39:君がいたから
「ライゼル様!」
「……ん、」
ライゼルの瞼が揺れ、目が開いた。
ライゼルは頭痛と気怠さを覚えながら起き上がる。彼の目の前には、ソノラがいた。
「ソノラ……」
「っ! 洗脳が、解けたのですね……! よかった!」
ソノラはライゼルに今までの事を説明した。
ライゼルはそれを聞きながら、徐々に今までの記憶と思い出していく。そしてこんな状況だというのに笑ってしまった。
「はは。まさか洗脳をASMRで解こうとするなんてな……! あの黒竜の動きからしてまさかとは思っていたが……」
「黒竜ですか?」
「いや、こちらの話だ。……また君に救われてしまったな。ありがとう、ソノラ」
ライゼルの優しい瞳がソノラに向けられる。それはまさしくいつもの彼の瞳の輝き。ソノラは安堵で胸がいっぱいになる。
しかし、その瞬間──
「えっ」
ソノラの頬にライゼルの髪が当たる。身体がその逞しい腕に包まれていた。互いの体温が交わる距離。ソノラは今、ライゼルに抱きしめられているのだ。
ライゼルの吐息が、微かに聞こえる。ようやく今の状況にソノラの心臓が一気に跳ねた。
「らっ! ライゼル、様……?」
「すまない。本当は、恐ろしかったんだ。洗脳されていた間、ずっと深海のような暗闇にいた。もうここには戻ってこれないのではないかと、このまま余は朽ち果ててしまうのだろうと、恐ろしかった」
ライゼルのらしくもない弱音。ソノラは黙ってそれを聞こうとしたのだが……次の彼の言葉に目を丸くすることになる。
「だが、一番恐ろしかったのは……ソノラ、君にもう二度と会えないことだった。君の声が聞こえた瞬間。あの時ほど余が安堵した瞬間はない」
ライゼルがゆっくりソノラの顔を覗き込み、額同士をくっつける。ソノラはその額から顔中に熱が集まっていくのを感じた。
「ありがとう、ソノラ。君がいたから、余はここへ戻って来れた」
「ライゼル様、」
「ソノラ……」
ライゼルの吐息がソノラの唇にかかる。ソノラはその瞬間、慌ててライゼルの胸を押した。
ライゼルも途端に顔を赤らめ、ハッとした表情を浮かべる。
「ッ! す、すまない。こんな状況で余はなにを……」
「い、いえ! それよりも早く行きましょう。一階の客間でセラ様達が私達を待ってくれています。合流して、皆でブレイズ様の目を覚ますのです」
「そ、そうだな。……行こう!」
どうにか頭を切り替えて一階の客間に降りると、セラとボルテッサ、ガイアがソノラ達を待ってくれていた。
彼らは降りてきたソノラとライゼルを見るなり、立ち上がる。
「陛下!」
「ガイア。心配をかけた。もう大丈夫だ」
ライゼルが力強くそう言うと、ガイアは安堵の息をこぼす。セラも同じ様子だった。
一方でボルテッサはライゼルの前に立ち、深々と頭を下げる。
「誠に申し訳ございません、陛下。私のせいなのです。エアリスは私をおもんばかって、このような事になっているのだと思われます。この事件の責任は全て私にあります。どんな処罰でも受ける覚悟でございます」
「……ボルテッサ嬢」
ボルテッサ嬢。そう呼ばれて、ボルテッサはチクリと胸が痛くなった。でも今の彼女には一番大切なものがある。いちいちこんなことで傷ついてはいられない。
顔を上げたボルテッサの強い瞳にライゼルは口角を上げた。
「余は今から王城へ行く。兄、ブレイズの暴走を止めるために。しかし余一人では王城の従者達全員を守ることはできないだろう。戦いに巻き込んでしまうかもしれない」
「……はい」
「だから余から頼む。ボルテッサ・エレクトラ。余と共に戦ってほしい。君ほどの優秀な魔法使いが味方になってくれたなら余も心強い」
「ッ!」
ボルテッサの瞳が一気に潤う。唇を噛み締め、彼女はゆっくり俯いた。数秒後、顔を上げた彼女には強い覚悟が見えた。
「承知したしました。この命に懸けて、民を守るとお約束しましょう。陛下がブレイズ殿下との戦いに集中できるように」
「あぁ、ありがとう」
ライゼルは次にこの部屋の全員を見渡す。ガイア、セラ、ボルテッサ、ソノラ……一人一人を見て、強く頷いた。
「悪魔の洗脳にやられた不甲斐ない王ですまない。もう余は悪魔に操られはしない! 今の兄上に国は任せられない。余が兄上を止める」
ライゼルの言葉に一番に反応したのはガイアだ。
「おっしゃる通りです、陛下。魔法の才がなかった幼い俺を唯一陛下だけが認めてくださった。あの時から俺の命と忠誠は陛下に捧げております。相手が悪魔であれ、ブレイズ殿下であれ、どこまでもお供致します」
「私も貴族として民を守り、陛下を支えなければいけない身。勿論私もご同行いたしますわ、陛下」
ガイアに続いてセラもそう強く宣言する。
ソノラもそんな彼らに続き、「私も同行します」と続いた。戦力的には足手まといになるかもしれない。でも、なにもできない自分にはなりたくなかった。
(これでもライゼル様の傍で王妃になりたいと志す身。私だって国のために民のために、そしてライゼル様のために何かしたいもの!)
懇願する瞳でライゼルを見上げる。「足手まといだ」と、「君はついてくるな」と言われてしまったらどうしようと不安が募る。
「私もお役に立てます! 私の音魔法があれば誰にも気付かずに玉座の間に入ることも可能です! 盗聴で、相手の様子を探ることだってできます……! それに、他には……ッ!」
「ソノラ、」
ライゼルの優しい声がソノラを呼ぶ。ハッとして、口を閉じると彼はふっと微笑んだ。
「勿論君にも一緒に来てもらうつもりだ。君には安全かつ内密に余らを兄上の所へ導いてもらう。そして戦いが始まれば、従者達を安全な場所へ誘導する役目をお願いする。できるか?」
「ッ! はい! お任せください!」
ソノラは胸が熱くなった。こんな大切な状況で、戦闘力もない私に任せてくれたライゼル。
ライゼルはいつだってソノラを認めてくれる。それは彼に初めて出会った時からソノラの大きな自信であり、誇りになっていた。
だからこそ、今回もこの国のために、ライゼルのために役に立ってみせる!
恐怖は勿論ある。悪魔という得体のしれないものが関わっているかもしれないのだから。だが、ソノラは胸を奮い立たせたのだった……。




