十話 弥生達、別時期の転移者に出会う
弥生達は、ワズ大公の夫人であるチヨに促されて目の前のソファーへ腰を降ろした。弥生は、色々聞きたいと質問する。
「わたし達と一緒の……いや、それだとラーズ公の年齢が合わない。もしかして、わたし達より以前に?」
「そうねー。もう四十年以上前になるかしら。まだ、私が十代の頃に」
チヨは、懐かしむようにポツリポツリと話を始めた。この頃、魔王アドメラルクは復活しておらず、他の世界から転移させてくる必要もなく、自分一人が、このグルメール王国に転移してきたのだという。
「初めは右も左もわからなくてね……それどころか、世界が違うってことに気づくのにだいぶ時間がかかったわ。その時、私を拾ってくれたのが、大公なのよ」
四十年以上前に異世界という概念はなかっただろう。苦労が伺い知れた。
「それで、結婚を!?」
「いいえ。何度か迫られてはいたけれども、大公は王族の血筋ですから随分と周りに反対されてね……初めは給仕みたいな仕事をやらせてもらっていたのよ。だけど、大公の父親が亡くなって……つまりは前々国王様ね。それで前国王が即位したのを機に大公が大公という役職に着いて、首都を離れる時に『ワシについてくるか、路頭に迷うかどっちがいい?』と聞かれてね……」
「ええっ! 人の弱味につけこむって、ワズ大公せこいね、やよちゃん!?」
憤るカホを見てチヨは、クスクスと笑い始めた。
「違うのよ、それは。貴方達もワズ大公の事はわかっているでしょう? 私はワズ大公に拾われたけど城仕えだったから、一度城から追い出して、再び自分の領地へ連れていくつもりだったのよ」
口元に手をあてて上品な笑顔を見せるチヨ。弥生達は、当時のワズ大公が果たしてどんな顔をして、そんな事を言っていたのかと想像する。
それは、恐らくチヨがワズ大公の夫人となった事を考えると容易かった。
◇◇◇
しばらく、雑談を交わす。チヨは、しきりに四十年という歳月を経て日本がどう変わったかのかと問いかける。
携帯電話に、スマホを初め、弥生達は自分達のいた日本の事を話してやった。
「あら? お茶がもう無いわ。新しく淹れてくるわね」
「あ、もう大丈夫です。それより、チヨさんも気をつけてください」
弥生は、アルステル領で起こった惨劇を説明する。チヨの顔が一瞬青ざめるが、手を打ち鳴らしなにかを納得する様子を見せた。
「実は昨日ね、早馬が来てワズ大公が戻って来るって連絡があったのよ。きっと、その事で戻って来るのかもね」
「そうですか……実は、ちょっとお願いがあるのですが」
弥生は、準備が出来次第、エルラン山脈に入る事を伝えると、チヨにフウカとクリスを預かってもらえないかとお願いする。
赤子二人を連れては危ないからと。
「そうね。わかったわ。大切に預からせてもらうわ」
「俺は反対だな」
「ナック?」
弥生の提案に反対するナック。その理由も弥生とカホには、すぐにわかった。
「絶っ対! 大公のやつ、これを機に自分をお爺ちゃんだと二人に刷り込ませるはずだ!」
「はぁ……やっぱり……そんなことか。あのね、ナック想像してみて。フウカが少し大きくなって『ナックおじちゃんとこ泊まりに行ってくるぅ』って、近所のおじちゃん的ポジションの方が美味しくないかしら?」
ナックは目をつぶり想像を膨らませる。一人で成長したフウカが自分の所に泊まりに来る瞬間を。
ニヘラと気持ちの悪い笑みを浮かべるナック。
「いいな、それ」
ナックはお菓子やおもちゃなど準備をしなくてはと、気持ちを急かすのだった。
◇◇◇
チヨの好意に甘えて準備が出来るまで、大公の邸宅へ泊まらせてもらった弥生達。出発の準備が出来た報告と、ワズ大公が一軍、そしてアイシャを連れてファーマーの街に戻って来たのと同時期であった。
再び合流したアイシャを加えて、弥生達はファーマーのギルマス、ハイネルの元仲間だったダットという男に案内してエルラン山脈を登っていくことになった。
「大公。くれぐれもフウカとクリスを頼む」
「戻って来たら、お主の顔など忘れておるかもなぁ、ナック」
ワズ大公の嫌みをナックは軽く受け流して余裕の笑みを浮かべる。
何せ近所のおじちゃん的ポジションは、ファーマーが拠点のワズ大公には、無理な話である。
「それでは、チヨさん、ワズ大公行ってきます。フウカとクリスを頼みます」
麓までハイネル自ら操り送ってくれる馬車の上から、ワズ大公とチヨに手を振る。クリスの泣き声は聞こえるものの、チヨの懐に抱かれたフウカは、その緑色の瞳を真っ直ぐ、母親の弥生へと向けるのであった。
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