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32:貴方の本音を

 その場の時が止まったようだった。

 フィアメールが危篤状態。ソノラは彼女が血を吐いた時のことを思い出し、さぁっと血の気が引いた。

 同じく真っ青な顔のライゼルを見上げる。


「すぐに黄金宮へ向かいましょう!」


 それを聞いてライゼルは──背を向けた。


「余は行けない」

「何を……何を言っているのですかっ!!」

「会えるわけがないだろう! 余は、母上を苦しめた張本人だぞ!!」


 ライゼルの怒鳴り声にソノラは目を丸くする。


(やっぱりフィアメール様とライゼル様には何かあるんだわ。……でも、)


 ソノラの脳裏に浮かんだのは……


 ──『ソノラさん。貴女に覚えてほしい歌があるの』


 ぐっと拳を握り締め、ソノラは不敬だと知りつつもライゼルの腕を強く掴んだ。


「いいえ。貴方様は絶対に行かねばなりません!!」

「やめろ。君は何も知らないからそんなことが言えるのだ」


 ライゼルはソノラの手を冷たく払う。ソノラを見下ろすその瞳には“炎帝”の冷たい赤が宿っていた。

 ソノラは初対面の時のような威圧を感じ、怯んでしまう。


「──余は、父と兄を()()()()()()

「え……?」


 ソノラは石になる。

 ライゼルから放たれた衝撃的な事実を一瞬では受け止めることができなかった。


(ライゼル様の父と兄。つまりは……前国王と第一王子を──殺した? ライゼル様が?)


 ソノラは唇を震わせる。


「そ、そんなわけありません! 前国王様と第一王子様は……は、流行病でお二人とも亡くなったと……」

「表向きはな。ソノラは戦王式を知っているか?」


 知っている。

 戦王式。それはドミニウス魔王国の伝統的な行事だ。それは王子が二十五歳(初代王が戴冠した歳とされている)を迎えた日に行われ、招待した公爵家の貴族達の前で模擬戦を行い、王子の魔法の腕をお披露目するものだったはずだ。

 

「一年前、兄上の二十五歳の誕生日に戦王式が行われた。その日、余は兄上と模擬戦を行うはずだった」


 そういえば、とソノラはハッとする。前国王と第一王子の訃報もその戦王式直後に届いたのだと気づいた。


「しかし戦王式で白を宿した余の炎が──突如黒く染まった。黒炎は竜の姿へと変わり、暴走を始めたのだ」


 黒い炎。それにはソノラにも心当たりがある。第一の試練の際に見た、あの黒い竜だ。

 今思い出すだけでもゾワリと鳥肌が立ちそうな、嫌な記憶である。


「未熟な余は黒炎竜の暴走を止めることができなかった。対戦相手である兄上を焼き殺し、それを止めようとした父上まで──」

「……!!」

「余は、母上の目の前で家族を二人も屠ったのだ」


 ライゼルの身体は震えていた。想像以上の重いものを背負っていた彼に対して、何も言葉が出てこなかった。

 全て理解したのだ。どうして彼が、自分の魔法を恐れていたのか。


(そう……だからずっとライゼル様は自分を責めていたのね。そんなことがあっては、毎晩悪夢を見てしまうのも当然のことよ……)


 ソノラは気づけば己の頬に涙が伝っていることに気づいた。しかし乱暴に服の裾でそれを拭う。自分は今、泣いてはいけない。

 ライゼルの過去は確かに辛いものだった。だが、ソノラの意思は変わらない。


 ソノラはライゼルの腕を引っ張る。体格差がある故に、ビクとも動かない。

 今度は大胆に腰に抱き着き、ライゼルの身体ごと引っ張ってみる。


「それでも貴方様は行くべきですっ! 例え不敬罪になろうとも、私は貴方様を黄金宮まで引っ張り出します!」

「ソノラ、」

「ここで私が引いてしまえば、お互いに一生後悔してしまうでしょう。それは絶対に嫌なのです! ……もう二度と、フィアメール様に会えないかもしれないのですよ……?」

「…………!!」


 泣くべきではないと分かってはいるが、涙が勝手に溢れてくる。

 

「家族というものは単純なものではありません! 現に私がフィアメール様とお話する時はいつもライゼル様を気にかけておりました。例えライゼル様がどんなに恐ろしい魔法をもっていたとしても、フィアメール様がライゼル様を愛しているのは変わりません! この世でたった一人の息子を、愛さない母親がいるはずないのです……! 会いたくない、わけがないのです……!」


(いままで一度も子を産んだことの無い私の言葉は薄っぺらいかもしれない。でも、それでも連れていかなきゃ!)

 

「離してくれ、ソノラ」

「ッ! で、ですが……!」

「──自分の力で行くから、そんなに引っ張らなくていい」


 ソノラは顔を上げた。すぐ目の前にライゼルの緋色の瞳があり、胸が高鳴る。自分から大胆にライゼルに抱き着いてしまっていることに気づき、慌てて離れた。

 ライゼルは優しくそんなソノラの頭にポンと手を置く。


「やはり君の前では炎帝になれないようだ。君は余の本音を引き出す天才だな」


 そう前置きを置いた後、


「……余も、母上に会いたい……。もう二度と会えないのは……嫌だ……ッ!」


 ポツリ、とこぼれたライゼル・ドミニウス・モルドックの本音。

 ソノラは確かにその言葉を受け止め、頷いた。


「じゃあ会いに行きましょう! 今すぐに!」

「……あぁ」


 有難う、ソノラ。

 ライゼルはソノラに聞こえないように小声でそう呟いた後、既に走り出している彼女の後を追った。

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