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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第六話 反乱軍と戦争
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反乱軍と戦争 その4





 ――俺は自分の部屋で天井を眺めていた。先程まで聞いていたことを頭の中で反芻してみる。

 怖いな。うん。そればっかりが頭の中を巡る。

 ふと俺はアロンのことを想い浮かべた。アロンはこれを聞いたらなんというんだろうか。彼女は戦争に行くなと、そう言ってくれるのだろうか。

 そんなことをひとしきり思いめぐらしていると、トントンとノックの音が耳に届く。


「入ってもいいかしら」


 この声はエマだ。もう儀式の時間か?

 俺は身を起こして座り直すと「入っていいぞ」と扉の向こうの女子に声をかけた。

 扉が開かれる。

 が、そこにいたのはいつものエマではなかった。薄い透けるような、かろうじてパンツが隠れるくらいの長さの下着のような物を着ていた。胸の所には刺繍が施してあり、大事なところは見えないようにはなっていたが、際どい……際どすぎる。パンツはちらっと見えただけだが(断じてみようとはしてない。それだけは言っておく)、純白なものがちゃんと履いてあった。ほっとするも、いつもと違うそれに俺の心臓は高鳴るを得ない。


「な……」


 さすがの俺も言葉を失った。


「なんで、こんな恰好を? と?」


 扉の脇でもじもじしていた彼女が、意を決したように俺の目の前までやってくる。頬をほのかに染め、俺の隣にとんとエマは座った。

 さっきまで明後日の事で悩んでいたことが嘘のようだ。

 こんな状況どうしたらいいんだ?

 いいか。俺はえばる事じゃないが童貞なんだぞ。女子が俺の隣に座って、しかもかなり誘惑的な格好で、腕にしがみついてくるんだぞ。

 意識してるとかしてないとか、それ以前の話だ。俺は男だということをわかってやってるんだよな? だとしたら、非常に今の状況はやばい。やばいとしか言えない。


「あ、あのさ……その……そんな格好でそんなにくっつかれると……その……」


 ああ、格好悪い俺。自分の髪の毛をくしゃりと握ってみる。どうしたらいいかわからないと髪を触りたくなるのはなんでかね。


「私は言いましたよね。勇人と、セイントを通じてではなく、遺伝子を残したいと」


 ああ、言ってましたとも。でもそれがまさかの今日なんて思ってもみなかった。というか、エマには申し訳ないが、今さっきまで忘れてました。本当すまん。

 そんなこと言えるわけもなくどうしようかとキョロキョロと目線だけ泳がせていると、俺はふとエマの胸元を見てしまった。


「ぶ……っ」

「え?」


 吹き出した俺は目元を押さえた。やばい。これは、やばい。エマはエマで不思議そうな顔をして俺を見てくる。


「どうしたんですか?」

「いや、その、あのな」


 俺は上から見えるその胸元を指さした。谷間が見えるだけならまだしも、だ。これはいかんだろう。

 エマは俺の指差した先を見ると、みるみるうちに耳まで赤く染めた。そりゃそうだろう。恐らくだがこいつもまだ未経験。大事なところを見られて恥ずかしくないわけない。


「い、いいんです……」


 と言いつつ胸元を隠すのは、やっぱり女子だ。可愛いと思わずにいられるだろうか? 正常な男なら無理だろうな。


「あー……えっととりあえずだ」


 俺は手元にあった毛布をエマにかけてやる。


「そのー……寒いだろ」


 適当な言い訳をつけて俺は目を反らす。エマは何か言いたげな目をして俺を見つめてきたが、それに答えるわけにはいかなかった。


「勇人は……私の事どう思っているの? 嫌なの?」


 違う、そうじゃない。俺はどう否定したら良いのか必死になって考えを巡らした。

 抱きたくないとか、そういうのとはまた違う。ああ、なんて言ったらいいんだろう。そりゃ俺だって男だから、抱きたくないなんて思わない。でも違うんだ。エマは大切な奴だ。大切だからこそこんな中途半端な気持ちでそんなことをしたくないんだ。


「今、俺がお前を抱いても、俺はエマを悲しませることしかできないと思う」


 それだけ言うと、彼女は目に涙を浮かべた。

 やっぱり、こういう展開になるんだな。避けられないものなんだ。

 俺はエマを抱き寄せて、頭を撫でた。せめてもの罪滅ぼしだ。


「それでもいい、と言ったら?」


 俺は頭を撫でながら、そっとエマを離すと、その濡れた瞳をじっと見つめる。


「お前はそれでいいのか?」


 俺は彼女の細い手首を掴んだ。こんなの本心じゃないはずだ。いいわけなんかない。


「エマ、お前の事は大事に思ってる。だけど、違うんだ。俺は……俺はエマを好きにはなれない。それでもいいのか。そんな奴に抱かれて、お前はいいのか」


 彼女はこくりと頷く。

 俺は、その瞬間にそのまま彼女をベッドへと押し倒した。

 しかし、


「エマ、お前……」


 彼女は黙って泣いていた。力なく横たわる姿を見て、俺は胸が痛んだ。


「悪い……やっぱり俺には無理だ。お前の願いを叶える事、できない」


 腕から力を抜き、俺はもう一度彼女に毛布を掛ける。その横で、彼女は声を押し殺して泣いていた。


「ごめん」


 頬を伝うそれを拭って、俺は部屋を後にする。

 エマにとって、俺にとって、最善なことって一体なんなんだろうか。俺がもし、この時エマを抱いていれば、アロンからエマへと気持ちは移ったのだろうか。そんなこと俺にわかるわけもなかった。ただ言えることは、本儀式までに俺の気持ちは、エマへと移り変わる事は難しいということだけだ。

 扉を出てしばらくすると、隣の部屋から嗚咽が聞こえてくる。

 ごめんな。

 それしか俺には呟くことはできなかった。



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