38:導きの声
家族は余の誇りだった。
いつか彼らのようになりたいと必死に勉学や剣術に必死に励んだ。
父と、兄と、母と……家族四人で、これからのドミニウス王国を末永く守っていけるのだと幼い余は信じて疑わなかった。
どこか異変を覚え始めたのは……余の炎魔法が開花した時。余の炎は希少な白炎だった。
父は歴代の王を継ぐ立派な赤い炎。兄はそれよりも強力とされる伝説の美しい黄色い炎だった。兄までとはいかなくても父上と同じ赤い炎魔法が開花すればと願っていたが……まさか自分がさらに希少とされる白炎を宿すことができるとは思わなかった。父も母も城の従者達もとても喜んでくれた。それに国を守る力を得られたことがなにより嬉しかった。
だが、その時からだ。従者達が明らかに余を贔屓するようになったのは。余に媚びへつらうようになったのは。
兄上がどこか余によそよそしくなったのは……。
父上も母上もそんな余ら兄弟を見て、さぞ心配していたことだと思う。
だが、兄上の二十五歳の誕生日で行われた戦王式の時。
『ライゼル。今日は僕にとって大切な日だ。……よろしく頼むよ』
『あ、兄上?』
長年余に近づこうともしなかった兄上が、何故か突然余に話しかけてくれたのだ。
それどころか兄上は余の背中を強く叩き、陽気に笑ってくれるではないか。嬉しかった。兄上と、また仲のいい兄弟に戻れるのではないかと思った。
『あぁ! 任せておけ、兄上。兄上の優秀さを国中の貴族に見せつけよう!』
『……ふふ。可愛い弟にそこまで言われてしまっては、失敗できないな』
そして、迎えた戦王式。
貴族達が見守る中、国立の闘技場にて、余と兄上が向かい合う。これは兄上の晴れ舞台だ。しっかり引き立て役を務めなければ!
……そう、思っていたのに。
『──うわああ!! 黒竜だ!!!!』
兄上に炎魔法を放った瞬間、全身に激痛が走った。同時に尋常ではない熱が背中から全身を駆け巡り、腕にこもったのだ。
余は、その熱を抑えることができなかった。白炎だった余の炎魔法はいつしか黒へ変色し──兄上を一瞬で燃え消したのだ。
それを理解するのに、余は長い時間を要した。兄上がつい今まで立っていた場所には灰しか残っていなかった。
魔力の暴走。こんなことは初めてだった。
脳が現実をようやく理解すると、余は泣き叫んだ。手を伸ばし、掴んだものは兄上のマントの燃えカスだけ。
『ライゼル!! 待ってろ、今そっちにいく!! 大丈夫だからな、落ち着くんだ!』
そんな父上の声がした。余は得体のしれないものが己の体の中にいることを感じていたので、こちらに近づく父上に首をふった。
駄目だ、自分に近づくなと何度も叫んだ。だが、父は余を見捨てることはしなかった。
……気づけば父上も、余の黒炎で全身を焼かれていた……。
そこで、ようやく余は意識を取り戻した。今まで夢を見ていたようだ。
余は……確か第三の試練の内容を王妃候補達に告げるために……そこから……駄目だ、思い出せない。
暗い闇の中に沈んでいる。きっともう光を見ることができないのはなんとなく理解できた。
余は死んだのだろうか。今、余は地獄に沈んでいる最中なのだろうか。
なにも分からない。だが、そうであってくれと思う。消えないのだ、余の中の黒炎が。ずっとこの胸の中でくすぶっている。
だからもうここで果ててしまってもいい。余のような大罪人は、こんな孤独の深淵がお似合いなのだろう。
……だが、何故だろう。なにかを忘れている気がする。
なにを? いや……誰を、か?
深淵の中。次第になにか聞こえてくる。
この、声、は……。
──【ライゼル様。はやく目を覚ましてください】
──【この国の王はあなたしかいないのです……‼ どうか、目を覚まして……】
嗚呼、なんて透き通った聞き心地のいい声なのだろう……。
ずっと聞いていたいような声だ。どこかで、聞いたことのある、ような……。
すると、次に歌が流れてきた。歌は子守唄だ。さきほどの声の主が歌っているらしい。
深淵に少しだけ光がさした。さきほどまで寒かったはずなのに不思議と春の木漏れ日のような温かさを感じた。
この歌を余は知っている。母上が残してくれた歌。
そして母上からその歌を託された者も、余は知っている。
音を愛し、研究熱心で、お人好しで、純粋で、裏表のない、健気で可愛らしい……女性、だ。
そう。限界を迎えつつあった余の心身を癒してくれた光。この世界で唯一心を許すことができる余の安らぎ。
──ソノラ。
また、君に会いたい。君の声が聞きたい。君に触れたい。
──【ライゼル様、ライゼル様……お願いです、はやく目を覚ましてください】
──【はやく、ブレイズ様を止めてください……。あなたにしか、できないんです……!!】
そんな彼女の声に余はハッとする。次第に頭が冴えはじめ、目を開いた。
そうだ、兄上が突然現れて、余は……。あの時の兄上は普通じゃなかった。あんな状態の兄上に国を任せることはできない。
父と母が愛したこの国を守らなければ。それは余にしかできない唯一の贖罪なのだと今まで努力してきたはずだ。余が死ねば償える罪ならば既にそうしたはずだ。
こんなところにずっといていいはずがない。早く、ソノラの導く方へ、行かなければ……。
余は、差し込んだ光に向けて手を伸ばした。
だが。
余の身体を黒い竜が巻き付き、離さない。
どうやら逃がしてくれる気がなさそうだ。
必死にもがく。どうにかして、光が差す方へいかなくては! クソッ!! ソノラがせっかく導いてくれているというのに!
その時だった。
黒い竜が、突然苦しむように身体をくねらせ、余から離れる。
いや、これは苦しんでいるというより……黒い竜の身体をビクンビクン跳ねさせている動きにはどこか既視感があった。まさか。
とにかく今はチャンスだ! 余は黒い竜の束縛から解放され、そのままソノラの声が導いてくれる方へ手を伸ばしたのだった──。




