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最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。  作者: 高井うしお
第四章

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93話 新月の夜

 還俗の儀式の日を告げられたエミリアはとても落ち着いていた。


「そうですか」

「何か質問は」

「ございません」


 教主はようやく諦めがついたか、と胸をなでおろした。


「では」

「………」


 伝えるべきことは伝えた、とぞろぞろとお付きの者を引き連れて去っていく教主の後ろ姿を、エミリアは黙って見つめていた。


「なんだか……ようやくここから出られるかと思うと清々するわ」

「エミリア様!」


 侍女のカーラはまだエミリアの結婚には納得していない。

 不満たっぷりの顔を隠そうともしないカーラに、エミリアは苦笑した。


「そうね、カーラに会えなくなったら寂しいかもね」


 エミリアはなぐさめるつもりでカーラに声をかけた。

 てっきりカーラはいじけた顔で文句を言うと思ったのだが、彼女は笑顔をエミリアに向けた。


「それならばご安心ください。カーラも還俗して侍女としてついていきますので」

「な……なんですって」

「私も清々します」


 エミリアは驚いた。


「そんな……ご実家はなんておっしゃるか」

「すでに許可を貰っています。……教会にいても微妙な立場ですしね」


 元々カーラの両親は娘が聖職者になるのをよく思ってはいなかった。

 それを強い気持ちで説得したカーラだったが、エミリアへの仕打ちを受けて、教会への信頼は地に落ちていた。

 教会もエミリアにべったりだったカーラを持て余すだろうし、もう縁を切ってしまおうと思ったのだ。


「私もエミリア様をお守りいたします!」


 カーラはきっぱりと言い切ると、ニカッと歯を見せて笑った。



***


 その夜は新月だった。

 月の無い暗い空は、代わりに無数の星が輝いている。

 眠れないライアンは、野営地の天幕の外でそれをじっと見ていた。


「なあ、フレドリック」

「なんでしょうライアン様」


 黙って側に控えていたフレドリックが返答する。


「私はちゃんと総大将を務められるかな」

「できますとも。……そうお育てしたつもりです」


 刻一刻と、蜂起の日は迫っている。


「また辛気くさい顔をしてるな」

「わっ」


 いきなり背後からした声に、ライアンはびくっとする。

 名無しだ。

 本当にまったく足音をさせない、とライアンはドキドキする胸をさすった。


「当たり前だ。……責任重大だもの」

「ま、初仕事だものな」

「そういう言い方をするな」

「……ライアン。とにかく敵に勝とうとかそういうことは考えなくていいぞ。そういうのはじいさんたちがやる。全部自分ひとりで抱え込もうとするな」


 新月の暗がりに浮かぶ名無しの姿。だが、その瞳の奥は優しかった。


「ああ。私は私を信じたものたちへ、自分の役割を全うするつもりだ」

「……そうだな」


 名無しの手がライアンの髪をくしゃくしゃと撫でた。

 そんな子供じみたこと、フレドリックにもさせないのに、なぜかライアンは気分が良かった。


***


「寝たか」


 名無しの天幕に入ってきたフレドリックに、彼は声をかけた。


「ああ、神経過敏になっているようだ。当然だがな」

「……子供でも自分の役割は知っている」

「それを不憫に思うのは、わしの独りよがりな感情なのだろうがな。すまないが、ライアン様を支えてくれ」


 フレドリックは頭を下げた。


「ライアン様はあんたに懐いている」

「かまわん。軍事行動では俺はあまり役に立たないだろうしな」


 名無しに従軍経験はない。

 彼がやってきたのは暗殺や裏工作で、集団行動には向いていないのだ。

 

「聖都を見張らせているものから動きがあったと報告が」

「そろそろ動くか……」

「アル……」


 フレドリックはぎゅっと拳を握りしめた。


「あんたも本当は関係ないのにな」

「……そんなことない。俺は俺の利益のために動いている。今回は互いにそれが一致していただけだ」


 名無しはマントを外すと支柱にかけた。


「俺はもう俺のために生きるって決めているんだよ」


 自身の平安のために、自分の手の内の愛おしいものを守る。

 それは名無しがエミリアに教えて貰った感情だった。


色々と立て込んでいるので一週休みます

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