69話 返信
「私は虜囚になった覚えはない」
ライアンは入浴後も部屋に張り付く見張りの僧を睨み付けた。
「ご自分がなにをされたのか、よくお考えになってからものを言って下さい」
アーロイスを急襲した後、ライアンは離れの部屋に隔離され食事や祈祷などの際も他の僧達との接触を断たれていた。しかも窓には格子まで嵌まっている。
「とりあえず部屋から出て行け。お前の顔を見て寝たくなどない」
「はい」
怒鳴りつけられた僧は出て行くとガチャリと外から鍵をかけた。一人になったライアンは出された食事もそのままにして物思いにふける。
「あれは……なんだったのだろうか」
肉親であればこそ、あの不自然さは分かった。顔も同じ、声も同じ……だがあのアーロイスは別物であった、とライアンは思った。ライアンの知っているアーロイスはいつも父の後ろで気弱に笑っていて、いくら地位を手に入れたとしてもナイフを刺されて不敵に笑うような男ではなかった。
「……ライアン様」
その時である。小さな声が窓の下からした。
「ん!?」
「あ、お声を抑えてください……」
ライアンは窓を開け格子をつかんで下を見た。すると小柄な尼僧がしゃがみ込んでいる。ライアンはその尼僧に囁き掛けた。
「お前は誰だ」
「私はカーラ、と言います。エミリア様のお付きをしています」
「エミリアの……」
「はい。エミリア様がとても心配されていたので様子を見に……。あ、私の独断です。エミリア様は私にそんな指示を出す方ではないので……」
「だろうな」
カーラはそっと格子の隙間から手を伸ばした。ライアンが何かを渡そうとする仕草に手を出すと、彼女は小さな飴を手渡してきた。
「ごめんなさい、こんなものしかなくて」
「いや、甘いものは好きだ……ありがとう」
「元気出してくださいね」
「ああ……」
カーラはそれだけを言うと小走りに去っていった。ライアンはぼんやりとその姿を見送った
「はぁ……よかった。無事だった……」
カーラは息を切らせて走りながら、エミリアの部屋に向かって走っていた。
「カーラ?」
「あ、エミリア様……」
部屋の前でエミリアと鉢合わせたカーラは思わず飛び上がった。
「どこに行ってたの? もう就寝の時間よ」
「そのー……えっと……ライアン様の顔を見てきました……」
「えっ?」
エミリアはその言葉に驚きつつ、カーラを部屋に引っ張り込んだ。
「どういう事なの?」
「……エミリア様が気落ちしてらしたので、つい気になって……」
「カーラったら……」
「離れの棟なら大丈夫です。あそこなら人目が少ないから逆に行きやすいです。男性の房に入るわけにはいかないですし。ライアン様は元気でしたよ、格子つきの部屋でしたけど」
「そう……」
エミリアはそれを聞いてほっとしてベッドに座り込んだ。ライアンの様子がまったく聞こえてこなくなった事にエミリアは危惧していた。ライアンを守るはずのこの教会が逆にライアンを害する事になりはしないかと。
「カーラ……ごめんね」
「エミリア様……」
エミリアは無力感に苛まれていた。人を守りたい、救いたい気持ちで聖女を目指したのに逆に今はがんじがらめになっている。
「あとはミール地方の訪問の許可、降りるといいですね」
「ええ……」
ユニオールの北の国の地方では疫病が流行っていた。エミリアは聖女としてその地方に訪問する事を希望していた。エミリアの母もまた、流行り病で亡くなったのだ。その時に初めて聖女の姿をエミリアは見た。
「私も……人々を癒し勇気づける存在になりたいのです」
「それこそ聖女様の出番です! きっと大丈夫です!」
元気に答えるカーラの姿を見て、エミリアは思わず微笑んだ。
「そうだ、エミリア様……手紙書きませんか」
「手紙?」
「その、今日大したお土産も持っていけなかったので……エミリア様からの手紙ならきっと喜ぶだろうなって」
「そうね……」
エミリアは考えた。表向き、聖女は俗世と関わりを避けるべきとされている。一般の僧侶とも無駄に親しくすべきではないと、エミリアとして出す手紙はきっと途中で破棄されてしまうだろう。でもカーラからなら……。
「手紙……書いてみるわ。だから今日はもうお休みなさい」
「はい、エミリア様」
カーラが下がった所で、エミリアは文机に座りペンを取った。そしてライアンへ労りの言葉を紡ぎ出す。
「ええと……封筒は……」
棚に手を伸ばしたその時、カサリと落ちたのはクロエからの手紙だった。
「ふふ……」
エミリアは微笑みながらその手紙を開き、クロエの拙い文字を辿る。それから名無しのそっけない言葉も。
「返事……書きたいわね……」
エミリアはそう呟いてハッとした。この手紙の返事もカーラから出せばハーフェンに届くのではないか。
エミリアはその事に気が付いて、再びペンをとった。
「……なぁ」
「ぐすっ、もうちょっと飲ませてくれ……」
その頃、名無しは明日に響きそうだと思いながらリックと酒を飲んでいた。とは言え居酒屋なんてない小さな村である。村はずれの木の陰で二人は飲んでいた。周りには誰もいない。来るとしたら猪とか野犬とかそんなものだろう。
「泣く事じゃないだろう」
「だって……黙っていなくなるなんて……」
「向こうは商売を替えただけだろ」
さっきからリックがじめじめ愚痴りながら泣いているのは、リックのお気に入りの町の宿の女給ジャンヌが急に仕事を辞めたことだった。
「今度町に行った時に、ミカエラにもう一回確かめる。それしかないだろ」
「うん……」
「ただ……」
名無しはその先の言葉を詰まらせた。自分と立場が違うリックにこの言葉をそのまま言っていいのかちょっと迷ったのだ。
「ん?」
「ジャンヌを探して、リックはどうするつもりなんだ? 新しい店に通うのか? ジャンヌだって都合ってものがあるだろう?」
「そ、それは……」
「よーく考えろ。あと、俺はもう寝る」
名無しは立ち上がって無理矢理に湿っぽい酒宴を切り上げた。
「ごめんアル……。俺、ちょっとちゃんと考えるわ……」
「……おう」
とぼとぼと家に向かうリックを見送って、名無しは呟いた。
「悩み相談には向いてないな……」
ふと、エミリアならこんな時どうするだろうと考えた。名無しの恐れも迷いも受け止めてくれたエミリアなら……。
「んー……まず、そういう店に行った事に怒るか……」
名無しは頭を掻きながらそっと家の中に戻った。




