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おまけ。 

お久しぶりです。

「おまけ」を書いてみました。

ずーっと前からちょっとずつ書いて行った話です。


文字数は19,154文字なのでかなり長いですがよろしくお願いします。

ちなみにこれでもう本当の終わりですよ。たぶん。

キャラは他の作品で出てくるかも(“かも”ですよ?)しれませんけど。


でわ、今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

 我が四條学園には伝説的な人物がいた。

 その人は才色兼備、容姿端麗、文武両道、聖人君子と言った褒め言葉をすべて兼ね備えた超完璧星人であり、身長167cmにボンッ!キュッ!ボンッ!とアイドル並みのスタイルを持ち、腰まで伸びる綺麗な髪は濡れ烏のような髪色、彼女の笑顔を見れた日には天使が舞い降りたとまで言われちゃったりして、生徒会長の座を1年の時から就いており、教師、生徒と絶大的な支持率をキープし続けた伝説的な人物の名は藤堂綾乃という。


 そして、そんな伝説的な人物の隣に居た犬塚真也という僕。

 最初は副会長として、途中からは彼氏として会長の隣に居続けた僕もある意味伝説的なのかもしれない。

 だって、こんな人とずっと居るんだから…。


「会長!いつまで寝てんですか!!!」

「も~、私はもう会長じゃないよ。ワンちゃん」

「あ~、すみません。それよりもさっさと起きてください!!遅刻しますよ!」


 ようやく電話に出たと思ったら、電話の向こうから眠たそうな声が聞こえてくる。

 ったく、この人は…。


「ん~、まだ8時だよぉ~………は、8時半!?!?!?」

「だから言ってるじゃないですか…。早くしてくださいね。待ってますから」

「わ、わわわわわ!ど、どうしてもっと早くに起こしてくれなかったの!ワンちゃん!」

「何度着信してるのか、この電話を切ったら確認してください。それじゃ僕はこれで」

「あぅ~、人でなし~!彼氏ならもっと優しくしてよ~」

「何言ってるんですか…、普通だったら電話で起こしませんよ。それよりも早く来てくださいね。それじゃ」

「あ~、ま、待って!」

「なんですか?迎えに行けとかいうのは無しですよ?」

「違うよ!おはよう、ワンちゃん」

「……おはようございます。かい…綾乃さん」

「うふふ、綾乃でいいのに」

「…早く来てくださいね」


 こっちから一方的に切る。

 ったく、恥ずかしい…。

 スマホをポケットに入れて少し赤くなった顔を隠す。


 僕と会長が付き合ってからもう2年。

 長いようで物凄く短かったような気がする。

 今日で会長は四條学園を卒業する。


「真也~、綾ちゃんはいつ来るんだ?」

「さぁ?今起きたらしいよ」

「ふ~ん。とりあえず時間はどうすればいい?答辞は綾ちゃんだろ?」

「…まぁ何とかしてみるよ」

「さすが生徒会長。頼りになるね」

「辞めてよ、まだ言われ慣れてないんだから恥ずかしい」


 要くんはおかしそうに笑いながら生徒会室を出て行く。

 そう、僕は現在生徒会長なのだ。

 会長が生徒会長を退任したのは去年の新入生歓迎会が終わった後。


 生徒からは「まだ続けてほしい」という意見が飛んでいたが、きっぱりと終わった後に「辞めます!」と言った。

 そして、生徒会長が居なくなるということは選挙が行われるのだが、僕は本来そこに参加する意思は無かった。

 だって、会長のいない生徒会は想像できなかったから。会長がいるからこその生徒会だったため、僕も副会長という職を止めようと思っていたのだ。

 しかし、いつの間にか会長の推薦で立候補している形にされ、生徒会長選挙に出馬。


 僕の他に3人の立候補者がいたが、なんと全票の8割という圧倒的な票数を得て、僕が生徒会長に。

 そこからは本当に大変だった。


 会長みたいに1人で行けるなら楽だっただろう。しかし、僕はそんな凄いわけじゃない。

 まず、要くんに副会長を頼むと「ごめん、興味無いや」と満面の笑みで断られ、他のクラスメイトにも頼んでみたが「いや、そんなあの生徒会長の後に生徒会員になるなんて…」とほとんど断られた。


 皆の気持ちはよくわかる。 俺だって、同じ気持ちだったのだから。

 あの絶対的な人気を誇った生徒会の後なんて、厳しい目で見られるに決まっている。

 だから、頼むことに強く言えないのだ。

 もちろん、立候補した人たちにお願いをしてみたけど、同じく断られる。

「生徒会長じゃなければ意味がない」という言葉で。


 そんなこんなで、僕は色んな人に副会長になってもらうように頼んだのだ。

 そして、僕が生徒会長になってから1週間後、ついに副会長が見つかった。

 クラスメイトであり、要くんの彼女である「宮地志乃」さんが副会長になってくれたのだ。


「うん、いいよ」という一言をくれたのだ。

 本当にありがたい。そして、何気にハイスペックで物凄く役に立つのだ。

 簡単に言えば、会長の仕事量を5割減だけど、我が儘言わないので非常に役に立つ。


「宮地さん、もう大丈夫だよ。あとは僕1人で出来るから」

「わかった。それじゃ私は体育館の方に行ってる」

「うん、ありがとう」


 宮地さんが生徒会室から出て行くと、中は静かになる。

 会長も1人の時はこんな気持ちだったんだろうか?

 僕の中では騒がしいというイメージのある生徒会だけど、もうその生徒会は無いだろう。


「ふぅぅ…さて、やるか!」


 会長が身支度や道のりを考えて約50分。

 しかし、卒業式は9時から。

 まぁ普通に考えて間にあわないだろう。

 僕は生徒会長の椅子から立ち上がり、もう一度祝辞の文を読み直す。

 そして、頭の中に入れると生徒会室を出た。


 僕が生徒会長になって初めて気が付いたことなのだが、この四條学園の卒業式は他の学校とはかなり異なる。

 そもそも、卒業式を仕切るのが生徒会なのだ。だから、学校のお偉いさんの話、校長の話などが一切含まれない可能性もある。

 今回は答辞を言う元・会長が居ない為、急遽校長の話を入れているけど。


 しかし、校長の話を淡々と長くさせていても面白くないし、卒業生にとっても苦痛でしか無い。

 つまり、大した時間は作れなかった。

 そして、会長がまだ到着していないのに、僕の祝辞が始まる。


「卒業生の皆さま、生徒会長の犬塚真也です。

 えっと、なぜか前・生徒会長 藤堂綾乃さんが到着していないため、こんなグダグダな展開になってしまいました事をまず謝罪させていただきます。

 さて、卒業生の先輩方にはたくさんお世話になりました。

 体育祭から文化祭。様々なイベントにご協力していただいき、僕たち後輩も楽しい時間を一緒に過ごさせていただいたと思います。

 私事ではありますけど、前生徒会長 藤堂綾乃さんの凄さは今でも身にしみて感じます。

 あの人は、本当に優秀で何でもできる人でした。

 そして、人の心を掴むことに関しては天才的だったと思います。だから、あんな楽しいイベントをたくさん思い付いて実行できたんだと思います。

 僕もあの人の後ろで色々な事を学ばせていただいて、高校という場が楽しい場だと感じました。

 だから、こうして生徒会長になったんだと思います。

 これからこの場を旅立つ先輩方はこの先、どんな未来が待っているか分かりません。

 だけど、辛いと思った時、この場所を思い出してください。

 そして、隣に居る、一緒に居る友達の事を思い出してください。

 皆さんの生徒会長だった藤堂綾乃を思い出してください。

 きっと、頬が緩んでいつの間にか笑っていると思います。

 それだけで、先輩方はどんな未来にも歩いていける。僕はそう思っています」


 我ながら本当に大した事のない祝辞だ。いや、もはや祝辞じゃないな。

 そんなことを思いながら舞台から降りようとすると、体育館の扉がバンっと勢いよく開いた。


「ま、まったあああ!!!」


 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、額に少し汗をかいた前生徒会長 藤堂綾乃が現れる。

 この人…せめて、静かに入ってくるとかしてくれよ……。

 会長の後ろには申し訳なさそうな顔をした宮地さんが居て、"あぁ、止められなかったんだ…"と心の中で宮地さんに同情してしまった。


「ま、間にあったぁ…。ふぅ……うっ、お、遅れてすみません…」


 ようやく自分のやったことの重大さに気が付いた会長が顔を真っ赤にしながらペコペコと頭を下げる。

 来賓席からはクスクスと笑いが漏れており、卒業生の中からも笑いが生まれる。

 あぁぁ…せっかく卒業式らしい雰囲気だったのに…。


「そこの遅刻した藤堂綾乃さん、早く卒業生代表として答辞をしてください」


 もうこうなってしまえば、彼女のペースにしてあげるしかない。

 これは彼女たち卒業生のための卒業式なのだから、今までのような感じにしてあげるべきなんだろう。

 僕の発言で我慢をしていた卒業生たちは笑いの声が大きくなる。

 体育館全体が一気にしんみりとした雰囲気からほんわかと優しい雰囲気に変わる。

 やっぱり、あの人は凄い。


「わ、ワンちゃん!?そんなマイクで言わなくても」


 湯気が出るんじゃないか?と思うぐらい真っ赤になった会長を見ながら、こっちに来るように言う。

 そして、体育館全体で笑いが起こっていたというのに会長がマイクを持つとシーンと静かになった。


「ふぅぅ…答辞。…って、あー!紙持ってくるの忘れた……」

「「「「あはははははははは」」」」


 ダメだ…この人、完全に卒業式の雰囲気を壊した…。

 せっかく四條学園で最も優秀な生徒会長だった彼女の素晴らしい答辞が聴けると周りが真剣な雰囲気になったのに…。


「藤堂綾乃さん、何でもいいのでさっさとしてください」

「あぅ、ワンちゃん、そんな怒らなくてもいいじゃない…そもそも、ワンちゃんが起こしてくれないからこんな事態に」

「はぁ?さっきも言いましたけど何度も電話しましたよ!」

「電話じゃ起きないの知ってるでしょ!起こしにきてよ!」

「なんでそんなことまでしないといけないんですか…、僕はあなたの執事じゃないんですよ」

「彼氏でしょ!それぐらいしても良いと思うもん」

「なっ………」


 卒業生の前なら皆知ってるから良いけど、今日は親も偉い人も来てるってのになんでそんな……。

 校長や教師の方を見ると俺と同じことを考えていたのか、頭に手を置く。

 来賓席の方ではビックリしたような顔をして僕と会長を交互に見る。


 これは…四條学園史上最悪の卒業式になりそう……。


「と、とにかく!早く答辞の方を」

「あ、話をすりかえる気でしょ!ワンちゃんはいつもそうやって」

「ちょ、まっ」

「ワンちゃんの悪い所だよ。自分に悪い事が起きたらそうやって話をすり替えようとする。それですり替えられなかったら私を抱きしめてパニックにさせるんだから。そりゃ、未だに抱きつかれてパニックになる私も私だけど…だけど、ずるいよ!」

「ちょ、まっ!それ以上やめて…」


 これ以上の羞恥プレイはおそらく今後の人生において一生無いだろう…。

 さすがの卒業生たちも僕と会長のプライベートなことまでは知らない。

 つまり…僕は今、この体育館中の視線を浴びているのだ…。

 そして、その重大さにようやく気が付いてくれた会長も顔を真っ赤にしながらパクパクと口を動かす。


 あんたのせいで…もう…最悪だよ……。


「あははははは、綾乃。最高に面白いね」


 この状況で大爆笑しているのは岩瀬先輩しかいない。

 あの人、この状況で笑えるって言う時点で普通じゃない。


「藤堂綾乃さん……答辞の方お願いします…」

「は、はぃ……」


 これ以上の時間は使えない。

 僕の顔はどんな感じだろう。真っ赤だろうか?それとも湯気が出ているんだろうか?

 早く切り替えないといけないのに切り替える事ができない。

 しかし、会長はやはり天才だ。

 大きく深呼吸をして、マイクを握り直すと、さっきまで湯気が出そうなほど顔を赤くしていたのに、すぅーと普段の真面目な藤堂綾乃の顔になる。


「私たちがこの学校に入ったのは今から3年前の事です。

 この四條学園は有名な進学校でもあり、憧れでした。そして、実際に入った後もたくさんの新鮮な出来事があり、毎日楽しい日々を過ごさせていただいたと思います。

 たくさんの友達、優しい先生方、私はこの四條学園でたくさんの宝物を見つける事ができました。

 この思い出は一生の宝物になります。本当にありがとうございました。

 そして、ここからは私個人の事になってしまいますが、お時間の方を少し頂きたいと思います。

 私は1年生の中ごろから生徒会長の座に着かせていただきました。

 普通の高校では考えられないような予算の中で学校を楽しくしてほしい。と校長先生から言われた時、この学校に入って本当によかったと思いました。なぜなら、生徒の事をここまで考えてくれる学校は他に無いと思ったからです。

 その予算額はここでは言えませんが、私は出来る限り、在学生に楽しい学園生活を送っていただけるように努力させていただきました。

 その努力が実ったかは私は分かりません。しかし、2年生になった時、ふと思ったんです。

 これは私の自己満足なんじゃないか?って。そう思うと今までやってきた事が怖くなりました。

 だからかもしれません、今の生徒会長。犬塚真也くんを生徒会に誘ったのは。

 彼は入学当時、淡々とこの学園生活がすぎるのを待つと言った感じでした。

 だから、私は彼を誘ったんです。彼を楽しませることができたなら私の努力が実ると思ったから。

 だけど、実際は違いました。私が彼に楽しませてもらっていた。

 生徒会という大きく見えて狭い世界の中で私は満足していた。しかし、その狭い世界から私に手を差し伸べて、皆さんと同じ世界へと導いてくれたんです。

 たぶん、彼がこの学校に入ってくれなければ私はここまで学校が楽しいと思うことは無かったと思います。彼が居なければ3年生の夏まで生徒会長をやっていたと思います。

 だけど、それはしなかった。なぜなら、彼が生徒会でない楽しさを教えてくれたから。

 生徒会は本当に大変な仕事だと思います。ワンちゃんだって、2年生から生徒会長というのも凄いことです。

 だけど、それに負けず頑張って在校生を楽しませてあげてね。

 そして、次の文化祭は今年よりも凄い事をしてください。そして驚かせてください。

 私たちは、いえ、私は必ず来ますから。

 だから、頑張ってね、ワンちゃん。期待しているよ。

 すみません、長々と私事を話してしまいました。

 あ、卒業生の皆も同じ気持ちだと思います。本当に今まで楽しい思い出をありがとうございました。

 私たちはこの楽しい思い出と共にこの学校から旅立ちます」


 会長は満足したような顔をすると、ペコっと頭を下げる。

 現生徒会長の僕も会長も結局私事ばかりだ。

 これでは祝辞も答辞もなっていない。

 しかし、体育館の中の雰囲気は会長が話す前と比べ物にならないほどシンミリとした雰囲気がある。

 やっぱりこの人は凄い。

 僕ではこんな雰囲気は一瞬で作りだせない。ましてや、言っている事はほとんどが私事なのだから。

 それでも、この雰囲気を作れるのだ。

 会長は階段を降りて行き、自分の席に座る。

 そして、横にいる友達達とコソコソ話しをする。


「卒業証書授与。代表者 藤堂綾乃さん」


 人数が多いこの学年は全員に配っていると時間が長くなる。

 そこで代表者に受け取ってもらうことにするのだ。

 代表者はこちらが決めるのではなく、卒業生のアンケートで決めてもらった。

 卒業生の意思を尊重したかったから。

 まぁ…予想は簡単に付いたため、予定通りなのだけど。


 会長は席を立つと、再び壇上に上がり、校長先生から卒業証書を受け取る。

 僕のその姿を見ながら本当に会長は卒業するのだと感じてしまった。

 会長が居たから今の僕がいる。もし、会長が居なかったら…なんてことは想像は付かない。

 それほど、会長が僕の近くにいることが普通だったのだから。

 だからこそ、僕はこれから頑張らなければならない。

 彼女の期待に答えるためにも。彼女が来年、ここの文化祭に訪れた時に驚かせられるように。


 卒業証書授与が終わると、ここからは予定通りのペースで進んでいく。

 そして、最後の行事が始まる。


「卒業生、退場」


 僕の合図と共に卒業生が一斉に立ち上がり、担任の先生を先頭に体育館から出て行く。

 卒業生の中には涙を流す生徒もいるが、皆どこか満足した顔をしている。

 すべての卒業生が体育館を出て行った後、ここから来賓・保護者の方々の誘導など様々な事を行う。

 ほとんどは先生などが行ってくれるが生徒会も動く。

 そして、椅子などの片付けを在校生の人に頼み、宮地さんに体育館を任せる。

 僕はすぐに生徒会室へ向かい、次に行われる卒業生対象の卒業パーティーの準備。

 卒業パーティー会場は僕の知り合いである人を通じて知り合った人が提供してくれる。


「四條学園生徒会の犬塚真也です。沙羅さん、今お時間は大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。そっちの卒業式は終わったのかい?」

「はい。なんとか無事終わりました。これから約…2時間後にそちらに向かう予定です」

「2時間後ね、わかった。それにしても、予定がピッタリじゃないか」

「いや、ちょっとオーバーです…。答辞をする人が遅刻してしまったので」

「あぁ、君の彼女ね。まぁ無事に終わって良かったよ。それじゃこれからこちらも準備をするよ」

「はい。すみません、何から何までやっていただいて」

「いや、大丈夫だ。千夏と楓太くんにも働いてもらっているから」

「ほんと…感謝でいっぱいです」

「それじゃ2時間後に」

「はい。失礼します」


 電話を切り、見えない相手に頭を下げる。

 本当に…あの高峯家と関係を持つなんて思いもしなかったなぁ…。

 高峯といえば世界的にも有名な名家中の名家だ。

 その名家の人と関係を持つことになったのだから…世の中は恐ろしい。


 大きく息を吐きだして、緊張を解き、次の作業へ映る。

 これから、校内放送で卒業パーティーの案内をしなければならない。

 僕は急いで放送室へと向かい、校内放送を行う。


「卒業生の皆さんにお伝えします。

 本日、卒業生対象の卒業パーティーを行います。

 参加者の方は1時間後、校門前に集合をお願いいたします。

 なお、パーティー会場にはバスで移動しますので時間厳守でお願いいたします。

 繰り返します。

 卒業生対象の卒業パーティーを行います。

 参加者の方は1時間後、校門前に集合をお願いいたします。

 なお、パーティー会場にはバスで移動しますので時間厳守でお願いいたします。

 以上、生徒会からでした」


 ぴんぽんぱんぽーん。という音と共にマイクをOFFにする。

 そして、携帯電話を取り出して、電話を掛ける。


「はいは~い。ワンコくん終わったの?」

「あれ…これ九十九さんの携帯ですよね?千夏さん」

「そだよ~。それよりも卒業式終わったみたいだね。お疲れ様」

「ありがとうございます。沙羅さんから聞きました。動いてもらってすみません」

「ううん、大丈夫だよ。それよりも卒業式は上手く行った?」

「はい。なんとか無事に。会長が遅刻しましたけど」

「あはは、まぁ綾乃ちゃんらしいね。あ、ふーちゃんに変わるね」

「卒業式、お疲れ様。犬塚くん」

「あ、九十九さん。すみません、お仕事忙しいのに動いてもらって」

「ううん、大丈夫だよ。それに沙羅さんに言われたらね…」

「すみません…。あ、これから2時間後に会場に着く予定なんですけど、もしかして九十九さん達も?」

「あぁ、うん。僕は駆り出されるかな。チィ姉はさすがに連れていくと騒ぎになるし、香苗もいるから行かせないけど」

「本当にすみません…」

「いや、いいよ。気分転換になるし、それにイベントは嫌いじゃないから。それよりも何か俺が手伝うことは無い?」

「そんな九十九さん、大丈夫です」

「そう?なら、良いけど。あ、そうそう。沙羅さんも会場に行く予定らしいから気を付けてね」

「え?どうしてですか?」

「あの人が動くと何かするから。まぁ悪いようにはならないと思うよ。ただ、予定は狂わされることは覚悟しておいて」

「予定を狂わされるのはちょっと…」

「あの人はそういう事が好きだから。あの人に予定は伝えてあるんでしょう?」

「はい。見せてほしいと言われたので」

「なら大丈夫だよ。始まりと終わりはしっかりとしてくれるはずだから」

「それなら良いんですけど…。でも、パーティーですから僕も楽しみにしておきます」

「その気持ちが大切だね。それじゃ俺も動くよ。また会場で」

「はい。ありがとうございます」


 携帯をポケットに仕舞うと、生徒会室へと戻る。

 今から少しだけ休憩タイムだ。

 朝からずっと動き詰めだったから若干疲れがで始めている。


「ふぅぅ…疲れた…」


 生徒会長の椅子にどさっと体を落とす。

 今頃、教室の中では卒業生に卒業証書を渡している頃だろうか。

 もしかしたら終わっているかもしれない。もう皆で楽しく写真を取り合ったり、アルバムに寄せ書きを書いているかもしれない。

 会長はたくさんアルバムに寄せ書きしてそうだなぁ。


 今までの疲れがドッと押し寄せてきたのか徐々に目が重くなって行く。

 ここで寝てしまったらダメなんだけど…15分だけ仮眠を取ろうか…。


 携帯を取り出し、アラーム機能を設定する。

 そして、耳の近くに置いて机に突っ伏す。


「ふぅ…少しだけ…」


 目をつぶると一瞬で暗闇の世界に飛び込み、頭が休まれるのがよく分かる。

 しかし、どうしてか寝ることはできない。頭は活動している、でも何も考えられない。

 確か、目からの情報は頭の機能をかなり使うと聞いたことがある。

 目からの情報は僅かな割合らしく、僕たちが見ている世界はほとんど頭が勝手に処理をしているらしい。

 だから、目を閉じ、情報を遮断するだけでかなり頭が休まるってTVで言っていた。


 目を閉じていると、比較的人気のあまり多くないこの生徒会室からでも賑やかな声が微かに聞こえる。

 これからあの先輩たちはどんな人生を歩んでいくんだろうか…。

 僕もあと1年もすればここを卒業することになる。

 あと1年であんな大人っぽくなれるものなんだろうか……。


 目をつぶりながらそんなことを考えていると、生徒会室に向かって歩いてくる足音が聞こえる。

 その足音は徐々に大きくなっていき、ガラっ!とドアが開く音が生徒会室の中に響いた。


「あれぇ~、ワンちゃん寝てるの?」


 会長の声だ。

 どうしてこんな時に生徒会室に来るんだろう?

 少し疑問に思いながらも、なんとなく目を開けずに過ごす。

 会長の足音は廊下を歩いていた時よりも静かに歩いているのか、コツコツという音が聞こえる。

 そして、近くに気配を感じると上着か何かを掛けられた。


「今日は頑張ったもんね。おつかれさま、ワンちゃん」


 会長の顔は今どんな顔だろう?

 優しく微笑んでいるんだろうか?

 そんな疑問が浮かび上がるが、次の出来事でそんな疑問は吹き飛ぶ。


「本当にお疲れ様。一生懸命頑張ってる姿はちゃんと見てたよ」


 僕の頭を会長が優しく撫でる。

 いつもとは違うトーンの声。


「本当にワンちゃんでよかった。

 こんなに好きになる人ができて良かったよ。

 これからもずっとに一緒にいようね。愛してるよ、真也」


 とても優しい声のトーン。

 いつもの会長からでは想像もできないような声の優しさだ。

 急に起きて会長をビックリさせようと思っていたけど、そんなことをする勇気は無い。

 むしろ、優しく頭を撫でてくれているのが心地よい。


「さてっと、それじゃ私は戻ろうかな。ありがとう、聞いてくれて」


 会長はそう言って、頭から手を退けると僕の頬に軽くキスをする。

 そして、生徒会室のドアが閉まり、小さくなっていく足音。

 もしかして…会長は俺が起きているのを知っていた?

 それに…真也って……。


 ガバッと身体を起こし、さっきのが現実だったのかを確かめる。

 時間にして30分程度過ぎている。

 アラームが鳴らなかった…?

 というか、もう30分も経ったのか??

 慌てて、現時刻を確かめるとバスが到着する時間帯だ。


 掛けてもらった上着を綺麗に畳み、カバンの中に入れる。

 そして、校門の方へ走って向かうと30人程度乗れるバスが2台来ている。

 バスの運転手に挨拶をして、これからの予定を打ち合わせる。

 そして、打ち合わせを終えたあと、次に放送室へと向かい、校門に集合してもらうようにアナウンスをし、そのまま自分も再び校門へ戻る。


 ぞろぞろとアナウンスを聞いた卒業生たちが校門に集まってくる。

 今回の卒業パーティーの参加者は40~50人程度。

 卒業生が100人以上いる中で、40~50人だから参加率としては良い方だろう。


 パーティー参加者の乗ったバスはゆっくりと高峯さんが用意してくれたパーティー会場に向かう。

 卒業生はワイワイガヤガヤと楽しそうに話している中、何故か僕の隣には会長が座る。


「…あの、どうして皆とワイワイしないんですか?」

「ワンちゃんはどうしてワイワイしないの?」

「卒業生じゃないですし」

「私、卒業生だけど」

「………バカなんですか?」


 この人、頭がおかしいのか?と真剣に心配してしまうが会長はクスクスと笑う。


「ワンちゃんはいつも私を楽しませてくれるね」

「本当に大丈夫ですか?頭打ったんじゃないですか?」

「大丈夫だよ。も~、ワンちゃん可愛いなぁ~」

「あ~~もう!頭触るの止めてください!」

「少しは自重してくれないか?一応私たち卒業生がメインのイベントなんだけど。君たち2人のラブラブっぷりに私たちは引いてるよ」

「うわっ!?」

「むふふ~、いいでしょ~奈央」

「犬塚くん、一度でいいから綾乃を叩いてもいいかな?」

「どうぞ」

「いたっ!ワンちゃんなんで守ってくれないの!」

「会長は痛い目に遭うべきです。それよりもそろそろ後ろに戻ってくれませんか?これからの事を打ち合わせしたいので」

「うぅ~」

「綾乃、せっかく犬塚くんが色々考えてくれているんだから邪魔しちゃいけない。行くよ」


 岩瀬先輩は会長を確保すると、後ろの方へ引きずっていく。

 その姿にバス内は笑いで包まれるが、自分の彼女が笑い物にされているってのは何とも変な心境だ。

 まぁ今はそんなことよりも…。


「すみません、犬塚です。高峯さん、お時間大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。そろそろかい?」

「はい。あと10分もあれば着くと思います」

「わかった。こちらの準備はすでにできているよ」

「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」

「ああ。最高の思い出を作ってあげるよ」


 プツンと電話が切れて、思わず携帯を見る。

 最高の思い出ってなんだろう…?

 九十九さんの言っていた事が頭によぎるが…まぁそれもまた良いかもと考え直す。

 バスは予定通り、パーティー会場に着くとバスの中から驚きのため息がこぼれる。

 そりゃそうだ。今、バスが止まったのはこの辺では超高級ホテル。

 一般人が入れるようなホテルじゃない。ましてや学生の身分が。


「卒業生の皆さん、バスを降りてください。パーティー会場にご案内します」


 驚きのあまり動きが遅い卒業生たちをせかしながらバスを降りてもらう。

 そして、僕を先頭にホテルの中に入ると綺麗なスーツを着た支配人らしき人と数人の人が迎えてくれる。


「御卒業おめでとうございます。四條学園の皆さまをお待ちしておりました。パーティ会場へご案内いたします」


 おぉぉ…、さすが高級ホテルの偉いさんだ。オーラが違う。

 ザワザワしていた卒業生たちは支配人さんの後を着いていく。

 僕も後を着いて行こうとすると視界の端の方に手を振る女性が見えた。

 …あれ?


「ワンコく~~ん」

「ちょ、チィ姉!」

「まーま!」


 遠くの方で九十九さんの顔がすでに疲れを見せている…。

 その横では満面の笑みを浮かべながら小さな女の子を大切そうに抱いている。

 確か、香苗ちゃんだ。物凄く愛きょうのある可愛い子。

 きっと将来美人さんになる。

 というか、一応数年前とはいえ有名人なあの千夏さんが堂々としすぎだろ…。

 僕は慌てて、九十九さんの所へ向かう。


「50人ぐらい参加してくれるんだね~。沙羅から聞いたより人が多いかも」

「え、あの大丈夫なんですか?」

「ん?何が?」

「いや、香苗ちゃんは」

「香苗も楽しい場所行きたいもんね~」

「なー、なー」


 香苗ちゃんは俺の事が理解できているのか、小さな手を俺の方に伸ばしてくる。

 話せない香苗ちゃんなりの挨拶なのだろう。

 僕も挨拶のために指を差し出すとそれを掴む。


「香苗はワンコくんの事、好きなんだね」

「犬塚くんはイケメンだからね。それよりも皆は上に行ったけど大丈夫?」

「あ、本当だ。僕、行きますね。バイバイ、香苗ちゃん」

「さて、俺達も行動しようか。チィ姉」

「そうだね。ワンコくん、またね」


 九十九さん達はそう言って、別のエレベーターの方へ向かって歩き出し、僕も急いでパーティー会場へと向かう。

 それにしても…一度、どんな場所でやるのかを見に来たことあるけど…本当に学生の卒業パーティーを行うようなレベルの会場ではない。

 それこそ、お金持ちや政治家さんたちが開くような会場だ。

 パーティー会場には辺りをキョロキョロと見て、あまりの豪華さに困惑している卒業生たちがいる。

 僕は予め用意されていたマイクを持ち、話す。


「卒業生の皆さま、お待たせいたしました。

 友人たちと美味しい料理を囲みながら、学園生活を語ってもらえると僕としても嬉しいです。

 それでは、これより、卒業パーティーを開催いたします!!」


 僕の一声に、卒業生たちは目の前に大量に置いてある豪華な料理に走る。

 これほどの豪華なパーティー会場だ。僕が何かしなくても良い思い出になるだろう。

 それに、これから大学が別々になる友人たちと色々話したいと思う。

 開催の言葉を言うと僕もしばらく仕事は無くなる。


 目の前の豪華な料理を一口、二口食べて、その美味しさに感動していると入口の方に高峯さんの姿が見えた。


「やぁ。皆、楽しんでくれているかな」

「高峯さん、このたびは本当にありがとうございました」

「君のご両親が作ってくれるフルーツほど美味しいモノは無いけどね」

「それでもこんなに良い会場を用意していただけるなんて」

「まぁ大したことじゃない。それよりも、これからの予定は渡してもらった通りなのかい?」

「はい。これからは自由に食事をしてもらって、2時間後に終了予定です」

「その間は特に何もしないんだね?」

「まぁそうですね。皆、楽しく会話をできればいいと思ってますし…、それに予算が」

「あぁ、なるほど。それじゃこちらもサービスをしてあげよう」

「え?」

「楓太くんから聞いているんだろう?私は予定を狂わせるのが好きなんだ」


 高峯さんはニコッと笑顔を見せると携帯を取り出す。

 そして、「よろしく」と言って携帯を閉じる。


「あ、あの…」

「大丈夫。今、料理を食べている学生たちには一生忘れられない素敵な出来事を作ってあげるだけだ」

「も、もしかして…」


 千夏さんがこのホテルに来ているということを考えると…おのずと高峯さんがやろうとしていることが分かってくる。

 1年以上前に引退したとはいえ、あの星井千夏だ。卒業生にとって凄いサプライズになる。

 でも…千夏さんには香苗ちゃんがいるし…。


「くくく、安心していい。私も千夏に出てもらおうなんて思っていないよ。もちろん楓太君にもね。

 まぁどうなるかはお楽しみだよ。特に千夏はね」


 高峯さんはそういって、廊下の向こうから歩いてくる2人の女性に手を上げる。

 僕はその手を振る先に視線を映す。


「え!?」


 こちらに歩いてくる2人の女性のうち、1人は僕もよく知っている人物だ。

 というか、日本で知らない人はいない。

 あの人の出る作品はTVに疎い僕でさえ、知っている人物であり、その歌声も凄いの一言。

 少し前まで星井千夏の人気に唯一並べた絶対的アイドル 小雪だ。


「この子がお姉ちゃんの言っていた子ですか?社長さん」

「ああ。犬塚くんはなかなかいい子だよ」

「へぇ~、今日はよろしくお願いします。小雪です」

「え、あ、いや……えっと、こちらこそよろしくお願いします!」

「うふふ、確かにお姉ちゃんが好きになりそうな子かも」

「小雪ちゃん、そろそろ準備しましょう」

「あ、はい。それじゃ社長さん、犬塚くん行ってきます」


 ヤバい…。千夏さんの時もそうだったけど、小雪さんの笑顔はヤバい…。

 熱狂的なファンでない僕でさえ、その笑顔には心を奪われそうになる。

 これは会長を超えて……いや、そんなことを考えてはいけない。


「犬塚くんも楽しんで。それじゃ私は別の仕事があるから行くよ」

「あ、はい。すみません。本当にこんな豪華な所を用意してもらってありがとうございます」

「気にしなくていい。世の中は人で繋がる。私の人生は特にね。だから、これからも関係を築いていきたい人間には私の力を最大限に使う。それだけの事だよ」

「僕は親に感謝しないとですね。父さんや母さんが居たから九十九さんや千夏さんに出会えて、高峯さんとも出会えたから」

「ふふふ、君のご両親もそうだけど私は君との関係も築きたいと思っているんだけどね。あぁ君の彼女ともだけど。それじゃ私は行くよ。それじゃ楽しい時間を過ごして」


 高峯さんはそう言って、立ち去る。

 僕との関係を築きたい? こんな僕に何を見出したのだろう?

 でも、あの高峯さんと関係を築けるなんて物凄い事だ。


 あまりに大きな事に身体が震える。

 だけど、震えている暇は無い。

 だって、これからあの小雪さんが現れることになるんだから。


 僕は深呼吸をして、心を落ち着かせ、パーティー会場へ戻ると卒業生の皆は楽しそうに食べ、話している。

 もう少しすればここのあの小雪が現れるなんてこの中に居る誰もが予想していないだろう。


「ワンちゃん」

「あぁ、会長」

「会長じゃないよ」

「なんですか?」


 会場の端でご飯を食べていると会長が1人で僕のところへ来る。

 うん、この人の笑顔はやっぱり良い。小雪さんもそうだけど、僕はこっちの方が良いかも。


「ううん、特に用は無いけど。さっきから会場を出たり入ったりしてたから忙しいの?」

「いえ。この時間は特にやることはありませんよ」

「そっか。でも、こんな大きな会場取れるなんてすごいね」

「僕の力じゃないですけどね。九十九さん達が動いてくれたんです」

「え!それじゃ来てくれてるの?」

「挨拶してきました。会長は今を楽しんでくださいね。特に今から」

「どういうこと?」

「まぁこれからのお楽しみです」

「何か企画してくれたんだ。さすがワンちゃん」

「僕じゃないですけどね。それじゃ僕は少し用事を思い出したので。あぁそうだ、腰抜かさないようにしてくださいね」


 ?マークを出しながら僕の方を見ている会長にニコッと微笑んでから会場を出る。

 僕は会長に隠しごとをできるほど嘘は上手くない。

 しばらく、会場の外にある椅子に座っていると遠くの方に小雪さんが現れる。


「あ、犬塚くん。待っていてくれたの?」

「いえ。会場近くにいると出てくる先輩達に言ってしまいそうなので」

「なるほど。それにしても……」


 小雪さんが俺の顔の近くまで寄ってくる。

 本当に綺麗な顔だなぁ…。


「うん。お姉ちゃんから聞いてた通り。君は普通じゃないね」

「え?」

「一応、私も有名人だよ。同じ世界の人なら別だけど、普通の世界に居て、初対面で出会った人はそんな反応できないもん。お姉ちゃん、驚いていたよ。ワンコくんは大物になるよ!って」

「すみません、これでもかなり動揺はしているんですけど」

「あはは、そっか。あ、お姉ちゃん来た!」

「美羽ちゃん、お仕事お疲れ様~」


 うわぁ~…、僕は凄い風景を見ているんだ…。

 あの千夏と小雪が目の前にいる。

 もし、この人たちのファンなら死んでもいいだろう。


「お姉ちゃん、お兄ちゃんは?」

「ふーちゃんは香苗見てるよ」

「そっか。あ、そうだ、お姉ちゃんも一緒に出ようよ!」

「え~、だって私太ったもん」

「大丈夫、その服装で」

「ん~…出たいけど、ふーちゃんに怒られるかも…」

「怒らないよ。どうせこうなることぐらい予想は付いてる」

「お兄ちゃん!香苗ちゃんも」

「ふーちゃん」

「行ってきなよ。今日だけ星井千夏と小雪のスペシャル復活ライブ」

「ふーちゃん……ありがとう!好きー!」

「はいはい。美羽、悪いけどこの人を頼むよ」

「うん!お姉ちゃん!いこ!」


 小雪は千夏さんの手を取ると、2人は楽しそうに会場のドアを開ける。

 そして、一瞬の静けさが訪れ、ドアが閉まると同時に地球が揺れるのではないか?と思うほどの叫び声が聞こえてきた。

 あぁ、本当に忘れられない卒業式になりそうだ…。


「ごめんね、犬塚くん」

「え?どうしてですか?」

「悪いとは思ったんだけど卒業式を利用させてもらったから」

「利用?」

「チィ姉は子育てを楽しんでいるけど、ストレスはたまるから。たまにはガス抜きをしないと。 本当は人の卒業式を利用するのは良くないんだけど…あの人は有名人だったから外に遊びに行くのも難しいんだ」

「そうだったんですか…。でもそのおかげで僕も忘れられない思い出になります」

「そう言ってもらえると助かるよ。それにしても、美羽も君の事を気に入ったみたいだよ」

「そんなことは無いと思いますけど…、ぼくは普通の人ですから」

「まぁそういうことにしておこうかな。あぁ、そうだ。沙羅さんから伝言。卒業式が終わったら君の彼女も一緒にここに残ってほしいってさ」

「え?どうして」

「将来有望な人間は身内に入れる。ってことじゃないかな。さてと、ここじゃ香苗が眠れないから部屋に戻るよ。犬塚くんも楽しんでね。それじゃまた」


 有望な人間か……。

 高峯さんに認められる事は嬉しいけど、僕はその期待に応えられるような事はない。

 九十九さんや千夏さん、小雪さんはその期待に応えられる。

 会長も応えられるだろう。だけど、僕は…そんな力があるとは思えない。

 所詮、四條学園の生徒会長だ。それも今だって会長のやってきた事を繰り返しているに過ぎない。

 去っていく九十九さんの背中を見ながらあの人たちは特別なのだ。と思ってしまう。

 だけど……出来るなら、もし高峯さんの期待に応えられる事ができたなら僕は今よりも大きくなれる。


「なれるかな。あんな大きな人に」


 ガヤガヤと騒いでいる会場のドアを開けると、小雪さんが最近出した新曲が流れる。

 卒業生の人達は皆、リズムに乗っていて楽しそうにしている。

 そして、その横には千夏さんも楽しそうに歌う。

 2人だけならいい。そのトップアイドルの間には会長が楽しそうに歌っているのだ。

 あの星井千夏と小雪と一緒に。


 やっぱり、あの人化け物だわ…。


 楽しい歌の時間はあっという間に過ぎて行く。

 結局、会長はずっとステージの上で星井千夏さんと小雪さんと一緒に歌い続けた。

 あり得ない。本当にあり得ない。

 この人はやっぱりあり得ない。規格外だ。


「ワンちゃん!すっごい楽しかった!!!」

「そうですか。お疲れ様です」

「あのね!本当に楽しかったの!」

「よくあの2人の間で歌えますね。僕はそっちの方が信じられないです」

「ワンちゃんもやってみたら楽しいよ!あ、それにね、さっき千夏さんと小雪さんから最上階のスイートルームに来て欲しいって言われたんだ」

「あぁ、それは僕も言われています。とりあえず、この卒業パーティーは完遂します。それが僕にできる卒業生への感謝の気持ちですから」


 2人のアイドル達が盛り上げに盛り上げてくれたこの会場の雰囲気を潰すわけにはいかない。

 ここからは僕の仕事だ。

 千夏さんと小雪さんに感謝の言葉を伝え、今僕に出来る事をする。


「ワンコく~ん、私その答えわかったー!」

「ワンちゃん!その答えは!」


 ……ただ、あれだ。

 会長の賢さは分かっていた事だけど、千夏さんまで会長レベル…いや、頭の良さはそれ以上か。

 スマホで調べた問題に対して、阿うんの呼吸のように答えを導いてくる。

 他の人はもはや入る隙は無い。というか、会長VS千夏さんの知識バトルを楽しんでいるように見える。

 やっぱりこの人達には敵わないな…。


 30分という長いと思っていた時間はあっという間に過ぎて行く。


「卒業生の皆さん。すみません、この楽しい時間がそろそろ終わりになりそうです。

 この卒業パーティーは僕だけの力ではここまで楽しい事はできませんでした。

 星井千夏さん、小雪さんには本当に感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。

 簡単な言葉ですが、四條学園を代表して言わせていただきます。

 本当にありがとうございました。

 さて、申し訳ありませんがこれにて卒業パーティーは閉幕となります。

 これから、皆さんの生活が明るく楽しい時間になる事をお祈りいたします。

 帰りのバスは準備してありますので、ロビーにてお待ちください。

 あ、最後に藤堂綾乃さんはバスに乗らないでください。あなたは今日、僕の予定を崩し過ぎです。

 説教しますので。では、卒業生の皆さま、お疲れさまでした」


 マイクを使って会場に居る人たち全体に聞こえるように言う。

 卒業生の皆は千夏さんと小雪さんのサインを貰って、会場から出て行く。

 岩瀬先輩だけは、2人のサインを貰うと僕の所へやってくる。その顔は何かに面白い事を言いたそうな顔だ。


「綾乃だけ特別扱いなんで酷いんじゃないかな?」

「岩瀬先輩も来ますか?」

「遠慮しておくよ。私はそっち側の人間では無いからね」

「僕も違いますけどね」

「まぁね、中間ぐらいだね。それじゃまた」

「僕を置いていくんですか?」

「そういう言葉を言っていると綾乃から奪いたくなるから気を付けた方が良いよ。まぁ冗談だけど」


 クスクスと笑いながら手を上げて去っていく。

 あの人は本当に良く分からない人だ。

 俺からすれば岩瀬先輩も十分凄いと思うけど。

 颯爽とパーティ会場から出て行く岩瀬先輩を見ながらそんな事を思ってしまう。


「皆さん、帰りのバスの時間がありますのでそろそろ切り上げて頂いてもよろしいでしょうか?」


 未だに有名人2人に集まっている人たちに向かって言い、出口へと促す。

 さすがにこの人達も帰りのバスが無くなるのは困るのだろう。

 なんだかんだ言いながらも渋々パーティー会場から出て行く。

 そして、案内の人にバス乗り場へと案内される。


「ふぅ…やっと終わった…」


 パーティー会場に卒業生たちが居なくなる。

 後は他の人がやってくれる。

 パーティー会場には食べ残されたご飯があり、それを見ているとグゥ~っと腹の虫がなる。


「凄い音だね、ワンちゃん」

「会長」

「会長じゃないよ、あ・や・の」

「…ちゃんと、他の人とお別れはできたんですか?」

「うん、時間はたっぷり貰ったからね。でも、私って凄いかも」

「何がですか?」

「今日だけで15人に告白されちゃった。あの会長と別れて俺と付き合ってほしい!って」

「会長?あぁ、僕か」

「そう、ワンちゃん。どう?気になる?」

「何がですか?」

「私の答え」

「別に気になりません。僕の知っている会…綾乃さんの事は皆知りませんし。それに、あなたが僕の事を好きなのも知ってますから」

「………」


 ボンッと顔が赤くなる会長を見て、自分が大変な事を言ってしまったと少し後悔する。

 しかし…まぁ……今日ぐらいはサービスしてあげてもいいだろう。


「本当の綾乃さんの事を知っているのは僕だけですから。そんなあなたが僕は好きですし、なにより…あなたの事を信頼しています。これでも僕はあなたの彼氏ですから」

「……え、えとその」

「僕は大好きですよ。大好きな人の事を信頼できないなんて悲しいじゃないですか」

「その、わ、ワンちゃん?」

「綾乃さんは僕の事好きですか?」

「そ、そんなの好きに!」

「なら、もうそんな告白されたとか言わないでください。次、そんな事を言ったら口をふさぎますよ」

「えっ!?えと、その、な、なにで」

「っぷぷぷ、そのぐらいにしてあげなよ!ワンコくん、綾乃ちゃんはそういうのダメな子なんだから」

「何言ってるのさ、チィ姉も同じでしょ」

「そうそう。お姉ちゃんも同じだよ。いつもお兄ちゃんに手のひらで転がされているもん」


 てっきり2人きりだと思っていたのに、僕と会長以外の3人の声が会場内に響く。

 僕も会長もその声のする方へと目を向ける。

 そして、同じように顔が燃えるように赤く染めてしまう。

 もしかして…聞かれた???


「えぇ~、ふーちゃんはもっと酷い事言うよ?まだワンコくんの方が優しいもん」

「チィ姉、それ以上言ったら今日は晩御飯抜きだよ」

「ほら~、やっぱり酷い!」

「お兄ちゃん、今日は社長さんの」

「あ、そっか。美羽の方は大丈夫なのか?」

「うん、時間は空けてもらっちゃった」

「美羽ちゃん、休みなの?それじゃ今日はもう飲み明かそう!ずっと仕事ばっかりだもん、今日ぐらいはワンコくんと綾乃ちゃんを話の種にして一晩中!」

「はぁ。チィ姉は自重してね。犬塚くん、沙羅さんの所へ行こう。今日は覚悟しておくといいよ。

 あの人は美羽も俺も、そしてチィ姉も手のひらで泳がすほどの人だから」


 九十九さんは何とも言えないような笑顔を僕と会長に見せる。

 しかし、今はそんな笑顔に耐えられない…。会長も同じだ。

 僕と同じように顔を真っ赤にしながら、俯きながら、九十九さん達の後ろを歩く。


「うぅぅ…恥ずかしい…」

「でも、僕のさっきの言葉に嘘はありませんよ」

「わ、ワンちゃん……うん、私もワンちゃんのこと大好きだよ」

「分かってますよ。それじゃ行きましょうか」

「うん!今日は最高に楽しい時間になりそうだね!」


 会長は僕の手を取ると、こっそりとキスをしてくる。

 まだ20年も生きてきていないこの人生だけど、この人と出会えたことはこの後の何十年の人生の中で最も大きな出来事だろう。

 そして、こんなに幸せな事が今後とも続いてほしい。と願い、僕は会長にお返しのキスをした。






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