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病は君から  作者: 鵜狩三善
ニーズホッグ
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9.

「まあ遊びはここまでだ。話はふたつあると言っただろう? 少し脇道に逸れたが、次だ」


 姫様が促すので、俺は仕方なくテーブルから身を起こした。

 でも姫様さ、しれっと言いますけど今の話の逸れ具合、絶対「少し」じゃなかったですよね? あと思いっきり楽しんでましたよね? もし次もこんな感じの内容だったら、俺は椅子から滑り落ちてテーブルの下潜って脱兎の勢いで逃げ出しますからね。

 ところで話題の変わる雰囲気だけれど、俺の退路を塞ぐこの配置はどうやら続行するらしい。席替えなしの模様である。いやこれ落ち着かないんですけど。すっごく落ち着かないんですけど!

 二人との距離が物理的に近いし、お陰でなんかいい匂いするし、冗談とはいえあんな事言われたばっかだし。正直意識するなって方が無理ってもんだ。


「……って、そうだ。ちょっと待ってください」

「うん?」

「いや実は俺も昨日、訊きそびれた事があるんです。ふたつめに行く前に、ちょっとそれいいですか」

「構わないが、何だ?」

「使い魔ってシステムについて詳しく知りたいです。この前の刃傷(にんじょう)沙汰の時、そこらでボロを出しかけまして。俺が一人で動く事ってのもこの先増えてくるでしょうし、そういうの、ちゃんと聞いといた方がいいかなって」


  ノノを庇って立ち回ったあの時、俺の渾身のハッタリが「主から離れた使い魔は力を十全に発揮できない」ってな台詞一発で撃沈させられたのは記憶に新しい。

 もし使い魔って存在にその手の特殊なルールが複数あったりするのなら、俺がそれを知らないのはとてもよろしくないだろう。

 だって迂闊にらしくない行動を取ってしまえば、「俺が病魔としての力を持っていて、それで姫様の使い魔になっている」という嘘の露見に繋がりかねないのだ。

 常時誰かが俺についてフォローしてくれるわけじゃあないのだから、そこらもしっかりしておかなければ、だ。

 俺が持ち込んだ風邪自体は、もうすっかり下火になっている。だから俺が病気を抑えられないと分かってもでパニックが起きたりはしないだろう。

 だけど「姫様が大嘘をついていた」って話になるのがいい事じゃないのは俺にだって分かる。姫様が影で悪く言われるかもって思ったら、ひどく嫌な気分になるし。


「……そうか。すまない。私の失態だな。お前が私から離れる事自体を考慮していなかった」


 そんなふうに思っての発言だったのだが、あれ?

 なんか姫様、今、変なリアクションしなかった?

 もう口元にはいつもの不敵めいた微笑を浮かべてるけど、ほんの一瞬だけ、ひどく悄気(しょげ)たような、傷ついたような、何とも言えない寂しい表情を垣間見せた気がする。


「あ、いやいや、別に姫様を責めてるとかそういうわけじゃないですから。そんなちょっとの言い忘れにぎゃんぎゃん噛み付くほど了見狭くないですから」


 咄嗟に両手を振って取り繕ってしまったけれど、まあ多分勘違いだろう。思い返してみても俺にしては珍しく、失言っぽい発言はしてないし。

 姫様はそれを微笑んだまま受けて、


「だがそうだな、これについては実例を示せた方が分かりいいだろう。タルマ、頼めるか」

「はいはい、りょーかいです」


 俺越しに声をかけると、タマちゃんがいいお返事をした。

 どうやら話し手が交代のようなので、俺は上体を180度回転させる。居心地の問題だけじゃなく、やっぱりやりずらいぞこのフォーメーション。


「それじゃあですね、まずはこれを見てください」


 さらさらとタマちゃんは、手元の紙に幾つかの呪文と呪紋を書き込んだ。それを指先で器用にちぎって折って細工して、たちまち人形の格好に仕立て上げる。

 そして少し集中するようにしてから言葉を紡ぐと、紙人形はむくりと自分で起き上がり、腰を折って俺へ丁寧に一礼して見せた。

 思わず俺は「おー!」と拍手。何度見ても、やっぱ魔法っていいなあと羨ましくなる。


「このパペットが今みたいな動きをできるのは、わたしが側で指示を出してるからです。元が無機物ですから、自分で状況を判断して行動を変更したりはできないんですよ」


 そういや掃除の時なんかも用意の木製パペットを使ってたけど、あいつらは必ずタマちゃんと一緒に居て、同じ場所で作業に従事していた。

 あれは集中して一箇所を片付ける方針ではなくて、別行動をさせたくてもできなかったってわけか。考えてみればこちらの魔法の射程は、基本的に目で見える範囲までなのだ。


「あれ、でもさ。いつも夕食のワゴン、俺の部屋までパペットが回収に来るよね?」

「ええ、あれは裏技です。指示がない、或いは指示が途切れた場合の行動を、予め指定しておく事ができるんです。さっきこの紙に紋を書いておきましたよね? あれがそれです。ですからこの子はわたしが干渉止めると」


 タマちゃんが言葉を切るのと同時に、礼の形で停止していた紙人形は両手を広げ、薄い左足を軸にして右足を上げるてくるくるその場で回り始めた。


「吹き込んだ動力が切れるまで、ずーっとこの行動を続けてます。ハギトさんの部屋に食器を取りに行く子も基本は同じで、動作指定を書き込んであるんです。厨房から前に何歩、それから何度向きを変えてまた何歩前進……みたいに、細かく調整したんですよー」


 頑張りました、と胸を張るタマちゃんである。

 うーむ。またしても人様に、とても気遣いしてもらってたのが判明してしまった。

 これもこないだ知ったのだけれど、朝夕の食事を俺の部屋に持ってきてくれる時のワゴン、実はあれには軽量化の符紋が刻まれていて、中身がみっしり入ってたって片手で楽々持ち上げられてしまうくらいに軽くなっている。

 ついでに俺みたいなお調子者が「おー、軽い軽い」と喜んで振り回しても大丈夫なように中はがっちり仕切られていて、汁物を入れる用のミニ寸銅は密閉型かつ蓋がロックで可能。その安定具合は実証済みだ。


 で、なんでそんな物が用意されたかというと、これまた俺の所為である。

 俺が住まわせてもらうようになるまで2階は人のいない完全なデッドスペースだったから、このお屋敷、あんまりバリアフリーな作りになっていないのだ。昇り降りに使えるのは階段だけで、勿論ワゴンを押して登れるようなスロープなんかは設置されていない。

 にも関わらず居候(いそうろう)の部屋に食事を届けねばならなくて、それで急遽(あつら)えたのだそうである。

 いや俺が1階に越せばいいだけ話のように聞こえるけども、すると姫様とタマちゃんの私室と同階になってしまうわけで。その辺は、やっぱ配慮すべきだろうし。


「わたしの目の届かないところで動くわけですから、きちんとしておかないとどっかで引っかかってジタバタしてるだけになっちゃうんでうすよね。で、ハギトさん今この話を聞いて、『調整面倒くさそうだなー』って思いませんでした?」

「うん、全力で思ってた」

「ですよね。皆そう思うんです。なのでここで木や紙じゃなくて、生き物を従わせる魔法式が研究されました。犬や猫なら『どこそこへ行け』って命じるだけで、自分の足で歩いて行ってくれます。鳥なら一々言わなくても、ちゃんと羽ばたいて飛んでくれます。事細かく全部の動作を指定して調整するよりも大分楽ですよね。というわけで、それが正式な形の使い魔という事になります。でもここで別の問題が発生しました。さて、それはなんでしょう?」

「んーと、自分の意志があって判断する生き物なわけだから、命令に完全に従うとは限らない、かな?」

「はい、ご明察です。だけどそもそも見えない場所で作業してもらうのが目的だったのに、その行動を逐一見張ってないといけないなんて本末転倒ですよね。なのでここらを踏まえて現在の契約呪紋は改良されてきています」


 タマちゃん曰く、基本的に使い魔契約というのは相手の意志を縛って隷属(れいぞく)させるものになるのだとか。被術者は呪紋を体に直接書き込まれる。というか大抵は紋を焼き印として刻印される。

 でもって、その魔法がデフォルトで備えているの主な機能はみっつ。

 ひとつめは主契約者への加害の禁止。

 ふたつめは主契約者による禁止事項の設定。

 みっつめは主契約者との距離制限。

 これらのいずれかに抵触すると、従契約者、つまり使い魔の側に肉体的苦痛が発生する。当然ながら絶対服従させるのを目的とした懲罰機能なわけだ。

 ひとつめは下克上禁止として分かりやすいからいいとして、ふたつめについて。これは例えば吠えるなとか爪を研ぐなとかの禁止行為を具体的に指定しておけるらしい。

 みっつめは特殊で、痛みが発生するのじゃなくて、あらゆる能力に制限がかかっていく。禁止事項の指定に似るけれど、こちらは逃亡防止用って感じか。

 遠隔でフレキシブルな仕事させる為の使い魔なのに、単独行動距離に制限をつけないといけない辺りに苦労が忍ばれるというか、なんというか。

 とまれこちらは、使い魔の持っている強い力、象徴的な能力から順に規制していくらしい。

 例えば使い魔が鳥なら、主人から一定距離離れたらまず飛べなくなって、続いて囀れなくなって、更には跳ねも這いもできなくなって、やがて呼吸も鼓動も止まって死ぬ。

 ……いやいやいやいやちょっと待て。

 それ洒落になってなくないですか。


「そうですよー。でもそういう絶対契約だからこそ、姫様がハギトさんを使い魔にしたって宣言だけで、皆さんもう大丈夫だって胸を撫で下ろしたわけです。それと人が人を使い魔にするなんていうのは、法王府が公式に禁じてます。これまたハギトさんの場合は、場合が場合ですから黙認された感じですね」


 うーむ。

 そりゃ「街に行ってくる」なんて言い出した俺に、おっちゃんが剣を押し付けるみたいに貸し出すわけだ。

 姫様の工作ですっかりいい者扱いされてはいるけれど、熱病を蔓延させた輩として俺を恨む人は当然いるだろう。俺が姫様と一緒じゃないのを見て、そういうのが復讐の絶好機と思ったっておかしくはない。

 あと例の鎧男。

 あいつが強気で「力を十全に発揮できる道理がない」なんて断言するわけである。姫様が多忙でお城に篭ってるのは有名な話だろうから、あの時の俺と姫様の距離は相当なのは一目瞭然だった。つまりこちらの常識に照らせば俺の象徴的能力である熱病伝染なんてできっこない状況だったのだ。

 たけどでもこれ、逆に好都合な部分もある。

 俺が一人で何もできなくったって、「姫様と距離が離れちゃってるからなー。姫様さえ側に居てくれたらなー」なんてやってればそれらしく見えて、しかも無能力を疑われる心配はないって寸法だ。

 そしてこういう次第であれば、俺宛の手紙について姫様に「自業自得」と言われるのもまた納得である。

 完全には逆らえないだろうにしても、ある程度の自由意思を許されて権力者の側に侍る存在なら、奇貨として見る博打打ちが出てもおかしくはない。

 やっぱこの辺、判断材料として聞いといてよかった話だ。


 ちなみにタマちゃんは、それからも例を挙げながらあれやこれやと説明をしてくれた。使い魔契約に関する法王庁の見解だとか、使い魔は使い魔を作れないとか、半永久的な繋がりを発生させるものだから使い魔は一人一体に制限されるとか。

 そんな一生懸命なタマちゃんには物凄く悪いのだけれども、でもそこらの話は全っ然俺の頭に入ってきてない。

 いやだって退屈したのかなんなのか、さっきから姫様が、俺の背中に自分の背中をもたせかけてきてるんである。

 なんかやわらかくて、ほんのり体温が伝わってきたりして、おまけに体重を預けやすい角度を模索してるっぽくて、ちょくちょく身動(みじろ)ぎまでもする。

 ただでさえ女の子との密着体験なんて皆無な俺だってのに、よりにもよってそれをするのが姫様なのだ。これで話に集中できたら嘘だろう。


「もー。ハギトさんってば、ちゃんと聞いてらっしゃいます?」

「え、あ、ごめん。ごめんなさい。聞いてます聞いてます」


 タマちゃんに(たしな)められた俺の背中で、姫様が忍びやかにくすくす笑う。

 なんだってんだ、まったく。



「タルマの話には出なかったが、使い魔の契約というのは見透かしと同じく儀式魔法だ。従契約者の完全同意を得て最短で実行したとしても、およそ半日の時を要する」


 そんなこんなでタマちゃんの授業がひと段落したのを見計らって、姫様が会話に割って入った。

 背中を離すと卓に乗り出すようにして、俺とタマちゃんとを見やる。いや素直に逆側の席に行った方が、絶対話しやすいと思いますけど。


「そんなに手間がかかるもんなんですか」

「そうだ。反抗する人間に強引に術式を施して、となれば尚更に難しい。囚われのお前がデュマの使い魔にされなかったのは、そうした時間的理由が主で相違ないはずだ。後回しにしているうちに、熱病が蔓延(はびこ)ってどうにもならなくなったというところだろう」


 あ、「難しい」であって「不可能」じゃないんだ。

 こちらの魔法は憧れを誘う反面、時々容赦なくえげつなくて怖い。


「……すっごい今更ですけど、そうやって時間のかかるものだから、姫様はあの時一晩俺と一緒にいたわけですか」

「お前を見極めるのが主眼だったのは以前も言った通りだが、そういう一面があったのも確かだな。あの一夜で儀式を執り行ってお前を使い魔にして、そうして完全に私の支配下においたと信じ込んでもらわねばらなかった。その為には対外的な体裁を整える必要もあったわけだ」


 あの時ってのは勿論、俺と姫様のファーストコンタクトの事である。

 俺はただ右往左往するばっかりだったけど、姫様は当時から先々の細かいとこまでを考えて動いてたんだよな。若干考えすぎなところもあるけれど、そういう事ができるのって、素直に凄いと思う。やっぱできちゃう人はなんだってできてしまうのだ。

 しかもこの人は理智に秀でるばかりじゃなくて。


 ちょっとだけ目を閉じて思い出す。

 いきなり見知らぬ世界に引っ張りこまれてその上酷い目に遭わされて、絶望的で懐疑的になってた俺を平静に引き戻してくれたのは、間違いなく姫様だ。姫様の心遣いだ。

 家族の話をしたりされたりして、俺を徹頭徹尾対等な一人の人間として扱ってくれて。それでこっちの人が怖いだけじゃないって分かった。こっちの世界の人も普通の人なんだって、そう思えるようになった。

 来てくれたのがこの人じゃなかったら、この人が居てくれなかったら、今の俺は絶対にない。

 片目だけ開けて姫様を見て、もう片方の暗闇に思い浮かべる。


 ──ようこそ、ニーロ・ハギト。


 姫様はきっとあの一言が、どれだけ俺を救ったか知らない。


 やがて姫様が視線に気づいて、「ん?」と小首を傾げた。「なんでもありません」と顔を背けたのだけれど、どうもそれだけで悟られてしまったものらしい。

 視界の外でそっと、姫様の微笑む気配がした。


「ところでタルマ」

「はい、なんでしょー?」

「またしてもハギトが私の胸元を盗み見てくるのだが、どう処すべきだと思う?」

「ちょ!?」


 そんな俺の背中側で姫さまが声を発したと思ったらこれである。ちげぇよ、そうじゃねぇよ。さっきの目線は断じてそんな類じゃねぇよ!

 無言でなんとなく通じ合ったみたいな雰囲気と思ってたのに台無しだ。

 だが反射的に向き直った俺へ向けて、姫様は悪戯っぽくちらりと片目を瞑って寄越した。分かっててやったな、こんにゃろう。

 というわけで俺は無実なんです。

 だからタマちゃんは俺の手の甲をきりきり(つね)るの、やめてくださいませんでしょうか。

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