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18:シュタミカ村からの贈り物

「それで、二人きりで帰ったのね! 寄り添い合いながら」

「いや、寄り添い合ってはいないです!!」


 うっとりとした表情でハーブティーを飲むのはフィアメールだ。

 第一試練終了後、王城に戻った王妃候補達には十日の休暇が与えられた。その間にソノラは()()()()()も届いたので新たなASMRの研究に勤しもうと思っていたのだが……フィアメールから宮への招待があり、今に至る。

 第一の試練から二人きりの帰り道のことまで洗いざらい聞いたフィアメールは満足そうだった。


「それにしてもあの堅物ライゼルがねぇ……」


 フィアメールがソノラの顔を見て、ニマニマと意味ありげに口角を上げる。「からかわないでください!」と言うと「つい可愛くて♡」と返ってきた。親子で同じ返答をするのかと顔を赤らめ、うつむく。

 ふと、フィアメールがソノラの顔を覗き込んできた。ライゼルと同じ深紅の瞳に思わずドキッと胸が鳴る。


「綺麗なアクアマリンの瞳ね……。真紅の髪に映えそう」

「? 何の話ですか?」

「あなたたちに子供が出来たらの話よ」


 突然のフィアメールの問題発言にソノラはハーブティーを吹き出しそうになる。

 

「あら? 王妃候補なんだからあり得ない話ではないでしょう?」

「そっ、そうかもしれませんが……」

「ライゼルは王太子であるが故に幼い頃から色々と無理させちゃったわ。だからあの子は休むのが苦手なの。でも、ソノラさんの傍でならあの子も安心できるみたいだし……私はあの子の隣には貴女のような女性がいいと思ったのよ。ごめんなさいね、突然!」


 フィアメールはぼんやりとした瞳でハーブティーを一口飲む。そんな彼女の表情にどこかソノラは哀愁を覚えた。


「母親として、私はあの子に何もできなかった。ほんと、情けないわ。()()()だって、あの子が一番苦しい時に、私は──」

「フィアメール様?」


 そこで言葉を止め、フィアメールはハッとしたように「ごめんなさい、なんでもないわ」と誤魔化す。

 だが、その時──


「ごほッ!」


 フィアメールの咳が止まらなくなる。ソノラはすぐにフィアメールの背中をさすった。しかしすぐにその手を止めてしまう。

 何故なら、フィアメールが口を押さえていた手が、真っ赤に染まっていたからだ。


(血……?)


 ソノラはすぐに従者を呼ぼうと部屋を出ようとする。しかしフィアメールがそれを止めた。

 彼女は手慣れたように傍にあったハンカチで血を拭きとり、咳の合間にハーブティーを飲んで喉を潤す。


「し、心配しないで。いつもの発作よ。従者達には心配かけたくないわ。ただでさえ心配ばかりかけているというのに」

「しかし、フィアメール様……」

「お茶を飲んだらおさまるから大丈夫よ、本当に。ただ横になりたいから手伝ってくれる?」

「は、はい!」


 ソノラはフィアメールの体を支え、フィアメールの大きな天蓋付きベッドに彼女を運んだ。その際にフィアメールの体に触れたが、彼女の体はこんなに細いのかと驚く。どうやら食事もあまりとれていないようだ。

 ベッドに沈んだフィアメールはソノラに優しい瞳を向けた。


「ソノラさん、お願いがあるの」

「はい、なんなりと。私にできることであれば」

「ありがとう」


 王太后フィアメールのお願い。ソノラはどんなものが来るのかと無意識に唾を飲みこむ。




 「どうしても貴女に覚えて欲しい歌があるの」




***




「ソノラ、すまないな。また待たせてもらっていた」


 ソノラが黄金宮から音宮に帰ると、客間にライゼルがいた。

 彼はフランが淹れたオレンジティーを嗜みながら、読書をしていたようだ。ゆっくりと顔を上げ、ソノラに微笑みを向ける。

 いつものソノラだったらその微笑みに頬を染めるところだが、今回は違う。きゅっと唇を結んだ。

 

「ライゼル様……」

「黄金宮にまた呼ばれていたようだな。母上は今夜も眠れていただろうか」

「はい。ぐっすりと。ですが……」


 ソノラはフィアメールの吐血のことをライゼルに伝えるべきか否か迷った。

 フィアメールから、ライゼルに言わないように釘をさされたのだ。


(フィアメール様の体調が悪化していることをライゼル様はご存じなのかしら? それにフィアメール様があの歌を私に覚えてほしいってことは……それって……)


「ソノラ?」


 ライゼルが黙り込むソノラの顔を覗き込む。


「どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」

「い、いえ……」

「母上に何かあったのか?」


 いつも威厳ある彼の顔は崩れ、途端に焦りが見えた。ソノラはどう返すべきか迷ったが……


「フィアメール様が貴方様に会いたいと仰っておられました」

「っ!」


 ライゼルの目が見開く。しかしその真紅は逸らされた。

 やはり彼はフィアメールに会う気はないのだろうか。


 「…………」


 ソノラは何も言わないライゼルをただ見つめていた。また彼が泣きそうな少年のような顔をしている。


(ライゼル様はフィアメール様に会いに行くべきだわ。でも、それは私が口出しすることではない。私は、二人の間に何があったのかも、ライゼル様の過去も、何も知らない“部外者”なのだから。……だけど、その背負っているなにかを少しの間忘れさせ、休んでもらうことはできるはず)


「分かりました。もうこれ以上は何も言いませんわ。……ではライゼル様、これを」


 静まり返ったその場を変えるべく、ソノラはライゼルに小さな箱を渡す。その箱の中に入っていたのはソノラの囁き声が入ったイヤフォンだ。昨晩、ソノラが羞恥心を抑えながら何回もリテイクを繰り返して完成した代物である。

 箱の中のイヤフォンを見た瞬間、途端に表情が明るくなるライゼル。


「ソノラ! これはまさか!」

「はい。お約束していたものですわ」

「あ、ありがとう! とても嬉しい! さっそく今夜はこのASMRを聴いて──」

「いえ、ライゼル様。申し訳ないのですが、今夜は新しいASMRの実験体になっていただけませんか?」

「新しいASMR?」

「はい。ライゼル様にぜひ試していただきたいのです!」


ソノラの突飛なお願いにライゼルはひとまず頷くしかなかった……。

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