49 朝の部本格始動
こうして、朝のパン販売は大幅にラインナップが増えた。
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メニュー
アンパン 銅貨1枚
クリームパン 銅貨1枚
ジャムパン 銅貨1枚
チョコパン 銅貨1枚
ウグイスパン 銅貨1枚
ミルク一杯 銅貨1枚
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「さあ、ダンジョンの中でも気楽に食べられるパンだよー! きっと本邦初公開だ!」
俺とサンハーヤはカゴにたっぷりのパンを用意して、早朝から販売を開始した。
「ここで食べていく人にはミルクもありますよ! パンとよく合うんだな、これが! ついでに『苦汁』もサービスしますよ!」
「勝手に『苦汁』をサービスするのはやめろ」
それ飲んで体調悪くなったらダンジョンに行けなくなる。
「とはいえ、ミルクも別売にするの、悪くないアイディアだな」
パンにはミルクがよく合う。とくにこのやわらかいパンのシリーズはどれも甘いので、間違いなくミルクと相性がいいのだ。
売り出してみると、どこにいたのかというぐらいに、すぐに冒険者たちがぞろぞろ集まってきた。それだけじゃなく、どうも王都のほうから噂を聞きつけてやってきた市民もかなりの数がいる。
「おお! 種類が大幅に増えている!」「見た目は一緒だけど、味は本当に違うのか?」「とりあえず一つずつくれ」「ミルクも込みでこのへんで食うぜ」
どかどかとパンが売れていく。売れ行きはだいたい同じか。でも、アンパンとジャムパンが減りが激しいかな。多分、アンパンはスタンダードなものに見えるからで、ジャムパンは冒険してないからだろう。
それと、ミルク別売り作戦は宣伝の面でも効果が大きかった。
当然、ミルクを注文した客はこの場で食べる。というか、コップはこちらの店の私物を用意しているので、持っていかれると困る。
「おお! チョコパンって何かわからんけど美味いな! これ、おやつ用にもほしいかもしれん!」
「クリームパンは子供にも買っていってやりたいわ!」
こんな調子で、物珍しいパンの宣伝をこの場で食べていくお客さんがしてくれるのだ。それを聞いた人が試しに買っていってくれる。これはありがたい。
「はい、二個ずつですねー! じゃあ銀貨1枚ですね。はい、毎度ありがとうございましたー!」
サンハーヤが快活に接客していく。朝からサンハーヤの元気な声を聞くと目が覚めるし、ちょうどいいな。
「すごく好調な売れ行きですねー。ちなみにオルフェさん、パンはいくら用意したんですか?」
「ひとまず百個ずつだ。それだけあれば足りるかなと思ったんだけど……完売するかもな」
「ですね。とくにアンパンとジャムパンは急速に減ってますね」
そんな中、次のお客さんはいろいろと問題のある人物だった。
「あれ、この人、王都のパン屋さんじゃ……」
俺が使ってたパン屋の店主がいかめしい顔でそこに立っていた。
「よう、坊主。お前がパンを売りだしたと聞いて、偵察に来たんだよ。たしかに、ここは市街から組合に加入してなくても売れるしな。上手く考えやがったな」
城下のパン屋は組合を作っている。なので、あまり目立つことは内部ではできないことになっている。一方で、パンは生活必需品なので、上からの規制なども多い。
「ああ、そういうルールもありましたね……。あんまり意識してなかった……」
城下町で売ったら訴えられるところだった。危ない、危ない。
「とはいえ、このふにゃふにゃなのをパンと呼べるかというと、怪しいところだがな。ひとまず全部もらおう」
パン屋の店主は、俺が売ってるものを見て、多少安心したらしかった。たしかに、一般的なパンと形状が違いすぎるので敵対するようにも思えないだろう。
「そうですよ。オルフェさんの作ったパンはとことんオリジナリティにあふれるパンなんです!」
サンハーヤが俺の代わりに胸を張っていた。
「オリジナリティは否定せんが、こんなパンでは美味いわけがないだろう。せいぜい、時間のない冒険者がかっ喰らうぐらいが関の山だな」
「もう、パン屋さん、ケンカ売るのは食べてからにしてくださいよ。でないとおいしかった場合、恥ずかしい展開になっちゃうかもですよ~」
サンハーヤ、こういうの煽るの上手だよな。
「こっちはな、二十年以上、パンを焼いているんだ。よくもまあこんなやわらかなパンに――」
パンを一つ、店主は口に入れた。
だんだんとその表情が気まずそうなものに変わってくるのがわかった。
「これは……パンではないが、それなりにおいしいな……」
「そうですよ! オルフェさんは長年の研究の末、ふにゃふにゃパンというジャンルを確立したんです! このふにゃふにゃ具合が中身と絶妙なコンビネーションを見せるんです! 自己主張の強すぎる従来の硬いパンでは実現できなかったことですよ!」
ここぞとばかりにサンハーヤが攻めにかかる。そのあたりで許してやれと思うけど、サンハーヤの指摘は正しいんだよな。
パンはしっかりした食感のものという固定観念から俺たちは逃れられなかった。やわらかい家というのが想像できないようなものだ。
しかし、どこかの世界にはやわらかいパンも存在するし、当然、そのやわらかいパンに合うような味が作られてきている。
それを俺たちは偶然にも召喚することができるようになっている。これは本当に素晴らしいことだ。
もう、店主は黙って一つずつパンをゆっくりと味わっている。それは職人の顔だった。
「まっ、あれだな……。組合には、これはパンじゃないから心配することはないと伝えておこう」
つまり、問題視するようなことはしないと言ってくれているわけだな。
「ありがとうございます」
俺は店員らしく笑顔で言った。
「坊主のためじゃないぞ。それはそれとして、俺たちパン屋も新しいことに挑戦するべきかもな」
そのまま、パン屋の店主は去っていった。
本職の人でも、この味は受け入れてくれたみたいだな。
俺たちの用意したパンは無事に完売したので、急遽、家に戻って追加分を召喚しないといけないぐらいだった。




