、プライベートの暴露になるのはやっぱよくないだろうし。

 そうしてお偉いさんたちと話してて感じたのは、こっちの世界の人の全部が資質最優先思考ってわけでも、家族関係に冷淡ってわけでもないって事。

 わりに俺んちを始めとした一般家庭にも転がってるようなちょっとした問題なんかで悩んでたりして、こういうところは古今東西で変化がないのだとちょっぴり安心していたのだけど、答えを重ねていくにつれ、タマちゃんとナナちゃんがどんどん呆れ顔になっていく。

 ……あれ、俺なんか変な事言ってるのか?

 不安になり始めたところで、姫様は質問を切り上げた。


「とまあ、この通りだ。ハギトは人の心を開くのに巧みなようで、私も初めて耳にするような私生活の内情を、至極平然と聞き出してくる」

「なんなんでしょうねぇ。ハギトさん、無害そうな見た目だし人懐っこいから、皆さんから油断されてしまうんでしょうか」

「のみならずで、家庭内の不和に関する忠告諫言もするようだ。これが随分と的確でご利益があると一部で評判にまでなりつつある。疫病()りの病魔は、今や家庭円満商売繁盛の益神(えきしん)というわけだ」


 タマちゃんの合いの手に同意を示して頷きながら、姫様は言葉を結ぶ。 

 いや商売繁盛は違うんじゃ、と思ったけども、もしかして儲かってるのだろうか、ソーンダイク氏のところ。


「それでですね、こうやってハギトさんの声望が高まるとですね」


 ひと呼吸入れた姫様から、タマちゃんが後を引き取った。

 

「今度はハギトさんのお名前それ自体に価値が生じてきます。すると姫様と(よし)みを通じる為の布石ではなくて、ハギトさん個人との繋がりを得ようとする方が出てくるわけです。普通なら喜ばしい事なんですけど、でもハギトさんにはとっては問題があったりします。ではハギトさん、それが何だか分かりますか?」


 先生っぽく名指しで問われてもさっぱいりである。

 人と仲良くなって、それで俺が困る事態って一体何だ?


「スクナナ、答申せよ」

「は!」


 首を捻る俺を見かねたのか、姫様がナナちゃんを指名した。受けたナナちゃんはしばし考え、


「斯様な人の縁は、婚姻によって取り持たれるのが殆どです。ですがニーロ卿がこれを受けて子を成された場合、御子息或いは御息女は、必ず見透かしの法を経る事になります。ニーロ卿が病魔というのはあくまで虚名ですから、そこから連鎖的にこれまでの虚偽が暴かれる可能性があるのではないかと」


 あ、そうか。それを聞いて、ようやく俺にも飲み込めた。

 見透かしってのは例のステータスチェック用の儀式魔法だ。

 こちらで生まれた子供は大抵、これで両親から受け継いだ魔法資質のチェックをされる。資質と血統に拘る貴族階級において絶対に行われる仕業だ。

 しかし病を伝播(でんぱ)させるって触れ込みの俺だけども、実際はただの一般人であるわけで。するとおそらく子供には、俺に由来するなんの資質も見られないはずだ。

 それを怪しまれて細かに調べられたなら、俺の無能力はたちどころに露わになるだろう。

「一代限りで遺伝しない特殊な形質なんです」なんて抗弁したって、俺自身を見透かしのチェック対象にされたらおしまいである。

 そうなれば「アンデールの火を鎮めた」という金看板を最大限に利用してきた姫様にも、色々と好ましくない影響が出かねない。

 姫様の足元はようやく安定を取り戻した状態であって、決して磐石(ばんじゃく)ではないのだ。弱点は晒さないに越した事はない。


「合点がいったようだな。そういう次第だ、ハギト。お前には諦めて、身を固めてもらう」

「ちょっ!?」


 身を固めるって、つまり結婚するって事ですよね?

 いや一体全体どこからどう飛び立ってどんな具合に飛躍すれば、そんな結論が着地点になるんですか姫様。


「お前個人の人格を見込んで、また気に入って持ちかけられる縁談を、使い魔の主という立場からだけで蹴り続けるのは正直不可能だ。既に私からお前を切り離して自派に取り込もうと考える連中からは、使い魔契約の破約儀式を執り行えとの突き上げも出てきている。『命の恩人を使い魔として縛っておくのは如何なものか』という声は如何にも正当に聞こえるからな。これを無視し続けるのもまた難しい。加えて娘子軍の中にも、お前目当てのであろう者が散見されているのが実情だ。ひとつひとつの芽を対処療法で潰していったのでは際限がない。ではどうするか、だが」

「どうしてもハギトさんの結婚が避けられないなら、そのお相手をこちらで決めてしまえばいいんです」


 そこで姫様は視線をタマちゃんへと送り、それを受けてタマちゃんが流暢(りゅうちょう)に話を繋ぐ。

 やっぱり台本があるだろう、これ。


「つまり秘密を知られても問題ない人で、ハギトさんの周りを固めてちゃおう、っていうお話ですね」

「そしてタルマとスクナナ、それに私を含めたこの場の三名は、お前をとてもよく知っている」


 二人はそこでぴたっと押し黙ると、揃って俺の顔を見た。

 姫様は指でしきりに毛先を弄り、タマちゃんは胸の前で両手を(せわ)しなく組み替え、どちらもそわそわもじもじと、まるで落ち着かない様子である。

 薄暗い部屋でもそれと分かるくらい、頬を真っ赤に染めていた。


「……発言、いいでしょうか」

「うん。許す」

「えーと、俺、すっごく思い上がった事を訊くんだけど」

「どうぞ、仰ってくださいな」


 認可を得てから、俺は自分の唇を舐めた。自分でもびっくりするくらい緊張していた。喉がからからに乾いていて、おまけに手のひらにはなんか変な汗が(にじ)んでいる。

 もし俺の理解が誤解だったら死のう。腹切って死のう。

 裏返りそうな声を懸命に低く抑えて、


「もしかして俺、姫様とタマちゃんとナナちゃんのうちから誰か一人を選んで結婚しろって言われてる?」

「馬鹿を言うな」


 言下に否定されました。

 あ、そうですよねすみません。俺なんかが選ぶ立場のわけないですよね。どうもすみません。生まれてきてすみません。


「全員だ」

「……は?」

「私もタルマもスクナナも。ハギト、お前には全員を(めと)ってもらう」

「シ、シンシア様! それはあまりににも、その……!」


 爆弾発言に声を上げたのは、俺より先にナナちゃんだった。

 よし行けナナちゃん、一発がつんと言ってやれ。

 だがしかし、俺の心中の応援は虚しいものだった。


「そうか。スクナナは乗り気でないようだ。では仕方がないな。タルマ、私たち二人の事として話を進めるとしよう」

「の、乗り気ですっ!」


 ……いやもう事態を引っ掻き回すだけの子は、ちょっと黙っててくれませんかね。

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