30.対策会議
5か月ぶりに再開です。よろしくお願いします。
アックスは警備計画の前に頭を悩ませていた。何がと言えば、エミリアナのわがままがすごいのだ。セレスティナとソラナが頑張って押さえてくれてはいるが、護衛が振り回されている。いや、正確に言えば、エミリアナが急に気が変わることは、王族の護衛などをしていればたまにあることだ。
だから、本来の問題はここではない。サンルカルの護衛が無能であることが問題なのだ。いや、無能ならまだましだ。こちらの足を明らかに引っ張っている。
「そのことについて、サンルカルに問い合わせたの?」
「ああ。兄上と、それに義姉上も問い合わせている。だが、いまだ返答がないそうだ」
「へえ」
まとめられた資料を眺め、アックスに相談されたミカが低い声を出した。彼女は先の夜会でサンルカルの護衛騎士の横暴を見ているので、かなり怒っている。ミカは怒ると怖い。
挙動不審になったのがばれたのか、ミカがアックスを見て苦笑した。
「アックスに怒ってるわけじゃないんだけど」
「わかっている。お前の怒りの影響力に慄然としただけだ。というか、やっぱり怒ってるんだな」
「当たり前でしょ!」
声を荒げた後、ミカはすっと静かになった。
「でも、実際問題だよね。君たちの足を引っ張ってるんだから」
「ああ……ちゃんと自分たちの姫君を守るつもりがないよな」
「小評議会で君の兄上とも話をしたけど、厄介なのを引き受けたのかもしれないね」
「と、いうと?」
ミカが何度もヴィルヘルムと話し合っていたのは知っているが、詳しい内容は今初めて聞いた。いや、アックスがいたところで大して役には立たないのでいいのだが、ちょっと疎外感を覚える。
「……わざと、素行の悪い護衛をつけて送り出したんじゃないかってこと」
声を低め、ミカがささやくように言った。アックスは顔をしかめる。考えなかったわけではないが……。
「そんなこと、あるか?」
「わからない。でも、そうとしか考えられないんだけど」
「自国の護衛が他国で問題を起こしたら、外交問題なのに?」
「……うーん……」
ミカは腕を組んで斜め上を見た。考えながら口を開く。
「サンルカルも、エミリアナ姫を持て余しているんじゃないかな」
「ああ……」
思わず納得して遠い目になってしまった。わがままお姫様をもてあますきもちはよくわかる。こちらの警備計画をぶち壊してくれるのだ。
「や、僕もよくやるからあんまり人のことは言えないんだけどね」
「お前の場合は修正可能な範囲内だからな」
本人が言うように、ミカも突飛な行動をとるが、わがままではないし、かろうじて理解できる範囲内だ。エミリアナとは違う。
「まあ、そんなわけでさ。もしかしたら、こちらで彼女を何とかしてしまいたいのかもしれないね」
怜悧な視線をこちらに向けて、ミカは言った。その口元は笑っているが、目が真剣だ。アックスも表情を引き締める。
「確かに、こちらにいるときに『片付け』られれば、こちらのせいにはできるが」
そううまくいくだろうか。兄やミカならやってのけそうではあるが。だが、念頭に置いておかなければならないとは思う。
「わかった。良いこと……ではないが、重要なことを聞いた。ありがとう」
「これも僕が君に嫁いだ理由の一つだからね。まあ、頑張ってよ」
他人事のようにミカはひらひら手を振るが、たぶん、彼女も裏で暗躍している。
「それと、領地の方だけど、君が帰れなさそうなら、僕が一人で行ってくるけど、どうする?」
「何を言っている。一緒に帰るに決まっている」
「……言うと思ったよ」
苦笑気味にミカが言った。領地の事件を調査するのに、ミカだけ領地に戻ったが、アックスがそのあとを追いかけたのは、つい最近の話だ。
「……あきれたか?」
「いや、好きにすればいいと思う」
「あきれてるじゃないか」
「なんでそこですねるかな……」
心底不思議そうに言うミカだが、そういう気分なのだ。わかってくれ。
それはともかく、アックスがミカとともに領地へ戻るのなら、片付けておかなければならない仕事も多々ある。そして、領地に戻っても仕事は待ち受けている。リュードバリ公爵夫人たるミカの事務処理能力の高さに感謝するアックスである。
「雪が解けたら、エミリアナ姫とソラナ嬢を連れて、エストホルムへ向かう」
「はい?」
真剣な表情で兄のヴィルヘルムが言うので、アックスは思わず聞き返してしまった。
「遊学と言っているのだから、ずっと王都に閉じ込めているわけにはいかないでしょう。王弟の領地に連れて行くのは妥当なところでしょうね」
親族しかいないとはいえ、王と王妃の前なので、ミカはすました口調で言った。なるほど、と納得しかけたが。
「ミカは先に聞いていたのか?」
「いいえ? 今初めて聞いたわね。でも、そうなるだろうと思っていたもの。現状を見る限り、ほかの貴族の領地を訪れることはできないわ」
「……そう」
ミカの洞察力が怖い。彼女には世界がどう見えているのだろう。
「そんなに引かれるとさすがに傷つくんだけど」
唇を尖らせてすねたように言うミカに、「すまない」と謝って頬を撫でた。嫌がられなかったが、くすぐったそうに目を細められた。
「そういうのは帰ってからやってくれる?」
「そうだな。今はエミリアナ姫の遊学の話だ」
セレスティナにはあきれたように、ヴィルヘルムには半笑いでツッコまれ、アックスは姿勢を正した。いちゃついていたつもりはないのだが。
「遊学先……アムレアンではだめですか」
「アムレアンまで来たらエストホルムまで行っても一緒でしょう。それに、アムレアンは結局、伯爵領よ。王女様をお招きできるほどの格はないわ」
同じ身内なら、ミカの領地でもいいのではないかと提案してみたが、やはりだめだった。むしろ妻にバッサリ理論的に切られた。いや、わかっていた。アックスの妻の領地に行くのでは、最初からエストホルムに来た方がいい。
「まあ、ミカエラの言う通りだ。冬季中の帰領を許すので、受け入れ準備を整えておくこと。ミカエラ、愚弟を頼む」
「承知いたしました」
ヴィルヘルムとミカの間でやり取りが成立している。間違いではない。間違いではないのだ。客人の受け入れ準備をするのは、通常、その屋敷の女主人であるのでミカで間違っていない。だが、お前はこの件で役に立つと思っていない、という心の声が聞こえてくるようである。
「ミカエラ。結界を張れるか」
「少々お待ちを」
ヴィルヘルムの要望で、ミカは立ち上がり部屋の四隅に向かって指を振った。リィン、と鈴の音のようなものが聞こえた気がした。ミカの結界だ。
「韻律結界です。外に話が漏れないようにしてあります」
結界にもいくつか種類があるらしい。この辺は本当に専門外なのでアックスにはよくわからないが、ミカはそれほど力の強い魔術師ではない、と言っていた。
「さて……アックス、サンルカルの護衛どもはどうだ?」
もはやヴィルヘルムもこの扱いである。その態度がどうなのか、推して知るべしである。
「あれで護衛として成立しているなら驚きます。護衛と言う仕事を理解しているとも思えませんし、俺なら彼らを護衛にしません」
「だろうな……図らずもお前の優秀さを証明しているわけだが」
アックスの優秀さ、と言うよりも、それなりに自分の仕事を理解していればそう判断する、と言うことだと思う。
「自滅してくれるだけならいいのですが、こちらが巻き込まれるので手が出せません」
遠回しに、何とかしてください、と言ってみる。無理だ、と即答された。
「セレス、ミカエラ、いい方法はあるか?」
こちらに罪を擦り付けられるのは困る、とヴィルヘルムは自分と弟の妻に目をやった。妻たちは顔を見合わせる。気が合わない、と言い張る割には仲が良いように思う。
「巻き込まれないように自爆してもらいますか?」
「もしくは、問題を起こされる前に強制送還する」
セレスティナもミカもかなり過激だ。ミカは直接巻き込まれているし、セレスティナも後始末に奔走しているようなので当然と言えば当然の結果である。
「姫君たちはなんとおっしゃっているんです?」
「エミリアナは聞く耳を持たないわね。自分のせいじゃない、そちらが悪いのだろう、と言うことを言われたわ。ソラナには逆に平謝りされて、ちょっとかわいそうになってしまったわ……」
「うわぁ」
仕事でなければ、ミカなら我関せずを貫いているレベルである。
「護衛かエミリアナのどちらかをどうにかしなければならないわね」
少なくともどちらかがどうにかなれば、どうにもならない。
「セレス、ミカエラ、お前たちで正しいお姫様教育、できないか?」
「無理です」
「できません」
「あの子はわたくしのことを下に見ているのです。そんな相手の言うことなんて聞きませんよ」
「私にお姫様教育ができるとお思いですか。私、お嬢様六年目なのですが」
セレスティナもミカもそれぞれの理由で却下した。
「どちらかと言うと、護衛を脅す方ができる気がします」
「何かやるときは、俺に許可を取ってくれ」
なんとなく危険な気がしたので、アックスはミカにそう言った。ミカは「君に黙って勝手なことをしたりしないよ」と言ったが、どうだろう。軍内部でアックスよりミカの方が信用がある気がする。王の顧問官だからだろうか。
とりあえず、どちらも保留になった。どうしようもなかった、とも言う。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
このまま完結まで、行く、かなぁ。




