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最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。  作者: 高井うしお
第一章

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27話 待雪草

「……楽しい夜だったようですね」


 エミリアは真顔でそれだけ言うと去っていく。


「アルの……う、う、裏切りもの~」


 リックの悲痛な訴えを名無しは聞き流しながら、家へと帰った。


「パパ、びしゃびしゃだよ!?」

「……うん」


 冷たい水を滴らせた名無しを見て、クロエは驚いて布を持ってきた。名無しはそれを受け取ると、新しい服に着替える。


「町の宿ってどうだった?」

「え?」


 名無しはクロエの問いかけにぎくりとして振り返った。


「普通……だった」

「ふーん?」

「……そうだ、リックのおすすめの店の料理が美味かった。今度町に行った時にはそこに寄ろう」

「うん!」


 嬉しそうに頷いて去っていったクロエをほっとしながら見送って、名無しはなんだか理不尽な思いに襲われた。


「なんで俺がビクビクしなきゃならないんだ」


 そうして、もうリックと一緒に宿に泊まるのは止そうと思った。


「デューク、そろそろまた麦踏みをやるぞ」

「ああ、分かった爺さん」


 名無しはヨハンとクロエとこの冬、何度目かの麦踏みを行った。折れて枯れてしまうんじゃないかと最初思った麦踏みだったが、何度踏みつけても麦は逞しく成長を遂げている。


「これっていつ頃収穫できるんだ?」

「夏の初めころかの」

「けっこうかかるんだな」


 名無しは実った麦を収穫する自分を想像した。穂をつけた麦をクロエ達と鎌で刈取り、その実を粉にしたらクロエは大喜びで生地をこねるだろう。


「うちは収穫の時だけは一番粉の焼きたてのパンを食べる事にしとるでな」

「あのね! ふわっふわで美味しいの! でも竈が混むから急いでやらないといけないの!」

「そうか」


 名無しにはその日の賑やかな村の様子が目に浮かぶようだった。


「それじゃ頑張らなくちゃな」

「おう」




 そして翌日。この日は安息日だった。学校を楽しみにしているクロエは今日も上機嫌で身支度をしている。


「このクッキーはみんなで食べるの」

「まだ取っといていたのか」

「くーん」

「ラロは今日はお留守番!」


 名無しとヨハンの手を繋いで、クロエは教会へと向かう。行く道をよそ行きの服を着た村人達がすれ違っていく。


「それでは今日の礼拝を始めましょう」


 司祭の声を合図に人々は祈りを捧げる。土を耕し、ほんの小さな幸福に感謝をする素朴な人々。


「それでは今週はこれまで。神の恵みのあらんことを」


 礼拝が終わり、子供達は読み書きを習うために教会に残る。そして大人達は教会の前の村の広場で談笑していた。


「ねぇ、アル。リックが町で悪さしたんだって?」


 先に家に帰ろうとしていた名無しは村のおかみさん連中に突然捕まった。


「……悪さ?」

「そういっちゃかわいそうよ。リックはまだ若いんだし」

「村に年頃の女の子がいないからねぇ」


 くすくすと村のおかみさん達は噂しあう。いくら町の女の口を塞いだどころで、みんなにはすっかりバレているようだった。


「アルも一緒にいったんでしょ」

「俺はさっさと引き上げた」

「あら折角なら遊んでくればいいのに!」


 名無しは遊んではいけないのか遊んだらいいのか一体どっちなんだと思った。


「でも駄目よ。アルは……エミリアさんにお熱でしょ?」

「……え?」

「でもエミリアさんは綺麗だけど尼僧ですもの、辛いところね」


 名無しは耳を疑った。一体全体、なんでそんな話になっているのか。少し前に村の外れのヨハンの畑の前でエミリアの胸で泣いた事はあったが、その時は誰もいなかったはずだ。


「まーた適当な噂話をしてるな、おばさん達」

「あら、リック」

「アル、気にすんなよ。この人達は暇だからあることないこと言うんだ」

「まー、失礼ね」

「そんな噂してる暇があったら自分の旦那にキッスでもしてやんな。ほら行った行った」


 リックはおかみさん達に毒づきながら彼女達を蹴散らす。


「まーったく!」


 リックが鼻息あらくため息をついていると、そこにエミリアがやってきた。


「どうしました? 何か問題でも起きましたか」

「あーいや……どうでもいい事だよ」


 リックはタイミング悪く駆けつけたエミリアを見て気まずそうに頭を掻いた。


「俺がエミリアにお熱だそうだ」

「ちょっと! アルぅ!」

「え……」


 エミリアは驚いた顔をして名無しを見る。その顔がみるみる赤く染まっていく。


「……っていう噂をおかみさん連中がしてただけだから! 気にしない!」

「えっ、あっはい……そうですね……」


 エミリアはリックの言葉にハッとなった。思わず名無しを見たが、いつも以上に無表情で何を考えているのか分からない。


「アル? まさか……ないよな?」

「ん? おかみさん達の噂だろ」

「だよねぇ……」


 二人の妙な空気に不安になったリックがきょろきょろしながら名無しを問いただし、名無しが首を振ったのを見て胸を撫で降ろした。


「びっくりさせんなよ! じゃあ俺もう行くからな!」

「……リックは賑やかな人ですね」

「ああ」


 エミリアと名無しはリックの後ろ姿を見送りながら呟いた。


「アルは……」

「ん?」

「いえ……あっ」

「どうした?」


 何か言いかけて急に蹲ったエミリアに名無しは問いかけた。


「こんな所に……待雪草です」


 エミリアの指し示した先には、白い可憐な花が雪を割って咲いていた。


「花か……」

「ええ、もうすぐ春が来ますね」


 春が来たら、エミリアはここを旅立つ。その日が刻一刻と近づいてきていた。


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