十五話 幼女と青年、ファーマーの現状を知る
ひとまずラーズ公の邸宅から離れた一行は、アイシャの提案でファーマーのギルドに行こうという話になった。
ギルド自体は帝国のものなので干渉出来ないはずだと向かったのたが。
「どうみても酒場……ですよね」
ギルドの中は酒場になっており、朝から飲んだくれの兵士もいる。
「ルスカ達、女性陣は外に出ておいてください」
「あ~? 兄ちゃん、見かけねー顔だな。ヒッ……く、入り口に突っ立ってねぇで入りなよ」
酔っぱらい相手に女性を見せるのは不味いと思い、アカツキの陰に隠れる様に店の外に出すと、早速酔っぱらいが絡んできた。
「ここは、ギルドだと聞いたのですが?」
「ギルド~? ギャハハハハ! ギルドなんて隅に追いやっちまったよ! なぁ! ひっく……」
向こうから話かけてくれたのは好都合と、ギルドに関してどのくらい兵士が認識しているものか試すが、どうやらギルドが帝国との揉め事に発展する可能性の、かの字も持ち合わせていないみたいだった。
「隅に? どの辺りですかね?」
「あー? 知らねぇよ、そんなもん! あ、いや待てよ。確か北のボロい一軒家でまた始めたって聞いたなぁ……」
事実かどうかは怪しいが酔っぱらってるせいか、意外に素直に教えて貰い、アカツキは店主に銅貨を店内にいる人数分手渡した。
「そうですか。すいません店主。これで皆さんに一杯ずつ振る舞ってください」
「おおー! 気前いいな、兄ちゃん!」
店内にいた兵士達は、奢りと聞いてたちまち上機嫌になり、アカツキ達に関しては追及してこなかった。
「本当かは分かりませんが、新しいギルドは北にあるそうです。探しましょう」
店を出たアカツキは、早速馬に跨がりギルドを探しに北へと向かった。
◇◇◇
街の北側はスラム街……より酷い。明かり一つ無く、人も見かけない。
まるで、廃墟と思われる位に静まり返っていた。
「どうやら、行きしなにすれ違った男の人の話は本当だったみたいね」
「お、あそこに明かりがあるのじゃ」
馬車では通れず、ナックに留守番をお願いしてアカツキ達は、狭い道を進んでいくとぼんやりとした明かりをルスカが見つけた。
「ここ……ですかね? アイシャ」
「信じられない……こんな扱い酷すぎます! それにここのギルマスは元Sランクパーティーのリーダーだったんですよ? あの人は何をしてたんですか!?」
「落ち着くのじゃ。アイシャの知り合いなのか?」
「はい。あ、いえ。数回話をした程度ですが、“双斧のガリブ”と呼ばれる有名な人です」
アイシャの話では、実力も相当高く二本の双斧を武器に成り上がったドワーフの男性だと言う。
ギルド前で会話していると扉が開く音がする。
「あ、あ、あ、アイシャせんぱ~い!」
アカツキ達が扉の方を見た瞬間、小さな女の子が泣きながらアイシャに抱きついて来た。
「え? エリー? どうしてここに?」
アイシャは抱きついて来た女の子を受け止め、ただ驚いている。
アイシャの胸に擦りつける頭からはアイシャ同様耳が生えており、尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「猫の獣人ですか?」
目はドングリ眼で、アイシャの顔を泣きながら覗き込む姿を見て、アカツキはアイシャに尋ねる。
「はい。ワタシの後輩なんですけど……エリーどうしてファーマーにいるの?」
「今のギルマス、あたいなんですよ~」
アイシャはエリーを引き離しながら尋ねると、意外な回答に目を丸くする。
「ええ!? ガリブさんはどうしたのです」
「ガリブさんは……ガリブさんは、亡くなりました~」
再び衝撃な言葉を聞いたアイシャは、体の力が抜けてへたりこむ。
「嘘……どうして?」
弥生とエリーでアイシャを抱えると詳しい話を聞く為に、一旦全員ギルドへと入る。
ギルドといっても、ただの一軒家でテーブルと木の椅子が数個あるだけだ。
「アイシャさん、大丈夫?」
弥生が心配そうに話かけるが、まだ少しショックが抜けきれていないのだろう。
アイシャの尻尾は垂れ下がり、ピクリとも動かない。
話を聞こうにも、ギルドに関して一番詳しいアイシャがこんな状態では先に進めない。
ひとまず、エリーに各自自己紹介をしていき時間を潰す。
エリーはアカツキ達がゴブリン掃討を手伝いに来たのだと知ると、さっきまで泣いていたのが嘘の様に晴れやかになる。
「まずお聞きしたいのは、この街の現状なのですが……」
「はい。その……あたいがファーマーに副ギルドに赴任したのは、グルメールの動乱直後でした……ご存知ですか? グルメールで動乱があったのは?」
アカツキ達は強く頷く。何せ、当事者だ、知らないはずはない。
「大公が首都近くに拝領されて、息子のラーズ公がここの領地を治める事になったのですが……突然今までいた兵士や将校は軒並み解任されて、建設に駆り出される様になりました。初めは反対していた者も新たに徴兵された兵士に捕まったり……その、殺されたりして」
想像以上に厄介事と判断したアカツキはエリーの話を止める。
「すいません。もう一人、連れがいるのですが馬車の見張りを頼んでいるので。どこか馬車を停めて話せる場所はないですか?」
エリーは赴任直後から仲良くしてくれている人がおり、その人の家ならばと移動する事に決めた。
◇◇◇
「ご迷惑をおかけしました」
ナックの待つ馬車に着く頃には、アイシャも立ち直り、全員でエリーの知り合いの家へと行く。
やはりギルドと同じく北側の隅にある家だが、裏庭があり、そこに馬を停める。
「おじさん、おじさん。エリーです、お願い開けて!」
扉をノックして声をかけると一人の中年の男性が扉を開けて出て来た。
「おお! エリー! よく来たね……ん? その人達は?」
エリーがアカツキ達の事を伝えると、快く家へと上げてくれた。
「ちょいと、暗いが我慢してくれ」
部屋の中の明かりはランプにわざわざ布を被せて暗くしてあった。
「どうして暗くしてるのじゃ? 今は昼間だからいいが、夜は不便じゃろ」
「あ、ああ。いや、明るくしているとたまに兵士が乗り込んでくるからな。空き家の様に見せてんだ」
「兵士が乗り込んでくるって、強盗と変わらないじゃないですか!? ギルドは何を……あっ!」
「うぅ~……すいませぇん、アイシャせんぱ~い」
アカツキ達は改めてエリーから話を聞く。現在の街の状況は、ギルドで話をしたのと同様だが、ギルドの前マスター、ガリブの話にはアイシャは相当ショックを受けた。
「人質!?」
「はい……偶然現場を見ていた住民からはそう聞きました……」
エリーの話では、前ギルマスのガリブは今の現状を打破するべく立ち上がった。
そこは元Sランクパーティーのリーダーをしてた程、実力も確かで、そんじょそこらの兵士が束になってもかなわなったらしい。
ラーズ公側が折れて、話合いに誘い出されたガリブは、子供を人質に取られて殺された。
「許せません! いくらワズ大公の息子でも最低な行為です! ガリブさんが浮かばれませんよ!!」
「最低ね……ねぇ、エリーちゃん。ラーズ公ってどんな人なの?」
アイシャは憤り、弥生も卑怯な行いに頭にきている様子だった。
「わかりません。あたい、会った事ないんです」
「おれも最近見てねぇなぁ」
エリーもエリーの知り合いのおじさんも、最近のラーズ公の様子は分からないと言う。
「あとは……エリー、ゴブリンの掃討の状況は?」
「かろうじて街から出ていかず残ってくれたBランクとCランクのパーティーが軍に追従してくれてますが、どうも芳しくないみたいで」
ゴブリン掃討の状況もどこかおかしく感じる。数でものをいうゴブリンに対して軍で対抗していればとっくに終わっても不思議ではなかった。
「やることは三つじゃ。一つ、ワズ大公に現状を知らせる事、一つゴブリンの掃討のもたついている原因の究明、最後にラーズ公の現状じゃ」
「そうですね。最後のは難しそうです。まず一つ目と二つ目をなんとかしましょう」
ここで問題はワズ大公への使いを誰にするかである。女性陣は今のラーズ公領内が危険であるため外すとして、アカツキかナックだが、アカツキはルスカが一緒にいたがるし、ナックもいざゴブリン掃討に参加する場合、貴重な戦力だ。
「おれが行こうか?」
おじさんが悩んでいるアカツキの肩に手をやり提案してくる。
ありがたい話だが、不自然にならないように街を出なければならない。
「ありがとうございます。だったら馬車を使ってください。馬車に適当に家財道具を載せていけば、出れるかも知れません」
ヒントになったのは行きしなにすれ違った初老の夫婦。
初老の夫婦の馬車には家財道具が載せられており、明らかに街から逃げて来た人達だろう。
「家財道具の中身は空で構いません。その家財道具は空き家から拝借でもすればいいかと思います」
アイシャはすぐにワズ大公に手紙を書き、アカツキ達は空き家から家財道具を拝借すると共に少しでも軽くする。
「それではお願いします」
おじさんに入場料として銀貨六枚とアイシャが書いた手紙を手渡す。
おじさんを見送ったアカツキ達は、次の厄介事、ゴブリン掃討の苦戦の原因を探る為に、軍と合流しにいくのだった。




