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病は君から  作者: 鵜狩三善
My foot
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11.

「そういや真面目な話なんだけど」

「ん、何?」


 ひとしきりじゃれてから、俺は椅子に座り直して切り出した。確認しなければと思っている一件がある。

 聞いて、ナナちゃんは小首を傾げて俺を見上げる。いやすっごい犬っぽい角度だなあ。 


「ロイドなんちゃらって言ったっけ。ほら、さっきの鎧男。あいつの事、やっぱ姫様に報告しとくべきかな?」

「それは僕の方から上申しておくよ。だってあれはどう見てもノノを、ク族の子供を狙っての仕業だったからね。それに」


 ナナちゃんは言葉を切って、仕方のない子供に対するような目で俺を見た。


「まだ、シンシア様と仲直りしてないんでしょ?」

「な、仲直りって、俺は別に喧嘩なんか」


 自分でも分かるくらいに挙動不審だった。

 これで人様の目を誤魔化せるはずもない。


「見てればすぐ分かるよ、ふたりが不自然なの。どうせハギは昨日の一件で顔を合わせづらくなって、その直後にアンリ様のこんな一件を報告したら、まるで悪口か告げ口みたいかもって気に病んでるんだよね」

「……いや、別にそんな事は」

「ハギはさ、」


 俺の意味のない抗弁を遮って、ナナちゃんが強く言う。

 ぐっと卓の上に身を乗り出した。


「ハギはもっと、自分の影響力を認識した方がいいと思うな」

「影響力?」

「そ。シンシア様とハギは、僕が心配するくらい仲良しなんだから。どう見たってハギが姫様のお気に入り、特別のお気に入りなのに間違いないよ」


 そうかな? そうだろうか?

 あの人が俺なんかをそんなに気に入ったりするだろうか。

 まあ何くれと気にかけて、気を使ってくれてるのは分かるけど、でも姫様って誰にも親切だし。


「声がね、違うんだ。ハギと話してる時のシンシア様の声は、いつもとちょっとだけ違う。一番丁度いいところから出てる本当の声。なんていうか、そんな感じがするよ」

「……そんなもんなのかな。俺には分からないけど」

「ク族は耳がいいんだよ。だから間違いないって」


 言ってナナさんは少し得意げに、そして何故だかちょっぴり寂しそうにする。

 とまれ、である。

 それが本当なら結構嬉しい気がする。あんな特別で格別な人にそう思ってもらえるってのは──。


「ていっ」


 姫様の姿を脳裏に思い浮かべかけたその瞬間、ずどんと手加減のない拳が鳩尾(みぞおち)に叩き込まれていた。


「何にやにやしてるかな。気持ち悪いんだけど。気持ち悪いんだけど!」


 悶絶する俺に対し、ふん、と鼻息荒くナナちゃん。

 姫様の蹴っ飛ばしと違って手加減を知らんぞ、この子。いやもう唐突な暴力はやめていただきたい。

 テーブルに突っ伏した姿勢のまま、恨めしく「謝れー、流石にちょっと謝れー」光線を放ってみたのだが、ナナちゃんはこれを完璧にスルー。


「ハギがシンシア様に何か言ったら、大抵はその通りになる。近くで見てる人たちは、多分皆そういうふうに思ってる。だから僕はハギが怖かったし、傷つけようとしたんだよ」


 くそ、しれっと過去形で言ってやがる。

 どうもナナちゃんの中では、先ほどのボディブローは無かった事にされてるっぽい。


「さっきも言ったけど、ハギはいい人なんだと思う。適当に優しいんじゃなくてしっかり相手を見てものを言うし、考え方もニュートラルで偏見がないから話してて面白いし。それにいい加減みたいでいてちゃんと真面目で前向きだし。だからシンシア様だけじゃなくてタルマ様までなのも当然かなって。僕だって……あ」


 おそらく謝罪の代わりだろう。俺をおだてる謎のモードに入ったナナちゃんは、そこで我に返ったように咳払いをした。


「と、とにかく、そのいい人なハギから見て、シンシア様ってどんな人?」


 いや、どうって言われても。

 ぱっと挙げるなら、特別なヒーローだろうか。いや女性だから正しくはヒロインなんだけども。

 なんか現実離れして浮世離れして、一切のしがらみとかなく無私に行動できちゃいそうな、そんな隔絶の存在。

 最初は、そんなふうに思ってた。


 ──ニーロさんってもしかして、ひょっとしたらひょっとして、姫さまの事を……!?


 タマちゃんにそんな事を言われた時も、だから「そういう恋愛話ではありません」なんてさらっと言えてた。


「んー、綺麗で格好良くて頭も良くてスタイルも良くて、何でもできる物語の主人公、みたいな?」


 でも今はそれだけじゃなくて。

 やっと気がついた。

 だからこそ俺は、姫様に嫌われるのがこんなにも怖い。


「うん、そうだよね。例えば僕たちって、ほんのちょっと前までは猛獣扱いだったんだ。亜龍種なんかとおんなじで、危険だから殺しておこう、って理屈が(まか)り通っちゃうような。そんな僕たちに『見て見ぬふりをするのは嫌だ』って理由だけで、シンシア様は手を差し伸べてくれて。昔は(おもね)るみたいな気持ちもあったけど、今の僕はあの人を心から尊敬してる。仕えれて幸福だって思う。ハギだって、そんな感じでしょ?」


 語るナナちゃんは純粋な敬意と憧憬に満ち満ちてる雰囲気である。

 俺のはもうちょっと(よこしま)な感情なので、曖昧(あいまい)に同意っぽい頷きだけ返しておいた。

 

「それでさ、ハギは僕が怖かったりしない?」


 いやなんでまた唐突にそんな質問だ?

 話の筋を見失う俺に、ナナちゃんはぐっと詰め寄った。


「だからさ。僕はその気になればハギの首を()ねられるよ。しかもすぐにかっとなるところあるし、また何かされないとも限らないよ。どう? 僕が怖くない?」

「怖くないし、怖がらないよ」

「どうして?」


 どうしても何もないもんだ。

 友達がある日いきなり殺しに来るとか、そんな可能性まで考慮してたんじゃ生きにくくって仕方ない。

 例えば地面が体を支えてくれなくなるとか、例えば空気で溺れるようになるとか。そんな可能性に備えて人生送ってる人間なんてきっとどこにもいないはずだ。 


「だって俺はもうナナちゃんの事よく知ってるしな。だからそんな事する人間じゃないのを分かってる。信用してて信頼してる。まあ怒りっぽいのは直して欲しいけどもさ」


 おそらく「怒りっぽい」の部分に対してだろう。ナナちゃんはちょっと口を尖らせたが、それでもすぐにやわらかく笑んだ。


「ありがと。そう言って欲しかったんだ。でも、じゃあさ」


 そうして、真っ直ぐな目が俺を射た。


「じゃあハギはどうして、シンシア様の事、信じないの? 『綺麗で格好良くて頭も良くてスタイルも良くて、何でもできる物語の主人公』だって思ってる人を、どうして信じてあげないの?」


 咄嗟(とっさ)に言葉が出なかった。

 いや、咄嗟じゃなくったって、反論なんて出てきやしなかったろう。


「僕とおんなじで、そういう人じゃないって、絶対にそんな人じゃないって分かってるよね? 自分の父親の死因になった。自分の弟と喧嘩した。それを見て、それだけを見て、前後の理非も考えずにハギを(とが)める人じゃないって分かってるよね? なのに、何をそんなに怖がってるの?」

「いや、それは……」

「今朝のシンシア様、凄く悲しそうにしてたよ。今のハギみたいな気持ち、僕も分かる。分かるけど、怖くて不安なのは、きっと大切でなくしたくないからだよ。なら怯えて自分から遠ざかるのって、結局それを早めるばっかりなんじゃないかな」


 中途まで平静を保っていたナナちゃんは、そこで声を詰まらせ目を擦った。

 彼女の心配(こころくば)りは俺へばかりじゃなく、姫様の方にだって、いや姫様の方へこそ向けられている。強い語勢からそれがよく知れて、姫様が大事にされていると思うと、何故だか俺まで嬉しくなる。


「ごめん。こんな、こんな責めるみたいに言うつもりじゃなかったんだけど、でも」


 ナナちゃんは人との距離を測るのがどうも苦手らしくて、時折勇み足っぽい真似もする。だけど彼女の注意や勧告は、決して自分が偉ぶる為のものじゃない。相手を親身に、真摯(しんし)に思う心から出るものだ。

 それが分かってるから、俺は彼女を責める気にも、怒る気にもならない。

 逆にそのひたむきさを、稀有(けう)なものだと感じ入りもする。


「『世界を見るのは自分の目、世界を思うのは自分の心』、だっけか」


 ここでさっと涙を(ぬぐ)うハンカチでも差し出せればよかったのだろうが、生憎(あいにく)綺麗な手持ちがない。

 せめてもの礼儀として、俺は泣き顔から目を逸した。


「自分の目が曇ってたら、そりゃ世界の方だって曇って見えようってもんだよな。ちょっと自分の事に囚われすぎて、肝心のところが分からなくなってたみたいだ。サンキュー、ナナちゃん。帰ったらちゃんと頑張ってみる」


 言うと彼女は袖で顔をごしごしとして、それから何事もなかったかのような態度で、


「うん、そうするといいよ」


 なんて頷いてみせた。この見栄っ張りめ。

 けどこの飾ってない感じ、取り繕ってない雰囲気は、言葉だけが丁寧な以前よりずっと、俺にとっては好ましい。


「でもまあ、ナナちゃんとこういうふうに話せて何よりだ」

「それはこちらこそ、かな」


 横目に見て苦笑しつつ呟いたら、間髪入れずに好意的な応答があった。


「ずっと胸につかえてたのがなくなったみたいな気分だよ。怖がってないで、もっと早くハギと話してればよかった」

「怖くて不安で動けなくなるのは、それが大切でなくしたくないかららしいぜ。いやあ、俺をそんなに大事に思ってく……」

「ハーギー?」


 あ、冗談、冗談です。

 ごめんなさい、悪気はなかったんです。だから落ち着こう。落ち着いてその握り締めた拳を下ろそう。な?

 必死に(なだ)めた甲斐あってどうにか鉄拳制裁だけ回避したものの、ナナちゃんはまだ不満げに、「……ほんっとにもう、余計な事しか言わないんだから」とぼやいておられる。

 これはいけない。何が怒りの炎を再点火させるかしれたものじゃない。


「余計ついでに言っときたい事がふたつあるんだけど、いい?」

「……どうぞ?」


 というわけで、気を逸らす意味で話を振ってみる。

 しかし一応先を促してはもらえたものの、どうも警戒のご様子だ。信頼がないなあ、俺。


「とりあえずナナちゃんは、もっとノノに弱みを見せてやりなさい」

「え、なんで?」


 再びきょとんと首を傾げるナナちゃん。

 やっぱり犬っぽい角度である。って、いやそうじゃなくて。


「ノノはさ、お姉ちゃんを神様かなんかみたいに思ってる。あれ、多分凄いプレッシャーになってるぜ。少しだけでも弱いところ見せて頼ってやって、そんで自分は普通のお姉ちゃんなんだって教えてやるといい。きっとその方がノノの為になると思う」

「うん……そうだね。そうしてみる」


 どうやら思い当たるところがあったのか、ナナちゃんは俺の提案に素直に頷いた。

 それから不思議そうに眉を寄せる。


「でもどうしてノノの事、そんなによく分かるの?」

「ああ、俺にも出来のいい兄貴がいてさ。そりゃもう肩身の狭い幼年期だった」


 (ひょう)げて肩を竦めると、ナナちゃんは小さく吹き出して、


「ハギはそういうの、全然気にしないと思ってた」


 こら、それは一体どういう意味だ。


「ハギは図太い上に鈍感な駄目男だって事」


 いや本当にどういう意味だ。

 この子は物理的にも精神的にも、手加減というものを覚えるべきだ。

 ノックアウトされてテーブルにうち伏していると、ナナちゃんはつむじの辺りをつんつんとつついて、「それで、もうひとつは?」と催促してきた。ダメージ回復の時間はくれないらしい。


「ナナちゃんはさ」


 不貞腐れボイスで言いかけたら、


「そういえば、さっきから何かな、その呼び方」

「呼び方?」

「ナナ『ちゃん』って」


 あ、しまった。

 今度こそ心の内にとどめておこうと決めていたのに、またしてもうっかり言ってた。

 しかもこの表情から察するに、かなりご立腹のご様子である。いかんいかん。


「ナナさんはさ」

「いいよもう、『ちゃん』で」


 言い直したら今度は()ねたように他所を向く。どうしろというんだ。

 でも許可が出てるのにさん付けしたりするとますますご機嫌斜めになりそうだし、空気の読める俺としては言う通りにすべきであろう。


「ナナちゃんさ、本当は今日、丸々おやすみだったんだって?」


 おっちゃん情報を口にしたらば、ナナちゃんがかーっと真っ赤になった。


「ち、違うから。別にハギを気にしてたわけじゃなくて。とにかくそうじゃないから。深い意味はないから。違うから。誤解、そう、全部誤解だから!」

「うんうん、分かった分かった」

「物分りのいいフリして適当に流さないでくれるかな!」

「うんうん、分かった分かった。というわけで」

「……わけで、何?」

「今日今回限りじゃなくて、今後もこの喋り方がいいな。この方がやりやすい」

「え」

「この喋りがいいなー」

「でも」

「い、い、なー」

「……ふ」

「ふ?」

「ふたりの時だけだからね!」


 なんだかんだで了解を取り付けるのに成功した。

 それにしても相変わらず押しに弱い子である。悪い男に騙されんようにな。



 さて。

 それからほどなくして、馬車の用意が整ったとのお知らせがあった。

 ナナちゃんは「ハギも関係者だし被害者だから」と送りを申し出てくれたのだが、やっぱりあんな事があった直後である。彼女は院の最大戦力らしいし、それなら万一の備えに残っておいてもらった方がいい。

 というわけで、俺はク族の兄ちゃんと一緒に姫様んちへと帰る運びになった。

 ちなみに院を出る際に、ノノが「ハギおにーちゃん、ありがとー! またねー!」と思い切り手を振ってくれた。いや駆けて追ってくるのはいいけど転ぶなよ。あとあんまり家から離れるなよ。

 今さっきの事があってまた誘拐されかけたりしたら、温厚な俺も流石に拳骨のひとつは落としちゃうぜ。

 そんなふうに気取りつつも、俺は胸の奥があったかくなるのを感じていた。

 俺にも、俺でも、できる事はあるんだな。どんなにちっちゃくても。何か、できたりするんだな。

 そんなふうに思えた。

 ナナちゃんに言われた通りだ。

 まず俺自身をどうでもいいように思うのをやめよう。自分をもうちょっと信用してみて、そうして自分の足でしっかり立って。

 そうすれば俺も、姫様みたいに胸を張って生きられるのじゃないだろうか。




 などと良い気分に浸りつつ屋敷に帰り着いたわけなのだけれど。

 ドアを潜ったその直後、仁王立ちしていたタマちゃんに捕まりました。そしてしこたま怒られました。そりゃもうこってり絞られました。


「ハギトさん一人で出かけたって聞いて、しかも夜になっても帰って来なくて! 心配したんですからね。もー、ほんっとに心配したんですからね!」


 涙目で言われてしまったら、そりゃもう謝るより他にない。

 でも怒りに任せてむにむにと、俺の両頬を引っ張るのはやめてもらえないものだろうか。今日は地味に傷に響く。

 あとぶらっと外に行った引きこもりが帰ってこなかったらそりゃ心配にもなるだろうけど、俺にだって一応、事情的なものがあったわけなのですよ。


「しかも傷だらけじゃないですか!? 一体何があったんですか。ひょっとして痴情(ちじょう)(もつ)れですか? 何人殺しちゃったんですか!?」


 落ち着けタマちゃん、ビークール。俺はそんなに凶悪犯じゃない。そもそも人を殺すような度胸がない。

 しかし錯乱しつつもすぐに手を離して、そして治癒魔法を施術(せじゅつ)してくれる辺りは流石タマちゃんと言えよう。出来たお姉さんである。


「話せば長く……もないか。実はですね」


 ほのかに温か、眠気を誘う治療術の感触を覚えながら、俺はノノと出会ってからの事をおおまかに打ち明ける。

 当然ながら俺のカッコつけと弟さんの裏での関与についてはこっそり伏せておいた。後者については多分、タマちゃんは知る必要のない嫌な事の類だろうしな。


「へー」


 だが俺の配慮にも関わらず、話が進むに連れて何故だか、タマちゃんの眼差しが大変に冷たくなった。


「へー。わたしを置いてけぼりにして街に戻ってヴァンさまと仲睦なかむつまじくして、それで元気になってきたんですね。へー」


 いやちょっと待ってください。

 その言い方、なんか悪意がありませんか。すごく悪意がありませんか。


「ないですよー。全然ありませんよー。いいんです、知ってますから。ハギトさんは、おっきな人が好きなんですもんね」


 え、ちょっと待って。なんですかそれは。どういう言いがかりですか。

 でも確かに顧みれば、なんか申し訳ない事態になってしまっている気がしなくもない。あんなに気を回してもらったのに、きちんとお礼も言わないうちから出歩いて、やっぱり失礼だったろうか。


「ごめん、タマちゃん」

「いいです。どーせハギトさんは、わたしの理由が絶対分かってないから謝らなくて結構です」


 にべもなかった。

 そういえば杏子にも昔、似たような怒られ方をした事がある。

「ハギ兄っていらない事にばっかり気がつくクセに考えが足りないよね。人が怒ってるのに気がついても、どうして怒ってるのかの理由には全然頓着(とんちゃく)しなかったりするよね。馬鹿だよね。土星くらい輪がかかった馬鹿だよね」みたいな。

 いや何もそこまで言わんでも。

 というかこれって俺が馬鹿なんじゃあなくて、女の子がむつかし過ぎるだけなんじゃあなかろうか。

 ちょっぴり理不尽を感じなくもないが、杏子もタマちゃんも頭のいい子だ。やっぱ俺が悪いのだろうな。

 また怒らせるのと失礼とを承知で、後学の為にきちんと原因を訊いておくべきかもしれない。


「でも」


 自省していたら、タマちゃんは「怒ってますよ」ポーズを解除して、軽く背伸びをした。俺の前髪をくしゃりと撫でて、


「ヴァンさまのところで、何かいい事、あったんですね」

「え?」

「すこーし、元気になったみたいに見えますよ」


 うーむ。タマちゃん、相変わらず観察が鋭いな。


「ナナちゃんときちんと仲直りしてきました。あとはあれかな。ちょっと初心に返ったよ。自分の足できちんと立って、俺に出来る事をやってくべきだって。改めてそう思った」


 ひと呼吸ぶん目を閉じて、その間で心情を少しだけ吐露した。あくまで少しだけ、だ。いやだってタマちゃんに全部話すのとか恥ずかしいし。

 そうしてまぶたを開くと、タマちゃんはぽーっとこっちを見上げて固まっていた。

 あれ、俺そんな変な事言った?


「えと、タマちゃん?」

「あ、はい!」


 呼びかけるとタマちゃんは、びくっとなった後はっと気づいて、


「あ、えっと、ハギトさんがすごくいい笑い方してらっしゃったので。すみません、ちょっと、その……」


 歯切れの悪い物言いで、顔の前で両手をぱたぱた振った。


「と、とにかくですね。ハギトさんは可愛い系なので、眉を寄せて思い悩んでるのは似合いません。だからそうやって笑ってた方が、きっといいです」


 俺の現状を肯定してくれるありがたいお言葉ではあるけれど、タマちゃんに「可愛い系」とか言われるのは、正直心外です。


「察しが悪いのについても反省はしてくださってるみたいですし、ですから今回の件はそれに免じて減刑してさしあげましょう」

「え、ここは無罪放免してくれるところじゃないの?」

「駄目です。おしおきひとつは確定です」


 確定なのか。やっぱ結構怒っているものらしい。

 まあ普段温厚なタマちゃんの判決ならば仕方がない。仮に「足を舐めろ」とか言われても、黙って従うしかないだろう。


「ハギトさんって、やっぱりそういう性癖が……」


 またドン引きされました。

 いや違う違うそうじゃない。ものの例えだ言葉の綾だ。そんな目で俺を見るな。見ないでくださいお願いします。

 必死に弁解する俺へ、タマちゃんは含みありげに目配せをして。


「大丈夫です。そんなに……いえ、全然大したおしおきじゃないですから。大丈夫ですよ、だいじょーぶ」


 そうして、企み顔でにふふと笑った。

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