16.似たもの同士
そのころのミカは、セレスティナに御呼ばれしていた。一応王弟妃として見苦しくない程度に着飾り、王妃のサロンにお邪魔していた。周囲は王妃の侍女ばかりなので、ミカは完全アウェー状態だが、そこは訓練された侍女たちである。敵愾心など見せずに給仕してくれた。
「少し前から思っていたのだけど、あなた、装飾品の趣味が変わった? 今の方がいいと思うわ」
優雅に紅茶をたしなみつつそんなことを言われて、ミカは本日の装いを振り返った。濃い青のドレスこそミカが選んだものだが、それに合わせる装飾品や髪飾りはアックスが選んだものだ。むしろ、髪はアックスが結った。
「今、夫が私を飾るのに凝っていて。まあ、選ぶ手間が省けていいんですが」
「あなた、そういうところが反感を買うってわかっている?」
「理解はしていますが、急に興味を持てと言われても持てるものではないでしょう」
「……ま、そうよね。アクセリスが喜んでいるのならいいのかしら」
と、セレスティナが眉をひそめた。ミカも紅茶に口をつける。うん、おいしい。
「ミカエラ」
ことり、とセレスティナが小さな砂時計をテーブルの上に置いた。ミカはそれをひっくり返す。さらさらと砂が下に落ちだし、簡易的な結界が張られた。
「噂、聞いているわね?」
「もちろんです。被害の方は?」
「大したものではないわ。本当に、嫌がらせなのよ。怪我をするほどの者はないわ」
今、王妃が嫌がらせを受けていて、その主犯がミカだ、という噂がまことしやかに流れているのである。ミカがそんな回りくどいことをするはずがないし、セレスティナもミカの性格上ありえないとわかっている。つまり、犯人がどこかにいるはずなのだ。
「宝石箱に虫のおもちゃが混じっているとか、ドレスが引き裂かれているとか、そんなレベルね。実害はないわ」
それを実害がない、と言い切ってしまえるセレスティナは結構肝が据わっている。実は同族嫌悪なのだろう、というのがミカとセレスティナを知る者たちの一致した意見だった。完全には否定できないな、とミカもセレスティナも思っている。
「あなたのせいだ、と言われているわ。お屋敷の方への嫌がらせは、その報復でしょうね」
「……そのようですね。先日、投書がありましたし」
正確には投書ではないが、似たようなものだ。さすがに対処に困っているが、呪いが送りつけられたわけではないので特に実害はない。
「あなたも大概図太いわよね……一つ、確認。あなたじゃないわね?」
「もちろんです。ちなみに、公爵家への嫌がらせも王妃陛下ではないですよね」
「当然よ。では、どこかに犯人がいるはずね。あなたへの嫌がらせは、私への嫌がらせがあなたからのものだと思い込んだ誰かからの報復という可能性もあるけど……」
「王妃陛下への嫌がらせの犯人は、明確に目的を持って作為的に行っていることになりますね。しかも、私を陥れたい誰かが、王妃陛下のお側にいる」
「そういうことよね……しばらく、侍女は入れ替えていないのだけど」
では、他のところからだろうか。経路はいくつか考えられるが。セレスティナがちらりと砂時計を見た。もう砂がすべて下に落ちる。
「私の方でも探ってみるけれど、あなたの方でも揺さぶりをかけてみてちょうだい」
「わかりました。せいぜい、思わせぶりな行動をとりましょう」
「またあなたに悪評がついてしまうわね」
「今更です。アックスに影響がないのなら、構いません」
「違う意味で影響は出ていそうだけれどね」
セレスティナが呆れたようにため息をついたところで、砂が落ち切った。結界が途切れる。ミカはかすかに浮かべていた笑みをひっこめた。セレスティナはそれを見て顔をしかめる。
「もう少し愛想をよくしたらどうなの」
「これでも最大限努力はしているのですが」
セレスティナとは気が合わないし、会えば喧嘩になるが、嫌っているわけではないのでむしろ愛想がいい方だと思うのだが。
「それで愛想よくしているつもりなら、世の中の淑女は全員及第点よ」
「そうですか」
「……アクセリスには、わたくしの妹はどうかと思うのだけれど」
「身分的には問題ありませんが、政治的には難しいかもしれませんね。王妃陛下には申し訳ありませんが、国外からの影響力が増すのは好ましくありませんから」
「そういうことを言っているのではないわ!」
セレスティナが声を荒げるので、侍女たちがびくりとして、次いでミカをにらんだ。彼女はどこ吹く風で紅茶を飲んでいる。少し冷めてしまったが、十分おいしい。
「あなた、わかっているの? あなたの失態は旦那様の失態なのよ! いくらわたくしの妹とはいえ、他の女を夫に紹介されてもいいと言うの?」
演技にしては迫真のセレスティナの言葉に、ミカは少し困った。たぶん、本音が混じっている。お前、王弟の妻としてしっかりしろよ、と言っているわけだが、アックスがほかの女に取られるかもしれないんだぞ、と言いたいわけだ。
おそらく、アックスが自分からミカと離婚するなどとは言いださないとは思うが、状況的には離婚が成立する状態ではある。結婚して三年経つが子供はいないし、そもそも白い結婚だ。
セレスティナの指摘は正しい。これまで友人関係でやってきたが、そろそろどうにかすべきなのかもしれない。少なくとも、アックスは王弟なのだから、彼だけでも。
「そうですね。少し、考えてみます」
「考えることなの?」
即否定するところだったか? ミカにはよくわからない。だが。
アックスと別れさせられたら、嫌だな、とは思った。
「やだ! あなたどうしたのよ!」
集合予定の場所に現れないミカを心配したのだろう。合流予定だったウリカが様子を見に来た。ミカはセレスティナのサロンを辞した後、ウリカと東屋で合流すべく庭園に出たのだが、そこで上から水をぶっかけられた。こんな古典的な嫌がらせがまだ行われているのだな、と思った。
「上から水をかけられた。さすがに、対処できなかった……」
不意を突かれて回避できなかったのだ。通りかかった場所は二階から上にバルコニーがあったし、そこから水をひっくり返したのだと思われた。魔法だったら逆に気づくので、誰かがバケツでもひっくり返したのだろう。ついでに「身の程をわきまえろ!」などと言う捨て台詞も聞こえた。お前がわきまえろ。これでもミカは王弟の妻で伯爵だ。
「ああ、王妃様に嫌がらせをしてるってやつね。どこのお茶会に行っても、その話題で持ちきりだわ……じゃなくて、リュードバリ公を呼んできましょうか」
「……そうだね」
宮殿のメイドなどを呼びつけてもいいのだが、現段階では誰が嫌がらせをしているのかわからないし、そもそも夫を呼ぶことはそんなにおかしいことではないはずだ。
「大丈夫か!?」
さすがにこれくらいは、と持ってきてもらった毛布にくるまるミカを見て、アックスが声を上げた。庭に面した椅子とテーブル以外ない部屋でミカはウリカと話をしていた。伝言を貰ったアックスが駆けつけてきた形である。
「ああ、アックス。悪いけど、着替えを用意してほしいんだけど」
遠回しに後で説明する、と言うことを伝えると、アックスは飛んでいった。それを見て、ウリカが笑う。
「なあに。仲がいいのは知っていたけど、公爵、あなたに骨抜きね」
「そういうのではないと思うけど。彼の最近の趣味、僕を飾ることなんだよね」
「つまり、あなたを自分好みに仕立てたいってことでしょ」
「……なるほど?」
言われてみれば、そう解釈できると言うことにも気が付いた。ウリカはまじまじとミカを眺め、しみじみと言った。
「ずっと、こんなに仲がいいのに、って思っていたのだけど、なるほど。あなた、鈍いわねぇ、ミカ」
それとも公爵も気づいていないのかしら、とウリカは思案顔になる。ミカは顔をしかめて。
「何が?」
と尋ねたところで、アックスが戻ってきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ミカと王妃は同族嫌悪。利害が一致するときはすごく気が合うこともある。




