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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第六話 反乱軍と戦争
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反乱軍と戦争 その8




 間一髪のところでセイントの中から出ると俺は頭を抱えた。文字通り、頭を抱えてしゃがみこんだのだ。

 どうしたら、どうしたらいいんだ。でかい情報を知りすぎた。俺に全てがかかってると言ってもいい状況だ。こんなやっかいな決断、自分一人でするのか? いや、荷が重すぎる。どうしたら……。

 俺ははっと顔をあげる。

 そうだ。俺には相談できる奴らがいる。

 そこまで考えて顔をあげた。考えてる場合じゃなかった。今は戦争中だ。今度は終わらせる手はずをとらないといけない。


『皆の注意を引いて。そして勇人、死なない程度に気絶して』


 戦争が簡単に終わるなんて思っていないが、きっかけになるかもしれない。気絶するのはセイントに俺を攻撃させるのでもいいし、それがなければ反乱軍が信者を装って俺を攻撃する手はずだ。なんでもいい。とにかく今は戦地へ。

 俺が足を踏み出した。その瞬間――

 音が消えた。

 そして――


「エマ様っ!!」


 俺は声のした方を振り返る。

 エマ、だと?

 確かあいつは、戻ったんじゃ。まさかな。まさか。

 人々が注目する方へ、駆けていく。するとそこには綺麗な白髪はくはつが、床に流れ、じわじわと赤く染まっている、そんな状況であった。すぐにわかった。エマだと。


「エマ!」


 俺は傍に駆け寄る。一体、何が起きたのか把握できてなかった。


「エマ、なんで。お前」


 相変わらずの無防備な格好だった。膝に彼女を抱えると、掌に赤くぬめりのあるものが付着する。これが何かなんて、考えずともわかった。

 彼女は俺の声に気付いたのか、つむっていた目をうっすらと開く。


「エマ」

「勇人……」


 エマは俺の頬に手を寄せる、撫でるようにしてから、にっこりと微笑んだ。


「そんな顔……しないで」


 眉間に皺が寄っていたのか彼女は俺の眉と、目元を撫ぜる。


「一体、何があったんだ」

「なんでも、ないの。なんでも」


 それだけ言って彼女はそっと目線を俺から外す。俺はその目線の先を追って、俺の目の前に立つ、少女の足元に気がついた。見上げると、震えた、その姿が目に入る。


「アロン」

「私の、せい」


 アロンは膝から崩れ落ちた。

 なんで……こいつもいるんだ。

 アロンの頬は紅潮していて、汗だくになっている。明らかに熱をぶり返している。


「アロン様は……悪くないわ……勇人、貴方を探そうと……残った私が、悪いの」

「違う! エマ様は、エマは何も悪くない。私が……私が……戦場で、倒れるなんて、馬鹿な事しなければ。エマだって私の身代わりになるなんてこと……起きなかった」


 何を言ってるんだ。こいつら。


「どっちでもいい、早く、医療班はいるんだろ? 早く呼び……!」


 声を張り上げた俺の手を、エマはそっと握った。言いかけていた言葉を止め、エマを見ると、彼女は首を横に振る。


「ありがとう……ごめんね」

「何お礼言ってんだ。何謝ってんだ。そんな言葉今は聞きたくねえ!」

「聞いて……勇人」

「聞きたくねえって言ってんだろ!」


 エマは俺の言葉に苦笑を浮かべ、なおも続けようとした。


「……生きて。幸せになって」


 ね? と、念を押されて、彼女は笑みを浮かべる。


「やめろよ。今はそんな言葉……」

「勇人様」


 声が耳に響いてきた。俺は顔をあげて、その主を確認する。アロンの後ろに立っていた、鈴が、俺達を見下ろしていた。彼女は戦争中、戦争後は興奮状態にあると聞いていたが、それを今は理性で押しとどめているように見える。強く握った拳が小刻みに震えていた。


「お別れを」

「何言ってんだよ。まだ、こいつ生きて……」

「お別れを。勇人様」


 鈴の声が幾分か強くなる。そしてそれが震えていることに気付かないわけがなかった。


「なんでだよ。なんで。エマ、お前……」


 げほげほと、エマが咳込んだ。気管に血が流れ出たのか、彼女は苦しそうに何度も咳込むが、微笑むのをやめなかった。

 ただ俺の手を握って、それこそ、力強く握っていた。何度か血を吐き続け、彼女の瞳からは涙がこぼれおち、頬を伝った。

 この時、俺は覚悟した。

 ――エマは、死ぬ。

 俺は咳込むエマを強く抱きしめた。

 こんなことしかできなくてごめん。何もしてやれなくてごめん。

 背中をさすり、そして、耳元で、そっと呟く。


「好きになってくれてありがとうな」


 それを彼女が聞いたのか、否かはわからない。ただ、握っていた俺の手から、彼女の手が滑り落ちた。すとんと、力が全て抜けていくのがわかった。なおも微笑んで、彼女は――


「エマ様っーー!!」


 周りにいた女子達が一斉に、駆け寄ってくる。俺はその場にエマをゆっくりと横たえさせ、離れた。なおも俺の体にはエマの血がついている。目の前が真っ白になりそうになるのを必死に耐えた。それしかできなかった。ただずっとぼんやりとそこに佇むことしかできなかった。

 これは、俺が起こした戦争だ。

 俺が、終わらせるべきだった戦争だ。

 そのはずだった。

 なのに、終わらせたのは一人の少女の死だった。いや、もしかしたら、もう何人も死んでいるのかもしれない。俺は、なんてことをしてしまったんだ。初めて、死を、目の前で見てしまった。しかも、それは、俺が起こした戦争。


「勇人」


 そんな俺に声をかけてきたのは、あゆむだった。後ろには反乱軍がボロボロになった格好で俺を心配そうに見つめていた。


「自分を責めるなよ」


 その言葉に、堪えていたものが堪え切れなくなった。声をあげた。全身から力が抜けおちて、地面に突っ伏した。そして、ただ目の前の床を拳で叩きつけた。

 全て、俺のせいだ。

 エマが俺を追ってくる事、何故想定しなかった?

 エマが戦場にいるなら、病み上がりのアロンも、きっと残るだろう。なんでそんな簡単なこと想像できなかった?

 それを知っていて、なおも俺は戦争を始めたんだ。

 もっと早く、俺が戦争を終わらせていれば。

 留まる事のない感情と後悔が、目頭を伝って溢れてくる。


「勇人様。自分を責めないで。エマ様とアロン様を守ると言ったのは私です。それができなかったのは、勇人様のせいではありません」


 鈴がしゃがみこんで、俺と同じ目線になる。いつもの天使も、その手は震えていた。彼女もまた、自責の念に捕われているのか。


「戦場と死は隣合わせだ、勇人。ここにいる誰もが、誰を責めることはできない。勇人が悪いなら私達だって同罪だ。言いたいことわかるか?」


 あゆむの語尾が震える。そうか。これが、戦場なのか。

 皆、自分達と戦うのか。

 立ち上がる事のない俺に、あゆむは代わりに声を張った。


「こちらの聖女子エマ様は、たった今亡くなられた。戦争は一次休戦にしたい」


 誰も反論する者はいなかった。静かに、ぱらぱらと、人が散っていくのを、風で感じた。

 そこに残されたのは、ただ、俺一人だった。





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