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最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。  作者: 高井うしお
第一章

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15話 麦踏み

 白い息が朝の空気に溶けていく。ここの所ぐっと気温が下がった。もう冬である。名無しがこのハーフェンの村に来てから二ヶ月が経過していた。


「さむう……」

「クロエ、ストールをしっかり巻いておけ」


 名無しは寒さで首をすくめるクロエの毛糸のストールをまき直してやった。


「おおい、お前達こっちへはやくおいで」

「はーい、ヨハンお爺ちゃん」


 ヨハンに呼ばれて名無しとクロエは畑に向かった。そこは麦畑。青い麦の畝が続いている。


「よーし、いいか。デューク。しっかりとでも丁寧に踏むんじゃよ。ほれ、こんな風に」


 ヨハンがまず最初に麦踏みをはじめた。思いの外強く踏むのを見て名無しは目を丸くした。


「爺さん、麦が倒れてるぞ」

「これくらいしないと強い麦にならんのよ」

「パパ、がんばろ!」


 クロエに手を引かれて名無しは麦畑に足を踏み入れた。


「……む」

「もっと強くだよー」

「こうか」

「そうそう!!」


 名無しはそれでも怖々と麦を踏んだ。その時、名無しの内で声なき声が聞こえた。


『まだだ。手加減すればそれだけこいつは苦しむぞ』

「――!?」

「パパ? どうしたの」

「いや……」


 あれは名無しが初めて得物でもって人を殺めた時の事だった。まだ一人で仕事をこなせない子供の頃の事である。捕らえたターゲットの息の根を止めるため、名無しに渡された一振りの小剣。その重み、そして温かい皮膚を切り裂いた時の感触……。こんなこと、とっくに忘れていたと思っていたのに。


「パパ、顔色が悪いよ」

「いや、大丈夫だ」


 そうだ、あれから何人殺してきたというのだ。沢山の命を刈取っておいてたかが麦を踏むのに躊躇するなんて馬鹿げてる。


「デュークよ、麦は踏んでもまた立ち上がってくるぞぉ。前よりもっと強くなってな」

「爺さん……ああ、ありがとう」


 名無しは改めて麦を踏みつけた。クロエも小さな足でその後を追いかけてくる。


「おいしくなーれ、おいしくなーれ」


 この村に来てから、名無しは初めて命を育むという行為をしている。それは戸惑う事ばかりだが、不思議な高揚感と充実感を名無しにもたらしていた。


「ごくろうさま、どこも今日は麦踏みで忙しいのですね」

「エミリア」


 農作業をしていた三人はその声に振り返った。そこにはニコニコと笑顔で手を振るエミリアの姿があった。


「冬至の食卓用のハーブワインのお裾分けです。この間のお礼に司祭が是非持っていけというものですから」

「おお、すまんの……なぁデューク、やっぱり巡礼者には親切にしておくものじゃろ」


 普段は飲まないが、意外と酒が好きなヨハン爺さんは嬉しそうにそれを受け取った。


「そういやあんた旅はどうするんだ?」

「もう少し先に進む予定でしたが……この村で冬を過ごす事に決めました」

「まぁ、その方がいいだろう。旅は体力がいる」

「ええ……」


 エミリアは名無しと話しながら、麦踏みを終えた麦畑を見つめた。


「無事に収穫ができるよう、お祈りしておきます」

「ああ……」

「ねぇエミリアさん。どんどん大きくなってクロエよりもっともっと大きくなるように神様に言って!」

「クロエ、無茶を言うな」


 クロエはくすくすと笑いながらエミリアにお願いした。


「そうね……それは出来ないけど、この麦を食べたクロエちゃんがどんどん大きくなりますようにとお祈りしておくわ」

「うん!」

「……一粒の籾が、芽を生やし伸びて実をつける。それをいただいて今の私達の命があるのです」

「うん、教会で習ったよ。だから大事にしなさいって」

「……」


 名無しは幼いクロエの言葉に密かに驚いていた。生きるため、食いつなぐ必要は感じていてもそれがどこでどうやって作られたものなのか、名無しは今まで考えてこなかったのだ。

 その時だった。何かがやってくる気配がしてきた。


「何か来る。下がれ」


 その時、木の陰から現れたのは……子犬だった。


「くうう……」


 その子犬は弱り切っており、よろよろと草むらを歩いていた。


「わんちゃんだ!」

「クロエ」


 無防備に近寄ろうとするクロエを名無しは制して、その子犬に近づいた。


「ただの犬だな」

「ヴヴヴヴ……」

「ほら、わんちゃん怖がってるよ、パパ」

「くうん」

「……」


 名無しが近づいた時には警戒してうなり声をあげていた子犬だったが、クロエが抱き上げると甘えた声を出した。


「ぷっ……」

「エミリア」

「だっておかしくて……」


 それを見たエミリアは吹きだした。名無しは憮然としてエミリアを見た。


「ふふ、ごめんなさい」

「パパ、ヨハンお爺ちゃん。この子飼ってもいい?」


 クロエは茶色の毛並みの子犬を抱えてこちらを振り返った。


「ちゃんと面倒みるんじゃぞ」


 ヨハンはそう言って頷いたので、名無しも同様に首を縦に振った。それを聞いたクロエは子犬を抱きしめた。


「わあい、名前を決めなきゃね!」

「だったらそこの尼さんに決めて貰ったらええ」

「私……ですか」

「ああ、この子犬がすくすく育つよう祝福をしておくれ」


 ヨハンがそう頼むと、エミリアはしばらく考えた。


「そう……ですね。では聖人の名前からラロ、はどうでしょう。狩りの聖人です」

「うわー、いいね! じゃあラロ! あなたの名前はラロだよ」

「わふっ」

「ラロ、か……」


 ふと呟いた名無しを見て、エミリアはしまったといったように口に手を当てた。


「あっ……また私出しゃばっちゃって……」

「そんなことは無い」


 名無しは特に犬の名前を付けたかった訳ではない。ただ、犬に名前を付けるだけでこんなに三人が楽しそうにしているのが不思議だったのだ。


「名前……か」

「どうしました、アル」

「……いや……なんでもない」


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