第12話
咲良優side
夏休み。
俺たちには南の島も海も花火大会さえも待っていない。あるのは、血反吐を吐くほど辛いと名高い剣道部合宿のみである。
「はぁ・・・夏休みのほとんどが合宿なんてあーりーえーなーいー!」
「女の子と遊びたい!!」
素振りの掛け声にまぎれながら、咲良の両脇にいる佐伯と益田が愚痴と欲望をこぼす。さきほどから一体どれほど素振りをすればいいのだろうか。さすがに腕の感覚がなくなってきた気がする。
「最悪の夏休みだぁー。・・・ねぇ優もそう思うでしょ?」
右隣にいた佐伯歩がこちらを見ずに話しかけてくる。無駄口ばかりたたいているものの、その素振りは意外としっかりしたものだ。
「そう?いい夏休みじゃない?ここ涼しいし、女の子ならいるじゃん。ほら。おまけに年上。」
自分としては、家にいるより断然合宿のほうが楽だ。なぜ家が嫌だって?
それはまた今度ご説明しよう。
「夏休みに山の合宿所で満足って優ってばおわってる!」
「女子っつっても剣道部の副顧問のババァじゃん!俺が遊びたいのは女子高生もしくは女子大生だっ!!」
佐伯歩と益田伊月が二人、小声で嘆いた。
――夏休み、我らが剣道部はとある山の、宿泊所に来ている。
道場に運動場に競泳用のプール(今は男子しか泳いでないけど)に…合宿するにはもってこいの施設だ。剣道部は毎日、道場の掃除に始まり、稽古・稽古・稽古・勉強の超ハードスケジュール。夏休みは特に予定などなかったし、さきほど言った通り、家から離れる口実ができて嬉しいとさえ思っている。まぁ、ほかのやつらにとっては地獄の毎日に感じるようだ。佐伯と益田もわずか3日目で愚痴だらけだ。確かに1ヶ月近くもこんな場所で剣道づくしだったらキツイかもな・・・
「おぉい!そこの1年!何しゃべってんだ!!罰としてグラウンド20周走ってこい!」
佐伯と益田が話しをしているのがばれたのか、しかし顧問は自分を含めこちらをにらみつけている。
「「「はいっ!すみませんっ!」」」
真面目に素振りをしていた自分までもが巻き添えをくらうことになった。
「せんせぇやっぱ怖いよ。」
「20周なんてありえねぇー!!」
道場を出た瞬間、焦げるような暑さの中、佐伯と益田が泣きそうな声をしながら、いや若干涙ぐみながら走り出す。
「まぁまぁ・・・。あれ?なんだろあのバス。」
グラウンドに向かおうとしたところ、一台のマイクロバスが同じ施設内の駐車場に停まった。またどこかの学校の合宿生が来たのかと思い、なんとなしに見ていると、中から降りてきたのは・・・
「おおおぉぉおっっ!!弓道部の女子だぁ!!!ってことは市居さんや・・・」
「武中さんもいるっっ!!??」
バスから降りてきたのは、我らが夜宮高校弓道部の女子たちだった。うちの学校の弓道部の女子はみんなかわいいと評判の部活動で、その中でも市居さんや竹中さんは評判がいい。男ばかりの合宿に弓道部女子とはまさに地獄に女神だ・・・と益田が目を輝かせて言っていたのに、佐伯が大きく頷いている。
俺もちょっぴり頷いた。




