37 女神の取立て
俺はゆっくりと扉を開けた。
その若い女性は俺の顔を見ると、わずかに表情を固くした。向こうは向こうで夜に男の家を訪れることになったから緊張しているんだろうか。
こっちは家族で暮らしてますって言ってみるか? でも、聞かれてもないのに答えるのもおかしいよな……。
「いったい、何の用ですか? お店は夜にはやってないんですけど」
俺は一番可能性として高い店に関することを最初に答えた。
閉店しているのは明らかだけど、営業時間を念のため聞くとか、あるいは貴族の召し使いが主人のところまで来て料理を作ってくれないかと頼みに来るとか、いろいろとありうるからな。
「ご確認させていただきたいのですが、あなたがオルフェさんですね?」
その女性は少しばかり形式的な表現で質問してきた。少なくとも、エロ系の仕事の訪問ではないことはそれだけでもわかる。
どっちかというと、役人側のしゃべり方だ。役人? まさか何か罪として認識されてる?
珍しい料理を作ったからといって法的には問題はないはずだけど、特殊な調理法がどこかのスパイという疑いでもかけただろうか……?
「あなたがオルフェさんではないのですか? 従業員の方ですか?」
もう一度、女性は詰問するように聞いてくる。
「は、はい、俺です。俺がオルフェです」
こんなことでシラを切ってもすぐにばれちゃうもんな。ここは正直に答えて、少しでも印象をよくする方向で。いや、正直に答えただけで印象がプラスになりはしないが。そこまで甘くないことは知ってるが。
いやいや、まだ目的もわからない。ネガティブに考えすぎだ。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
「オルフェさん、あなたは各種の召喚魔法をご利用になられていますよね」
それは俺の質問への回答ではなかったけど――どきりとさせるには十分だった。
どうも、確信に近いことを聞かれているような気がする。
「たしかに俺はサモナーですから、モンスターを召喚する魔法も使うと言えば使いますね……ははは」
「それはおかしいですね。オルフェさんは『魔法力』が皆無でさらに『モンスター使役力』も一般人未満のはず。モンスターを召喚することも、しつけることもできないかと思いますが」
言われてるとおりだけど、まあまあ腹が立つな……。放っておいてくれ……。
だが、これで余計なことを言うとヤブヘビだ。
「ステータスが低いからこそ、修行をしてレベルアップを目指しているというわけです」
「なるほど。それはけっこうなことですね。ただ、召喚魔法自体はたくさん利用されていますよね? 主に料理の関係で」
やっと、その女性がかすかに笑った。
妖艶ではあるけど、どこかぞっとするような恐ろしさがあった。
間違いなく、この人、すべてを知っている。
「俺を強請る気ですか?」
俺も態度を硬化させる。
どうする? とにかく交渉だ。やっぱり、この人が単身でかつ丸腰で来ているとは考えづらい。
口封じのために狙われるリスクがない状態でなきゃ、来ないだろう。どっかに仲間がいるか、あるいはこの人が熟練の冒険者か。
後ろからサンハーヤとレトの視線も感じた。
あんまり長引かせて、二人を心配させたくないな。
「ああ、何か勘違いされていますね。私は非合法なことをやろうとは一切していません。そっか、名前もまだ名乗っていませんでしたね。リルハと申します」
額面どおりに受け取っていいかはわからないけど、ひどいことしますと言われるよりはマシだ。
「それだったらどんな御用でしょうか、リルハさん?」
「オルフェさん、不思議に思われたことはありませんか、『魔法力』が0でも料理の召喚が可能なことに」
「それは、『異世界干渉力』ってステータスがチート級に高かったからだと考えてますが」
「それは違う世界に干渉できる力であって、その都度支払うコストではないんです。つまり、率直に申し上げますと、これまで召喚した分の支払いが必要なんですよ」
あっ、これはヤバい展開だ。
「私の職業は世界管理者、皆さんの認識では女神とでも呼んでもらってよい存在です。その中では、さほど上級の立場ではないので、下っ端女神とでもいうことになりますかね」
そっか……。ほぼ無限に召喚できるからおかしいとは思っていたんだよな……。
まさか、後払い的なことだったのか……!
「別にあの料理はほかの世界からどんどん取り寄せてるわけじゃないんです。世界管理者が担当してる観念界という無生物だけの空間から出してるんですよ」
「あの、ちなみにどれぐらいのお金が必要なんですかね……?」
ここまで詳しく事情を知っていて、ブラフとは思えない。この人は女神だ。慎重に対応しよう。
「お金なんてものはこの世界の住人ではない私には無価値です」
「あ、そうですか。じゃあ、もしかして無料――」
「違います♪」
即座に否定された。
あと、ちょっとこの人楽しそうだったぞ……。Sっ気があるのか?
「対価として必要なのは、オルフェさんにとって価値のあるものです」
「価値……?」
「ですです。たとえば、この召喚能力でオルフェさんは様々なものを手に入れました。そういうものを何かいただければと思います。あ、別に召喚能力で手に入ったものじゃなくても、いいです。もっと過去の何かでも。足りないなら足りないとはっきり言いますが」
ど、どうしよう……。
「期限は三日後です。三日後にまた来ますから」
「よ、用意しなかったらどうなるんですか? 命でも奪われるんですか……?」
「いえ、そんなことはいたしません。ただ、その場合は召喚能力をいただくことになります」
大変なことになった!
「では、今日はこれにて」
リルハさんが外に出ると、すぐにその姿は消えてしまった。
食堂最大の危機だぞ、これは……。
リルハさんが帰ると、すぐにサンハーヤとレトがやってきた。
それはそうだよな。どう考えても不穏な空気を垂れ流してたもんな。
「オルフェさん、あの方は何者ですか……? もしや――」
固唾を飲んでサンハーヤは言った。
「昔の女なんですか!?」
あほな推理に俺はちょっと救われた気がした。
「違う。ちなみに俺は彼女いない歴イコール人生だ」
「あっ、聞いてしまってすいません! デリケートなことを聞いちゃいました!」
「いや、そんな気にしてないから、別にデカい反応するなよ」
ぽんぽんとレトが俺を慰めるように叩いた。
「レトがオルフェの彼女になってあげようか?」
うれしいけど、それはそれで犯罪の香りがするのでダメだな……。まだ、レトは十五歳だし。
「そうだな、レトがあと三歳ぐらい上だったら考えるかな」
「オルフェは年増好き」
あれ、十八歳って年増なのか……?
サンハーヤが、「どうせダークエルフだからもう四十歳ですよ!」とかすねてるけど、面倒なのでスルーしよう。それどころじゃない。
「二人とも、大事な話がある」




