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ともすれば君は  作者: 駿河 健
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第43話 一難去らずに

「ああもう!! なんなの今の!」


 ゲームオーバーになった時、通話アプリを介して彼女のそんな声が聞こえてきた。金切り声に近い。ゲームをやっている時、特に戦闘系のものをやっている時なんかに俺はよく「クソ」とか「死ね」とかいう言葉を使うことがあるが、声を荒げることはほとんどない。対して彼女は、声を荒げることもなかったし汚い言葉を使うこともなかった。それが今日はどうだろう。


「勝って相手を煽る奴全員死ねばいいのに!!」


彼女らしくない。もう俺が苦痛の限界だった。


「藤原、なんか別のことしようぜ。うまくいかない」


 実際うまくいっていなかった。今日の彼女は極端に下手だったのだ。立ち回りも悪いし使うアイテムも間違えている。ただポンコツになってるだけなら良いが、突然こうも気性が荒くなったりするものだろうか?


「あーもうやっぱり無理!! なんか頭痛(ずつう)(いた)いし昼寝する」


「え、あぁ」


「他のフレンドとでもやってて」


バタンというドアの音のようなものが聞こえた直後、彼女は通話アプリを切ったようだった。彼女はいろいろと無茶苦茶だが、物に当たったりするようなタイプではない。何かあったにちがいない。


「あんなにイラついて

何か嫌なことあった?」


そうLINEを送ってしばらく待ってみたが、既読はつかなかった。仕方がないのでアプリを切り替えて、彼女の位置情報を見ておくことにしたが、特に変動はない。


そこで俺はもはやスマホを投げ出して机に参考書とそれに挟まっていたノートを広げた。ずっとゲームばかりしていたし、勉強でもしようかと。


それから3時間、妙に身が入った俺は音楽もかけずにひたすら問題を解き続けた。通話アプリで彼女からの招待があり、その通知を見ると同時に16:23という時刻も確認した。ちょうど疲れてきた頃だったし、彼女の様子も気になっていたのですぐに通話に応じる。少しでも機嫌が治っていれば良いがと思ったが、実際彼女は上機嫌、いやそれ以上だった。


「さっきなんで上手くいかなかったのか分かった!」


 素晴らしいハイテンションで話が始まり、そこから俺がひと言も話さないまま10分ほど彼女のマシンガントークが続く。ゴホゴホと咳き込んだところで俺はようやく口を挟んだ。


「分かった、さっきの続きやろう。とりあえず落ち着けって」


元気になってよかったはずなのに、妙に俺の気分は沈んだ。何かは分からないが彼女から歪な何かを感じたのだ。無理をしているよう......とは違う。というか、ここのところ彼女は随分と情緒が不安定だった。コンサータを飲み始めた時からいろいろと不調が出ていたがこれはまた様子が違う。


「これなら完ぺき」


彼女が捲し立てた通り、実際ゲームは上手くいっていた。さっきやった時は何も上手く行かずにずっとイライラして暴言を吐き散らしていたのに、今はノリに乗って楽しんでいる。


「タンゴダウン! はっひゃは」


「はっひゃはって初めて聞いたわ」


それを聞くなり彼女は笑い出した。楽しんでいるのは良いことのはずなのに、なぜか俺の喜びには繋がらなかった。何かあるような不信感。例えば、さっきのことで俺が心配しないように無理やりハイテンションにしていないか、とか。でも彼女がそんな気遣いをしたりするだろうかと考えればそれはないと思った。俺に対しては他人以上に素で接するはず、とも思った。この期に及んでもし(﹅﹅)そうでなかったらそれはそれでショックだ。


ただ純粋に楽しんでいるのか、俺を相手に気を遣っているのか、もしくはこれもまた彼女の精神の不調なのか。今まで調べたのはADHDやASDなどの発達障害、つまり先天的なものばかりだったから全く知識が無いが、何かの精神疾患だったりするのではないだろうか。薬の副作用とはまた別で彼女を脅かすものがあるとすれば、それではないだろうか。


「あれ、橋下マイクオフ?」


その言葉が頭に浮かぶと、もはや逃げられなくなった。よく考えれば彼女の状況からしてそういった類のものになってしまうのは当たり前だ。彼女は今までやたらと自分の問題が「先天的な」ものであると強調してきた。だが先天的な問題を抱えているからといってその逆が起こらないなんてことはあり得ない。気づいてみれば当たり前だ。


まだそうと決まったわけではないが、彼女に何か精神疾患があるかもしれないしあっても全く不思議じゃない。そしてあの問題がこれで片付くかもしれなかった。


ストーカーは彼女の作り話か、妄想じゃないか?

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