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23:可愛い弟

「あの、セレニティ家から荷物が届いておりましたので、私が責任をもって運んでまいりました。既に検閲も済んでおりますので」


 ガイアの言葉にソノラは目を輝かせる。一方でマリーナは木箱に興味を示した。


「ソノラ様? この大きな箱はなんなの?」

「第二の試練の課題の材料ですわ。色々と実家にお願いしていたことがありまして、」

「そ、ソノラ様!」


 ガイアがたしなめるようにソノラを呼ぶ。試練の内容を他の王妃候補にバラしてしまっては不利になってしまうからだろう。

 しかし隠すようなものでもないのでソノラは「大丈夫ですよ」と返す。


「前にも言いましたが、私の音魔法は音を保存できるのです。そこで音を保存する魔道具を実家に送り、実家でしか録れない音を保存して送り返してもらったのです」

「……一体どんな音なの?」

「そうですね、例えば……」


 ソノラが木箱から取り出したのは筒状の、先端が丸くなっている粘土細工だ。ソノラの前世でいうとマイクに近い形状である。これもソノラが開発した魔道具の一つで、筒の部分にある魔法陣に触れると、音を収録できたり再生できるものである。ソノラは魔法陣に触れ、魔力を流した。収録されているであろう音を再生したのだ。


 だが、聞こえてきたのはソノラが期待していた音ではなかった。


【ほら、アルト。お姉様が聞いてるわよ】

【う、うん……】


 ソノラの母親の声がする。そして幼い弟の声も。ソノラは胸が締め付けられたような気分になった。


【あ……お、おねえさま。あるとだよ。せっかくだからぼくのおこえをいっしょにとどけたくて……】


 弟アルトの舌足らずな声はいつ聞いてもとても可愛らしい。ソノラだけではなく、フランとガイアも思わずにっこりしてしまうほどだ。


【おねえさま、またよみきかせしたり、おうたうたってね。はやくおねえさまといっしょにねたいです。あと、あとね──はやく、かえってきて】


 アルトの声には少しだけ涙が滲んでいた。そこでマイクの音は途切れる。途端にソノラの胸がさらにきゅんと締め付けられた。寂しさが溢れてきたのだ。


「ソノラ様、この声は?」


 マリーナの問いかけにソノラは目じりを指で拭って答える。


「弟です。まだ幼く姉離れができていないので、寂しくて送ってくれたのでしょう」

「そうですか。……きっと可愛らしい弟さんなのでしょうね」

「はい! とっても!」


 ソノラは弟の声が入っているマイクを大切に胸に閉じ込めた。その様子を見たマリーナは──ひくりと口角が痙攣する。


「申し訳ございません。少し気分が優れなくて……今日はこれで失礼しますわ。今度は水宮にどうぞいらっしゃってくださいね」

「えぇ、ぜひ!」


 足早に去っていくマリーナ。そんな彼女の後ろ姿を見て、フランはこてんと首を傾げる。


「マリーナ様、どうしたんでしょうか」

「そういえば私達が入城した際も、マリーナ様は体調不良だと聞いたわね。大丈夫かしら。ガイア様はなにか聞いてますか?」

「いえ、俺も何も聞いておりません。ですがこのことは念のために陛下にご報告し、水姫様の体調に配慮するようにしますよ」




***




「マリーナ様、お待ちください!」


 音宮の前でマリーナが戻ってくるのを待機していた侍女達を無視し、マリーナがズカズカと水宮に帰った。そして水宮の中に入り、ドアを閉めた途端──近くの花瓶を壁に投げつけたのだ。侍女の一人が悲鳴を上げたので、その侍女の頬を打った。


「マリーナ様!」

「目障りよ。これからどんな音が聞こえても、私の部屋に入って来ないで」


 侍女達は真っ青な顔で大袈裟に頷く。マリーナは舌打ちだけを残して自室がある二階へと上がっていった。

 打たれた侍女は頬に触れ、呆然とそんなマリーナを見つめるだけしかできなかった。


「ソノラ・セレニティ……」


 自室に入り、マリーナはポツリと呟く。そしてそれをきっかえに部屋中を暴れまわった。泣きわめき、洗面台の鏡に物を投げつけ割り、髪を掻きむしる。何度も何度もベッドを叩き、その度にぎしぎしと揺れる。


「ソノラ・セレニティ、ソノラ・セレニティッ……ソノラ・セレニティソノラ・セレニティソノラ・セレニティイッッ!!」


 親の仇のようにソノラの名を叫ぶ、その声にこめられているのは明らかな、殺意。


「なんで、私だけ……あの女は、あんなに……!!!!」


 ボロボロ涙を流し、マリーナは割れた鏡の前に立った。洗面台に散らばった鏡の破片を握り締め、手に激痛が走る。しかしそんなことはどうでもいいと割れた鏡に映る歪な自分を睨みつけた。


「ソノラ・セレニティ。やっぱりアンタだけは、絶対に堕ちてもらう……!! アンタだけには王妃の座を渡してなるものか! この私の命をかけても……ッ!!」

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