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病は君から  作者: 鵜狩三善
他界の昼
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3.

 一事が万事こんな具合に半日過ぎたと言えば、後の有様は推して測れるだろうか。

 俺はそれから最初の部屋に戻されて、軟禁状態になった。鎖につながれたりはしなかったが、扉は外から施錠され、ご丁寧に見張りまでついている。

 体調は最悪なままだから、大人しく備え付けられていた寝台に潜り込んだ。

 装飾調度の類は殆ど撤去されて建材が剥き出しになってはいるが、元々は客間だったのだろう。ベッドと布団はかなり豪華だった。

 しかしそれで心が休まるかといえばそんな事はない。今後への不安はやっぱり大きいし、なかなか眠れるものではない。

 あと地味に翻訳さんの感触が嫌だ。

 交渉するにしろ脱出を試みるにしろ、これはなければ絶対困り果てるアイテムである。ではあるのだが、その重量と冷たさが、俺に拘束されているという事実を強く意識させてくる。これは精神的に結構キツい。


 そんなこんなで寝返りを打ち続けていると、やがて食事が運ばれてきた。

 食材が何かはさっぱり分からないし説明してくれる気配もないが、献立は何かパンっぽいものとシチューっぽいものである。あとワインっぽい飲み物が添えられている。薬殺なんて単語が一瞬脳裏を過ぎったが、食べなきゃ死ぬし治るものも治らない。

 病気の時は気が弱って悪い事しか考えなくなるものだと、うちのおふくろが言っていた。

 しっかり食ってしっかり寝る。風邪の時はそれが一番だ。あれこれ思い悩むのはその後でいい。

 そう思い定めて完食したが、風邪の所為ばかりでなく、実に味気ない食事だった。

 家訓的に朝食夕食は家族と、昼食は大抵学校で友人連中と一緒にしている。つまるところ俺は、ひとりでぼそぼそ食べるのに慣れてない。それが孤立無援の状況を再認識させてくるようで、なんかもうどん底まで凹める感じ。


 しかし現状を認識するだに、鞄を落としてしまったのが悔やまれる。

 風邪薬が入っていたのもあるのだが、何よりも携帯電話だ。ひょっとしたらひょっとしての万が一だが、それで連絡が取れたりしたかもしれない。今更言っても仕方がないが、可能性がゼロになってしまったのは大変悔しい。

 そういえば奪われた制服にも私物が入ったままだ。制服とスニーカーともども、その辺りもどうにか取り戻したいところである。

 といってもポケットに収まっていたのはハンカチに生徒手帳に財布、それから家の鍵くらいなもの。悲しいかな、こっちでは使い道のない物品ばかりなのだけれども。

 そんな具合に取り留めのない事を考えていたら、次第に眠気が差してきた。腹が膨れて体温が高くなったから、現金にも体は休みたくなったのだろう。

 まずはとっとと風邪を治して、頭をすっきりさせるのが先決だ。

 それからどうにかしてあいつらを(なだ)めて(すか)して誤魔化して、日本に帰してもらうのだ。


 方針を心に定めて、上掛けにしっかり(くる)まり寝転がる。はめ殺しの窓から夜空が見えた。

 けれど、見慣れた月すらそこにない。連なる三つの天体が、代わりのように輝くばかりだ。配列は三色団子のようだけれども、でも配色は赤白緑。あまり食欲は(そそ)らない。あれがこちらの月なのだろうか。

 改めて、ここは別世界なのだなと実感する。


 まああれだ、俺も男の子だから夢想した事がないと言えば嘘になる。

 自分が突然別世界に飛んで、そこで現代知識を活かしたり、特別に選ばれた存在としての宿命を背負って大活躍。うわー凄いな、格好いいなあ。

 そんなもんに憧れてた昔の俺は腹を切って死ぬべきである。


「……あーあ」


 心の底からため息をつく。

 兄貴も杏子もおふくろも。きっと、心配してんだろうな。


 思いながら、目を閉じた。

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