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40.帰還










 セレスティナがエミリアナに説教をしてから、エミリアナは目に見えておとなしくなった。おとなしくなったというか、セレスティナに明らかにおびえている。セレスティナはセレスティナで、「おとなしくなるならもっと早くに説教をするべきだったわね」としれっと述べていた。


「本当は私が指摘すべきだったのでしょうけど」

「いいえ。あなたの言う通り、あの子はあなたの言うことなんて聞かないわ。一応身内の私が言うから、ああなってるのよ。まあ、しばらくしたら復活してくるでしょうけど」


 やっぱりしれっとセレスティナが言うので、ミカは苦笑を浮かべた。強い。


「それ以前に、あなたはそんなストレスのかかるようなことをせず、穏やかに過ごしなさい」

「……やっぱり妊娠しているんでしょうか」


 医者にも可能性は高い、と言われているが、どうにも現実味のないミカである。セレスティナはあきれたように首を左右に振った。


「可能性があるのなら、そうであった時を前提に動くべきよ。しっかりしなさい、ミカエラ。あなたらしくないわよ」


 肩をたたかれて、ミカは唇を引き結んだ。ひたすら眠いこと、食欲不振、食の好みに多少の変化がみられること、そして、やや情緒不安定であること。どれか一つならともかく、すべて当てはまるのだから妊娠初期症状なのだと思う。


「あなたはエミなんかに煩わされる必要はないの。適当にあしらっておけばいいのよ」

「……王妃陛下、なんだか過保護ですね……」

「あなた、嫌味を言わないと気が済まないの? こっちがこれだけ気にかけてるっていうのに」


 ミカが実家と折り合いがよくないのを知っていて、セレスティナがあれこれ気にかけてくれているのはわかっている。気が合わないなどと対立することの方が多いが、セレスティナも面倒見がよいのだ。


「では、ありがとうございます。正直、助かります」

「素直にお礼を言われても怖いものね」

「つまり、私にどうしろと?」


 素直じゃないやり取りをしていると、一緒にお茶を飲んでいたヴィルヘルムが笑って「仲良くなったな」とうなずいた。ミカとセレスティナは同時に口を開く。


「別に仲がいいわけではありません」


 異口同音の言葉に、ミカはセレスティナと顔を見合わせた。どちらも渋面を浮かべている。アックスも小首をかしげて「仲良し以外の何物にも見えないが」と言い放った。ヴィルヘルムは確信犯的なところがあるが、アックスは天然ものである。

 エミリアナは明日、王都に戻ることになっている。当然だが、ソラナも一緒に戻る。帰る前にあいさつくらいはしておきたかったので、アックスと庭を歩いているときに出会えたのは僥倖だった。


「リュードバリ公爵、レーヴ伯爵、ごきげんよう」

「こんにちは、ソラナ嬢」

「ごきげんよう、ソラナ様。庭を気に入っていただけたのでしょうか」


 エストホルム城に滞在中、ソラナが何度か庭に出ていると報告を受けている。先日出会った時も庭だった。


「ええ……希少な薬草が植えられていて、興味深くて」


 アックスがミカを見た。お前のせいだ、と言わんばかりの視線である。いや、だって、わかる人がいると思わなかったし。体裁が整っていれば、庭園が薬草園になっていても大丈夫だろうと思ったのだが、甘かったようだ。

 ミカもアックスをにらみ返す。もとはと言えば、城の管理について丸投げしてきたアックスのせいでもある。いや、奥向きである城の管理は、公爵夫人の仕事だけども。


「でも僕はレーヴ伯爵でもあるんだから、共同統治だと思うんだけど」

「突然どうした」


 考えが口から出ていたらしく、アックスから突っ込みが入った。それに、自分で言ったが共同統治ともちょっと違うか。共同管理の方が近い気がする。


「仲がよろしいのですね」


 ソラナがまぶしそうに目を細めてアックスとミカを見た。しみじみと彼女は言う。


「私、ここに来られてよかったです。ミカエラ様に会えましたし、セレスティナ様はエミリアナ様を叱ってくださいましたし」


 国元ではみんなさじを投げてエミリアナの好きにさせていたらしい。それで増長していたのだろう、と言う話だ。アックスと一緒にあきれてしまった。セレスティナが言った通りだった、と言うわけだ。


「もうしばらくこの国に滞在なさる予定ですけど、少しはソラナ様の身になる学びがあればよいのですけど」

「そうですね。ミカエラ様が連れて行ってくれた大学の様子を、もう少しちゃんと見たいです。ミカエラ様がいらっしゃらないのは残念ですけど」


 おそらく妊娠しているミカは、ここで離脱だ。夫の領城にいるので、このまま全員を送り出すだけになる。アックスともしばしの別れだ。


「……そうですね。私も、ご案内できないことを残念に思います」


 ソラナは嬉しそうに微笑んだが、アックスには意外そうな顔をされた。これまでの行いが効いていると思う。ミカは自分でも斜に構えているところがあることを自覚していた。


「お元気で、ミカエラ様。……お手紙を書いたら、お返事をいただけますか」

「ソラナ様もお元気で。そうですね、筆不精ですが、手紙が届けばさすがに返事を書くでしょう。実りある遊学になることを祈っております」


 ソラナが礼を取ってほかの花壇を見に歩いて行った。それを見送ったミカは、自分の体がふらつくのがわかって慌ててアックスの腕に縋りついた。


「だ、大丈夫か?」


 びくっとしながらも肩に手をまわして支えてくれる。ミカは半分眼が閉じかけていた。


「眠い……」

「ここでもか……」


 今なら、立ったまま寝られる気がする。支えてくれるアックスの肩に額を押し付けながら思った。絶対に支えてくれるのをわかっているから、安心して目を閉じる。


「連れて行くから寝ていても構わん……って、言う前に寝るな」


 アックスの小言が遠く聞こえる。ミカがこうなってから、セレスティナもだがアックスも十分過保護だと思う。抱き上げられる感触を最後に、ミカの意識は途切れた。


 目を覚ましたら明け方だった。着替えさせてくれたらしく、ミカは夜着をまとっていた。隣にはいつも通りアックスがいる。

 重たげに瞬きをするが、すぐに目を閉じた。今日はエミリアナたちが王都へ戻る日だ。さすがに起こしてくれるだろう。多分。

 起こしてくれたが、なかなか目が開かないミカである。それでも見送らないわけにはいかないので根性で起きた。ここのところ役に立っていないのだ。見送りくらいしなくてどうする。


「では、世話になったな。ミカエラは養生しろよ」

「さしたるおもてなしもできず、申し訳ありませんでした。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 ヴィルヘルムのあいさつにミカは定型文のあいさつを返す。セレスティナは心配そうにミカを見上げた。


「監視が減るからって無茶はしないのよ。重いものは持たないようにして、薬草の採取もやめた方がいいと思うわ。それから……」

「セレス、それくらいにしてやれ。気になるなら後から手紙でも書け」


 ヴィルヘルムに止められてセレスティナは「そうですわね」と引いた。アックスもミカもほっとする。出発予定時刻に間に合わないかと思った。


「最後まで体調不良で王都まで付き添いもしないなんて」

「エミ」


 別れのあいさつではなく、くどくどと文句を言ってきたエミリアナに、セレスティナが鋭く声を投げかけた。びくりとしたエミリアナにかまわず、ミカは口を開いた。


「確かに私はうかつでしたが、エミリアナ様はもう少し、観察眼を鍛えた方がよさそうですね」

「なんですって!」


 煽るようなことを言うな、とアックスたち三人ににらまれた。ミカは肩をすくめる。わかりました、ごめんなさい。エミリアナはセレスティナに冷たい目で見られてびくっとしていた。


「ミカエラ様、お世話になりました。お手紙を書きますね」

「楽しみにしております」


 くすくす笑いながら言うソラナに微笑み返しながら言うと、エミリアナが「わたくしの時と態度が違うじゃない!」と暴れている。当然である。


「当たり前でしょ。あなたは周囲に迷惑しかかけていないわよ、エミ」


 行くわよ、と半ば強引に連れていかれるエミリアナ。ちょっとかわいそうになってきた。アックスは最後にミカの手を取った。


「いいか。侍女たちを側から離すな。廊下や庭で寝落ちしないように気をつけろ。アムレアンの方は、夏に俺が行ってくるから心配するな」


 小言か、と無の表情で聞いていたミカだが、最後に言われた言葉に破顔した。


「ありがとう、アックス。ここで待ってるから、たまには帰ってきてね」

「わかっている」


 大真面目にうなずくアックスが面白くて、ミカは笑顔のまま手を振って彼らを見送った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


気が付いたら4月ですよ。生活がガラッと変わる、この春。


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